第180話 竜操士対策
オウルアイズ新領の領都である城塞都市ファルグラシムの防衛力強化は、お父さまが陛下から新領地を賜って以来の課題だった。
旧西グラシメント王領……現オウルアイズ新領は、ブランディシュカ公国との国境の領地。
広大な平野は北と西を山脈で囲まれ、北を聖国、西を公国と接している。
その肥沃な土地を奪わんと、公国は度々この地に侵攻し、その度にハイエルランドに撃退されるということを繰り返してきた。
ファルグラシムは、幾度となく行われてきた両国の攻防戦の舞台であり、ハイエルランド王国の要衝であるわけだ。
「昨年の『王城襲撃事件』は、私たちに大きな衝撃を与えたわ」
私は皆に言った。
「国の中枢を竜操士という新兵種で奇襲され、危うく陛下も、皇太子殿下も、お父さまと私も、皆殺しにされるところだった」
あの時のことは、今思い返してもぞっとする。
「たまたま私がココとメルに『絶対防御』の魔導回路を埋めこんでいたから飛竜の火炎弾を防げたけど、何も準備していなかったらきっと、髪の毛の一本も残らなかった」
実際、回帰前のグレアム兄さまの騎士団は、公国の竜操士にそうやって壊滅させられた。
「つまり敵の竜操士への対策が必要で、その答えが『これ』ということかい?」
「そういうこと!」
テオの問いに、私は力強く頷いた。
星形要塞、というものがある。
銃火器の発達に対応するため、防御側の死角を無くし、効果的に十字砲火を発揮するように設計された星形、または多角形の平面形をとる城郭の総称。
地球では十五世紀以降の近代に姿を現し、火砲の射程距離と威力の向上により十九世紀末までに役割を終えた。
濠で囲まれた外郭は三角形または菱形の突出部と、同じく逆三角形または凹型の引き込み部から構成され、隣接する突出部同士が射線をカバーし、引き込み部に入りこんだ敵に十字砲火を浴びせられるようになっていた。
防御側の火力を地上の敵に効果的に投射することを主眼に置いたこの要塞構造は、本来、竜操士対策にはならない。
それでも私がこの星形要塞––––いや、正確には稜堡式城郭なのだけど––––それを参考にしたのには理由があった。
「さっきリーネが星形と言った部分なんだけど、旧城壁から少し離して作ってあるのが分かるかしら?」
私は旧外郭から空濠を挟んで一〇mほど離れた場所に築かれている新しい堡塁を指差した。
その堡塁は正五角形を横に引き伸ばしたような形で、底辺を外側に、上側の頂点を要塞側に向けるようにして作られていた。
横が五〇mほど、縦はその半分で、濠からの高さは三mほどだ。
「確かに、濠で本体側の陣地と分かれてるね。でもまたなんであんな形に?」
「地上戦対策よ。押し寄せてきた敵はあの濠に落ちて、立ち上がった瞬間に背後から機関銃の掃射を浴びせかけられるの。そのために濠の外周側に地下道を這わせて銃眼を作り、あの凹凸で2方向から十字砲火を浴びせられるようにしてあるわ。堡塁自体が五角形なのも、半分はそれが目的よ」
つまり日露戦争の旅順要塞攻略戦で日本がロシアにやられたことを、やる。
「えぐい!!」
「……恐ろしいことを考えるわね」
目を見開くテオと、堡塁を見つめながら微かに震えるオリガ。
「私たちを害そうとする者にかける情けは、かけらもないわ」
何も知らず、何もできず、敵に謀殺された前回の人生。
今度こそ私は、私が持つ全ての力を使って大切な人たちを守り抜く。
どんなことをしても。
「命をかけて戦ってくれる人たちに、できる限りの矛と盾を渡すのは、為政者の義務でしょう」
皆が、はっとした顔でこちらを見た。
「それでも犠牲を計算に入れなければならないこともあるのだけどね……。見て」
私は再び堡塁を指差した。
「堡塁の上に、この間見てもらった重機関銃が置いてあるでしょう」
「あの、トゲトゲしてるやつのことかな?」
「そう」
私はテオに頷いた。
一つの堡塁の内側に設置された機銃座は、三基。
前方に左右離れて二基、その中間点からやや後方にオフセットして一基が配置してある。
テオの言葉のとおり、銃架に固定された二挺の十二ミリ重機関銃は銃口を斜め上に向け、その姿はまさにトゲトゲという表現がぴったりだった。
各機銃座の周囲には土嚢を積み上げてあるけれど、それ以外の防壁は、ない。
「あれは対空用にも対地用にも使用できる銃架で、一挺が弾切れになっても射撃を続けられるように、二挺セットにしてあるの。重機関銃の射程は二千m。竜操士が現れれば、街の周囲の五つの堡塁と市壁に設置した合計二十三の機銃座が火を噴くことになるわ」
「二十三?! それは……弾丸の雨みたいになるだろうな」
「『弾幕』……銃弾の壁ね。これだけ広い範囲に弾幕を張るとなると、それでも全然足りないのだけどね」
なにせ防衛対象は城塞都市全体だ。
死角も出てくる。
それに、まともに完成した堡塁はまだ西向きの一つに過ぎない。
北西と南西の堡塁はまだ一応の形ができた程度。
優先度の落ちる北と南の堡塁にいたっては、濠を掘っている最中だ。
この街に駐留する王国軍は千五百。
お父さまが新たに編成した領兵隊はまだ五百人に過ぎない。
マンパワーにも限りがある。
それでも、とりあえず機銃座だけは全ての堡塁に設置した。
テオが目を細める。
「竜操士が襲ってきたら、外郭の堡塁と城壁が迎撃して食い止め、街の上空には侵入させない––––そういうことかな?」
「でも、それがなぜ『犠牲を計算に入れる』ことになるの?」
オリガの問いに、私は思わず苦い顔をしてしまう。
「一応、市内にもいくつか機銃座は設置してあるけれど、基本的に最初に迎撃にあたるのは堡塁の機銃座なの」
「つまり?」
「敵の目と意識は、迎撃を担当する堡塁に集中する。––––あの形の堡塁ですもの。上空からだと特に目につくでしょう。当然、最初に堡塁を潰しにくるわ」
「囮、ということか」
私はテオの言葉に頷いた。
「各堡塁には防御膜を張れるように魔導防御を施すけれど、高負荷で一度使えば魔導回路はズタズタになる。二度目の攻撃には無防備になるわ。飛竜の火炎弾の直撃を受ければ、死は免れない」
「……犠牲、ね」
呟くオリガ。
「…………」
私はあらためて、眼下にある五角形の堡塁を見つめた。
いざ襲撃を受ければ、あそこで戦う者たちは高い確率で死ぬことになるだろう。
私が構想した防衛戦略が、それを求めている。
あそこで犠牲が出たとき、私はどうその責任を負えばいいのだろう?
そんなことを考えてしまう。
その時、隣のテオが言った。
「レティ。何かを守るっていうのはそういうことだよ。そして戦う者は、その覚悟と決意を持って戦場に立つんだ。––––だからこそ、無駄死にだけはさせちゃいけない」
「…………そうね。心に刻んでおく」
私は友人の言葉に頷いた。