第24話 竜操士
☆
––––かつて、回帰前。
飛竜を操る兵士の話を聞いたことがあった。
忘れもしない。
あれはグレアム兄様の葬儀のときだ。
兄の同僚の騎士が、『それ』を私たち家族に教えてくれた。
私が十五のとき、戦争があった。
西の公国がある日突然、ハイエルランドに侵攻してきたのだ。
敵に対応するため、陛下はジェラルド殿下を指揮官として第二騎士団を基幹とした国軍を派遣。
両軍は戦闘状態となった。
公国は小国だ。
武力、農業生産力を含め取り立てて強みもなく、豊かな国とは言い難い。
それゆえ公国はハイエルランド西部の穀倉地帯を奪おうと、国境の山脈を越え幾度となく我が国に侵攻し、そのたびに撃退されてきた。
侮るなかれ。されど、恐れるなかれ。
我が国の公国軍への認識は、その程度のものだったのだと思う。
結果、ハイエルランド王国軍は敗北。
ジェラルド殿下とグレアム兄様は戦死。
王国軍は三つの領地を失い、西部地域を南北に縦断する山地以東に撤退した。
勝敗を決定づけたのは、戦場に突如として現れた、飛竜を操る兵士だったという。
兄と殿下は、飛竜の吐く爆裂火炎弾の直撃をうけて即死。
第二騎士団はその半数以上を失う大損害を被った。
その後、その飛竜を駆る敵兵のことを、我が国ではこう呼ぶようになった。
「竜操士……」
茫然と呟いた私の前で、国籍不明の竜操士は上空を旋回しながら魔導剣を振り、キラキラと輝く何かを振りまいた。
☆
「おい、何か撒いたぞ!」
「武器をとれ!!」
「陛下を守れえっっ!!!!」
混乱の中、動きだす騎士たち。
「陛下っ!!」
お父様がいち早く観客席に駆け上がり、陛下に駆け寄る。
「魔導弓、魔法剣用意! 撃ち落とすぞ!!」
ジェラルド殿下が叫び、グレアム兄が隣で魔法剣を構える。
魔法剣は握りの部分のスイッチを押すことで火球や風刃を撃ち出す、昔ながらの魔導武器だ。
もちろんエインズワースによる改良で、昔に比べてはるかに使い易く、より強力にはなっているけれど。
弓のように習熟の必要がなく簡単に使用できるため、騎士たちは必要に応じて魔導剣と魔法剣を持ち換えて戦いに臨んでいた。
グレアム兄様と騎士たちが武器を構えるのを確認すると、ジェラルド殿下が号令をかけた。
「撃てえっ!!」
直後、竜操士に殺到する矢と魔法。
ドドドンッ! と上空で魔法が炸裂し、魔導弓によって威力と飛距離が増した矢が敵に襲いかかった。
だが……
「くそっ、当たってないぞ!」
誰かが叫ぶ。
その言葉通り、飛竜は爆煙の影から何事もなかったかのように姿を現し、悠々と城の周りを旋回し続けていた。
「目測が狂ってる。こちらの攻撃が届いていない!」
そう呟き、魔法剣の射程調節ダイヤルをまわすグレアム兄。
ジェラルド殿下はその言葉に頷き、再び号令を下す。
「再攻撃! 射程最大! 各自、準備できた者から攻撃開始!!」
「「了解っ!!」」
バラバラと攻撃を始める騎士たち。
魔法剣についている射程調節ダイヤルは、威力範囲を犠牲にして射程を延ばすものだ。
同様に魔法弓の射程調節ダイヤルは、精度を犠牲にして射程を延ばす。
兄たちは一度目の攻撃失敗からすぐに問題点を見抜き、第二射を修正しようとしていた。
その効果は、すぐに現れる。
ドンッ! バシャシャシャッ!!
空中に炸裂する火球と風刃。
そして無数の矢。
至近弾となったのか、竜操士が回避行動をとった。
「いいぞっ! このまま攻撃を続行する!!」
「「了解っ!!」」
叫ぶジェラルド殿下と、応える騎士たち。
騎士たちは、初めて相対する敵に少しずつ対応できつつあるように見えた。
––––だけど、なんだろう。
私の、この胸の中のモヤモヤは?
私はあらためて『敵』を見た。
あの竜操士は、いまだ一度もこちらを攻撃していない。
私が回帰前に聞いた話が正しければ、あの飛竜は通常の何倍もの威力の爆裂火炎弾を吐くはずだ。
なのに竜操士は練兵場の上空を旋回するばかりで、一向に攻撃してくる気配がない。
だいたい、さっきのキラキラは何だったのか?
あれはお祭りなどで使われる『花火』の魔法だ。
見た目が派手できれいな『みせる』ための魔法。
間違っても他者を攻撃する魔法じゃない。
––––みせる?
だれに?
その時、私の脳裏にある記憶がよみがえってきた。
☆
降りしきる雨。
雨音が響く教会で、隻腕の騎士が喪服姿のお父さまと話していた。
『やつらは最初、バラバラに空を飛んでいました』
『そのうち一騎が私たちの頭上にやってきて、キラキラ光る何かを落としたんです』
『そいつはそのまま私たちを攻撃するでもなく、頭上を旋回し始めました』
『私たちは目の前のそいつを落とそうと躍起になり、魔法と矢を撃ちまくっていました』
『今思えば、あれは敵の罠だったんです』
『敵の主力はあのとき––––』
☆
「お兄さまっ! 上ですっ!!!!」
突然叫んだ私を、長兄と殿下が驚いた顔で振り返る。
私はその方向を振り返って指差し、必死で叫んだ。
『敵主力は、太陽の中ですっ!!!!』