第182話 年越し祭り①
☆
結局私が起きたのは、陽が傾き外が暗くなり始めた頃だった。
シャッ
静かにカーテンを引く音。
音とともに、世界がかすかに明るくなる。
「んっ……」
ゆっくりと目を開ける。
と、ベッドの脇にいた人影がそれに気づき私に身を寄せた。
「おはようございます、お嬢様。ゆっくりお休みになれましたか?」
「うん。アンナのおかげでたっぷり休めた」
私はベッドに添えられていた彼女の手を握り、そのひんやりした手をにぎにぎする。
朝食の席でアンナに抱きかかえられ寝室に連行された後、彼女が淹れてくれたハーブティーを飲んでベッドに入ると、数秒ももたずに眠りに落ちた。
アンナが色々と気遣ってくれたおかげだろう。
熟睡できたので頭がスッキリしている。
「今、何時?」
「十六時を過ぎたところです。お腹はへっておられませんか?」
アンナに問われ、お腹に触れると、ぐぅ、とお腹がなった。
「…………」
いや、素直すぎるでしょ!
私のおなか!!
「う〜〜」
恥ずかしくて唸る私を見て、アンナがくすりと笑った。
「すぐに軽食をお持ちしますね」
「……おねがい」
「はい♫」
こうして私の爽やかな夕方の目覚めは、恥ずかしさというトッピングまでついてやって来たのだった。
☆
部屋で軽食をとり、支度を整える。
今晩のスケジュールを確認し、昨夜がんばって書いた原稿に目を通していると、やがてドレッサーに掛けておいた私謹製の懐中時計がチリンと時を告げた。
顔を上げる。
いつの間にか陽は沈み、外は真っ暗になっていた。
「お嬢様、出られますか?」
「そうね」
アンナの言葉に頷いた私は、原稿を折りたたんでカバンに入れ、立ち上がる。
さあ、お仕事の時間だ。
☆
エントランスホールに行くと、仲間たちはすでに外出の準備を整え、私を待ってくれていた。
「少しは休めた?」
呆れたような笑みを浮かべ尋ねてきたのは、オリガ。
「ありがと。おかげさまで完全回復したわ」
「なら良かった。『本番で領主様が倒れた』なんてことになったら、さすがに笑えないもの」
「あはは……」
彼女の言う通り。
今日は大晦日。
実は今回私は、領地の人々と一緒に新たな年の訪れを祝いたいと思い、ココメルの街をあげての年越し祭りを企画していた。
要するにカウントダウンイベントだ。
去年は年が明けてから新年の挨拶を行ったけれど、今年は色々なものが大きく変わったし、私自身も留学で五ヶ月も領地を留守にしてしまった。
久しぶりにみんなに元気な姿を見せたいと思ってこんなイベントを企画したわけだ。
私が倒れたりしたら、それこそ本末転倒だ。
「本番まで時間があるから、ゆっくり行こう」
テオの言葉に、リーネとレナが頷く。
「無理は禁物ですっ」
「健康第一」
「みんな、ありがと。それじゃあ、寄り道しながらのんびり行きましょうか!」
「「おーっ!」」
こうして私たちは、馬車に乗って屋敷を出発したのだった。
☆
最初に私が足を運んだのは、屋敷の隣にある領兵隊の敷地。
「みんな、首尾はどう?」
夜の帳が下り、魔導灯が照らす練兵場。
私が声をかけると、ガヤガヤと装備の準備をしていた兵たちが一斉に振り返った。
「バッチリですよ!」
「期待して下さい!!」
自信満々といった顔で親指を立てる精鋭たち。
そんな彼らを見た領兵隊長のライオネルが、にやりと笑う。
「おいおい。さっきまで『演目が覚えられん』だの『タイミングがシビアすぎる』だの泣き言を言ってたのはどこのどいつだ?」
「隊長ぉ〜!!」
「レティシア様には内緒って言ったじゃないですか〜!?」
ワハハハハハハハッ!!
どっと笑いが起こる。
よかった。みんなリラックスしてるみたいだ。
実は、今日の本当の主役は彼らだ。
観客がいる中での初めての展示飛行。
しかも夜間飛行ということで、みんな緊張してるんじゃないかと思ってたんだけど……これなら心配なさそうだ。
「私もすごく楽しみにしてるから。みんな、頑張ってね!」
「「了解っ!!」」
一斉に敬礼を返す領兵たち。
士気は上々。
きっと彼らは、これまでの練習の成果を存分に見せつけてくれるだろう。
私は誇らしい気持ちを胸に、ココメルの中央広場に向かったのだった。
☆
「うわあ、すごい人出ですね!」
街の中心に近づくにつれ増える人波に、リーネが感嘆の声をあげる。
「今回のお祭りに合わせて、遠方の村から泊まりで来ている家族も多いそうですよ」
アンナの説明に、私ははっとする。
「えっ、それって宿泊施設は足りてるの?」
「はい。ソフィアさんとロレッタさんがあらかじめ商業ギルドと相談して、飲食店などに臨時の簡易宿泊所として営業してもらえるように話をつけたそうです」
「そっかぁ。今回のお祭りの件は二人に任せきりにしちゃってたけど、さすがね」
あの二人ならば、私が細かいことを指示しなくてもいつも最善の方法で物事を進めてくれる。
私は胸を撫で下ろした。
一方で仲間たちは、窓の外の光景に興味津々といった様子だった。
「これだけの数の魔導灯が灯ってるなんて、ちょっと見ない光景だな」
テオの言葉に、オリガが首をすくめる。
「どれだけ魔石が使われてるのか、考えると怖くなるわね」
「今日は夜通しのお祭りだから特別よ。親子連れや若い子も安全に歩けるように、街の中心に光を集めてもらったの。魔石は……まあ、色々やってるわ」
最後、つい言葉をにごしてしまう。
私とお師匠さまが開発した魔力再充填装置は、我が家の最高機密。
王陛下でさえ知らないのだ。
仲間とはいえ、うっかり口にする訳にはいかない。
「なるほどね」
オリガはにやりと笑うと、それ以上つっこまないでいてくれた。
テオも苦笑いしている。
「うっ––––」
わかってるわよ。
私、隠し事が苦手なのっ!
私たちがそんなやりとりをしている一方で、リーネとレナは窓に張りついていた。
「色んな屋台が出てますねえ」
「……美味しそうなものがいっぱい」
立ち並ぶ屋台に目を奪われている二人。
「そうね。まだ時間もあるし、馬車を降りて何か買って食べながら歩きましょうか」
私の提案にみんなは––––
「「賛成!!」」
満場一致で賛成したのだった。
夜中にも関わらず、ココメルの街は昼間のように賑わっていた。
街のあちこちに灯る魔導の灯が闇を照らし、街角に立つ領兵が、親子連れの家族を、子供たちを、恋人たちを見守っている。
そんな街を私たちは、屋台で各々好きなものを買い、食べながら歩く。
フードを被った上に辺りが薄暗いこともあって、街の人々は誰も私に気づかない。
……いや、実はお菓子を売っていた屋台のおばさんにはこっそり気づかれてしまったのだけど、とにかく私たちはお祭りを満喫することができた。
そうして中央広場に設置された実行委員会の本部テントにたどり着いた頃には、メインイベントまであと少し、という時間になっていた。
「レティシア様。ご準備はいかがですか?」
しばし休憩していた私たちのテントに顔を出したのは、私の秘書官のソフィア。
「バッチリよ」
私は彼女に頷いてみせる。
「それでは、お願いします」
ソフィアに促され、ステージに向かう。
いよいよ、今日のメインイベントが始まろうとしていた。









