第22話 予兆
☆
騎士が整列し、私とお父さまが拝謁位置に着いて間もなく。
本城へと続く回廊から、陛下が姿を現した。
––––久しぶりに見る元気な姿。
そう思うのは、私の中に三つの記憶があるからだろうか?
回帰前のレティシア。
夢の中の宮原美月。
そして『今』につながる、今回の私の記憶。
この時間軸では、一ヶ月ぶりの謁見だというのに。
なぜかひどく懐かしい気がした。
「ハイエルランド王、コンラート二世陛下の御成りである!」
侍従の触れとともに、礼の姿勢をとる一同。
騎士たちは抜剣して剣を掲げ、父は右手を胸に立礼する。
私も顔を伏せカーテシーで礼をした。
しばらくして––––
「皆、楽にせよ」
検閲席に腰を下ろした陛下の言葉とともに、顔を上げる。
「病みあがりであるというのに、わざわざ足労すまないな。オウルアイズ伯、レティシア嬢」
陛下の労わりの声に、お父さまが答える。
「とんでもございません。陛下におかれましては、我が娘の体調不良によりご迷惑とご心配をおかけしました。深くお詫び申し上げるとともに、娘へのお気遣いに心から御礼申し上げます」
「御礼申し上げます」
父に続いて、私も感謝の意を伝える。
この一ヶ月というもの、エインズワース邸には毎週宮廷医師が訪れ、私を診察していた。
この医師の派遣は、王宮で卒倒した私への王陛下なりの気遣いだろう。
そして同時に、私の病状と快復具合を報告させる目的があったのではないかとも思っている。
私たちの言葉に、陛下は小さく頷いた。
「よい。初登城の緊張に、アルヴィンの不作法の心労が重なったのだろう。すまなかったな、令嬢。伯爵から手紙で『快復した』と聞いているが、本当に大丈夫かな?」
気遣わしげに私を見る陛下。
私は礼をもってそれに応える。
「はい。陛下のお気遣いによりまして、この通りすっかり快復しましてございます」
「そうか。それはよかった」
優しい笑みを浮かべ、深く頷く陛下。
陛下は次に、父の方を向いた。
「それで、伯爵。本日の謁見にあたり、何やら披露したいものがあると聞いたが?」
––––来た。
ここからが本番だ。
お父さまは軽く頭を下げ、王を見上げた。
「は。この度の件のお詫びとして、オウルアイズ伯爵家から陛下に献上させて頂きたきものがございます。––––レティシア」
「はい、お父さま」
父の呼びかけに、私は持参したケースを左腕に抱え、ふたを開いた。
「ほう、これが……」
興味深げに魔導ライフルに見入る陛下。
体裁として、陛下は献上品の内容について知らないことになっている。
が、先ほどのジェラルド殿下の話と陛下の様子から察するに、新型魔導武器の話はすでに詳細が伝わっているのだろう。
恐らく、その威力も。
陛下の反応を見るに、どうやら期待値は高い。
だがこれは、私たちには好都合だ。
期待に沿うことができれば、私の爵位継承の話もスムーズに進められるだろうから。
父が、献上品の紹介を始めた。
「これは我が娘レティシアが考案し、設計製作した新型の魔導武器です。名を『魔導ライフル』といいます。従来の魔導弓を超える威力と簡便さ、クロスボウを超える射程と装填速度を持つ飛び道具です」
「この武器を令嬢が作ったと?」
陛下の視線が、私に移る。
期待に満ちた目。
私はまっすぐ陛下を見返した。
「はい。この魔導ライフルはすべて……部品の一つに至るまで私が設計し、エインズワース王都工房とその他大勢の方の協力のもと、完成させたものでございます」
胸を張り、答える。
そうだ。
この魔導ライフルは、私の誇り。
そして協力してくれた皆の誇りだ。
謙遜などしない。
「なるほど、それは興味深い。––––では、その武器の説明をお願いできるかな? レティシア嬢」
どこか試すような笑みを浮かべる陛下。
その命に私は、
「かしこまりました。それでは少々お時間を頂きまして、こちらの魔導ライフルについてご説明申し上げます」
と、微笑んだ。
☆
「––––以上でございます」
父にケースを持ってもらい銃を取り出した私は、魔導ライフルの使い方と機構を陛下に説明した。
使い方については、パワーソースである魔石の入れ替えに始まり、弾丸の装填、照準の付け方、射撃の方法まで。
機構については、一次加速装置と弾道安定化機構、そして二次加速用魔法陣の起動まで。
とりあえず、今日のデモンストレーションで使う予定の主要な部分、機能について一通りご説明申し上げた。
尚、魔石の入れ替えは魔導剣と同じ要領で、銃床の肩当ての部分からスロットを引き出して中の魔石を交換する方法をとっている。
正直、設計段階ではそれで良いかと思ったのだけど、実際に使ってみるといまいち取り回しが悪い。
今後自分たち用に作り直す改良型では、地球のボルトアクションライフルのように槓桿を引いてスロットを露出する方式に変更することも考えていた。
––––もちろん、これは内緒だけど。
「なるほど。とても分かりやすい説明であったぞ、令嬢。さすが設計者本人、というところだな」
「お褒め頂き光栄でございます、陛下」
感心するコンラート陛下に、私は頭を下げた。
とりあえず第一関門は突破だろうか。
十二の小娘が、他に例のない画期的な武器を開発した––––陛下を含め、誰もが耳を疑うような話を信じてもらおうというのだ。
せめて使い方と機構の説明くらいはそれらしく見えるように、と。
そう思い、準備して精いっぱい頑張った。
私が少しだけほっとしていると、陛下はゆっくりと頷いた。
「よろしい。では令嬢。早速その『魔導ライフル』とやらの威力と性能を見せてもらえるかな?」
「かしこまりました」
私が一礼して、射撃位置に向かうため身を翻したときだった。
––––カタカタ、カタカタ、カタカタ
肩掛けカバンが微かに震えた気がした。
(ココ? メル?)
不思議に思い、カバンに手を伸ばす。
その時、
––––ィイイイィン
翼が風をきるような、あるいは飛行機のエンジンが回転をあげるのを機内から聞くような、そんな音が微かに聞こえた気がした。
「え?」
思わず周囲を見渡す。
だが、音はもう聞こえることはなく、辺りにおかしな様子もない。
指で触れたカバンにもおかしなところはなかった。
「どうかしたか? レティシア嬢」
振り返ると、王陛下が不思議そうに私を見ていた。
「––––いえ、なんでもございません。変な音が聞こえた気がしたのですが」
「音?」
「はい。…………ですが、どうやら気のせいのようです」
「そうか。なにか不都合があれば遠慮なく言いなさい」
「かしこまりました。ご配慮ありがとうございます」
私は気を取り直して一礼し、射撃位置へと向かったのだった。