第184話 御前会議
◇
翌日。大晦日の午後。
ココメルにいるレティが熟睡しているちょうどその頃、ハイエルランドの王城には高位貴族が乗る馬車が続々と到着していた。
ハイエルランド王・コンラート二世による緊急召集。
彼らは前日の晩のうちに各人の屋敷に届けられた召集令状に従い、御前会議に出席するために城に参内していた。
長大な会議机が置かれた大会議室に入り、なにごとかと囁きあっていた彼らは、王と皇太子が入室するとぴたりと話をやめて立ち上がり、気をつけの姿勢をとった。
王は皆に手で着座を促し、自分も着席したところで話を切り出した。
「諸君、大晦日にすまない。緊急事態だ」
静まりかえる会議室。
いつもはどちらかといえば洒脱な話し方をする王の一切飾り気のないその言葉は、出席者に事態の深刻さを伝えるのにとても効果的だった。
「皇太子、説明を」
「は」
王から指名された皇太子のジェラルドが片手を挙げると、後ろで控えていた騎士が三枚の地図を会議机の上に広げた。
「東部国境の二方面で、隣国の兵力移動が確認されました。一つは北東のウッドラント王国国境、ブイジーネ地方」
ジェラルドの指示棒が一ヶ所を示す。
「そしてもう一つは、南東のペルシュバルツ帝国国境、カンターニャ地方です」
どよめく出席者たち。
「そんな……ひょっとしてウッドラントとペルシュバルツが手を組んだのか?」
「まさか。国境線をめぐって常にやりあってる二国だぞ。歴史的にも、宗教的にもありえない話だ」
「ではこれが偶然だとでも?」
動揺する者たちを黙って見守る皇太子。
その沈黙と視線に気づき、部屋が静まった。
「皆さんが動揺するのも分かります。しかし今我々がすべきことは、この事態を冷静に分析し、対応することです。––––幸いなことに我々にはエインズワース伯爵が開発した魔導通信機があり、北大陸各地からの情報がリアルタイムで送られてきています。情報局でこれまでに入った情報を精査する限り、ウッドラントとペルシュバルツが手を組んだ形跡はありません。『この二件は、二国の個別の動きである』というのが、現時点の統合騎士団の見解です」
ジェラルドの言葉に、多数の安堵と、いくらかの不安の空気が広がる。
この間、表情を変えなかったのは王と皇太子、控えている騎士たち。
そして、皇太子の正面に座るオウルアイズ侯爵ブラッド・エインズワース。
彼は前日の夜遅く、騎士団の副団長である長男のグレアムの訪問を受け、直接状況報告と相談を受けていた。
「殿下、発言よろしいか?」
「どうぞ、オウルアイズ侯」
「差し当たり二国の動きに個別に対応するとして、両国はどのくらいの兵を動かしておるのですか?」
「ウッドラントが約三千、ペルシュバルツは二万の兵が国境付近に集結中です。ただしペルシュバルツでは各地で大規模な動員が始まっており、最終的には三万から五万にまで戦力が膨らむ可能性があります」
ジェラルドの報告に、出席者がざわめく。
「ペルシュバルツの連中は、この年の瀬に全面戦争を始めるつもりか!」
「あの国は元々南大陸の国。暦が異なりますからな。我々の事情などお構いなしでしょう」
「むしろウッドラントの動きの方が不可解です。本気でやる気があるんでしょうか?」
「––––皆さん、話を続けても?」
皇太子の言葉に、おしゃべりをやめる出席者たち。
「現地からの報告によれば、ウッドラント側で実際に兵を動かしているのは近隣の四領のみのようです」
「つまり王権による軍事行動ではなく、地方領主による独自の動き、ということですかな?」
ブラッドの問いに、頷く皇太子。
「実際、ウッドラントの首都ペイリーズには目立った動きはなく、例年通りの年末だという報告がありました」
「であれば、地方領主たちがどこからかペルシュバルツの動きを掴み、漁夫の利を得ようとしているのかもしれませんな。我が国が弱体化した軍事力を立て直すのに必死になっているのは周知の事実ですから」
「私も騎士団も、同意見です。漁夫の利というより、火事場泥棒と言った方がよさそうですけどね」
大げさに首をすくめてみせるジェラルドに、会議室の雰囲気が和らいだ。
「とはいえ、無視する訳にもいきません。ブイジーネ周辺の各領から兵を派遣し、守りを固める必要があるでしょう」
皇太子の言葉に、頷く出席者たち。
「西ブイジーネ王領の常備兵は千名ほど。隣接する各領から兵を集めれば、二千ほどの兵力になります」
「三千の敵に二千の兵では、心許ないのではありませんか?」
若い出席者の質問に、ジェラルドは微笑んだ。
「侵攻作戦であれば、そうです。が、今回は防衛戦ですから。そのあたり『ブイジーネ峡谷攻防戦』の英雄殿はどうお考えですか?」
突然話を振られたブラッド・エインズワースは「古い話を……」と苦笑して説明を始めた。
「皆さんご存知の通り、ブイジーネ地方は山がちな土地であり、中央のブイジーネ峡谷が東西ブイジーネを繋ぐ唯一の街道です。実際過去の戦争では、両国の主攻部隊は常に峡谷を通って進軍しています。現在、西の出口は我が国が、東の出口はウッドラントが押さえていますから、西の出口に強固な防衛線を敷けば、勝たずとも守り抜くことは可能でしょう」
「そ、そうなのですか?」
先ほどの若い質問者の問いに、ブラッドは頷いてみせる。
「確か西ブイジーネ王領には、我が娘レティシア……いや、エインズワース伯が開発した新型の軽機関銃が優先的に配備されているはず。正しく運用されれば、一個大隊五百名でも一時的な防衛は可能かと」
おお……!! とざわめく出席者たち。
一方、王と皇太子は––––
(今の言い直し、わざとだな)
(わざとですね)
––––とヒソヒソ囁き、『また始まったよ』という生ぬるい視線をブラッドに向けていた。
その視線に気づき、ゴホン、と咳払いするブラッド。
彼は、真剣な顔でこう続けた。
「ともかく、ブイジーネについては殿下が仰った対応で問題ないでしょう。問題はペルシュバルツです。下手をすると我が国は……南東部すべてを失うかもしれませんぞ」
その一言で、再び会議室に張り詰めた空気が戻ったのだった。
☆
年越し祭りの翌朝。
つまり元旦の朝。
「お嬢様……お嬢様っ」
「…………ぐぅ」
「もうっ。『ぐぅ』じゃありませんよ。可愛いですけどっ! もうお昼ですよ?!」
「…………ぐぅ」
「いつまでもタヌキ寝入りをされるなら、私にも考えがありますからねっ」
聞き覚えのある声の主は、コツコツコツと窓の方へ歩いて行き––––
シャッ、という音とともにカーテンを開けた。
突然まぶたの向こうが明るくなり、頭から布団を被る私。
「うぅっ……アンナひどいよぅ」
アンナがこちらに戻ってきてベッドの縁に腰掛け、布団ごしに私を撫でる。
「ひどくありませんよ。昨日の今日でお疲れなのは分かりますが、王都から急報が入ってるんです。申し訳ありませんが、確認して頂けませんか?」
私は布団からひょこっと頭を出す。
「––––急報?」
「はい。元老院と、お父上からです」
アンナの言葉に、私は慌ててベッドから抜け出した。









