第179話 城塞都市にて
☆
ダンカンと喜びを分かち合い、仲間と感想を言い合いながら改札を出た私たち。
すると駅のエントランスホールに、見知った顔を見つけた。
「バージル司令!」
私は老軍人に歩み寄る。
ハイエルランド王国軍グラシメント派遣軍司令、モートン・バージル。
ココメル攻防戦の戦友であり、うちの領兵隊長ライオネルの飲み友達でもある。
「ご無沙汰しております、エインズワース卿」
小柄な将軍は、親しみのある微笑で私を迎えてくれた。
「お忙しいでしょうに、わざわざ来て下さったのですか?」
「なに。実務は部下たちが抜かりなく進めてくれます。儂の仕事は本部への報告と、若いのがやり易いように各所にお願いしてまわることくらいですよ」
「それが大変でしょうに」
前世の記憶と経験がある私だ。政治的な調整の大変さもいくらかは理解できる。
この人の下にいる人たちは、彼に見えないところでかなり助けられているはずだ。
そんなことを考えていると、老将はにっと笑った。
「それに留学していた友が遠方より帰って来るとなれば、みやげ話を聞かずにはいられますまい。迷宮国でも散々暴れられたと聞きましたぞ?」
「暴れるなんて人聞きの悪い……そんなことしてないわよね?」
仲間を振り返る私。
すっと目をそらす仲間たち。
「そ、そうねえ……」
「暴れるは言い過ぎ…………かな?」
口ごもるオリガに、半笑いで視線を合わせないテオ。
「なんでよ?!」
私が声をあげると、その様子を見ていたバージル司令が、カッカッカッと楽しそうに笑った。
「どうやら楽しい話が聞けそうだ」
「もうっ!!」
そんな風にして、私たちは互いに再会を喜んだのだった。
☆
その夜、ファルグラシムのお父さまのお屋敷でバージル司令と夕食をともにした私たちは、談話室でみやげ話に花を咲かせていた。
「なるほど。やはり卿は迷宮国でも変わらず大暴れされたのですな!」
「ですから、やむなく、です。『や・む・な・く』!」
面白くてたまらない、というように笑う老将に、私はぷりぷりと抗議する。
「だけど実際、レティがいなければ街に甚大な被害が出ていただろうな。魔術学校もどうなっていたことか」
テオの言葉に仲間たちがうんうんと頷き、オリガがそれに続いた。
「おそらく街も魔術学校も壊滅。軍事的にも経済的にも大きな打撃を受けて、我が国は長期の停滞を余儀なくされたでしょうね。––––混乱に乗じて隣国に侵略された可能性すらあるわ」
「隣国……ライラナスカ帝国ですか。彼の国の膨張政策については噂を聞いたことがありますが、実際、貴国との関係はどうなのです?」
バージル司令の問いに、オリガは少し考え、こう答えた。
「大規模な軍事衝突こそまだ起きていませんが、我が国西部の山岳国境地帯では何度か小競り合いが起きています。彼の国との緩衝地帯であったエルフやドワーフ、獣人たちの小国家群が、この十年で次々と帝国に飲み込まれたためです」
「風の噂には聞いておりましたが、帝国の膨張はそこまで進んでおるのですか……」
険しい顔になる老将軍。
そこでテオが口を開いた。
「ライラナスカについては、大平洋を渡った先、西大陸でも支配地域を拡大しているという話があるな」
「西大陸?」
聞き返した私に、頷くテオ。
「何年か前に、西大陸最北の中堅国が帝国の軍門に下ったと聞いた。以来、南に向かい侵食が続いているとか」
西大陸といえば、地球の東洋風の文化を持つ地域。
「西大陸にはたしか、真ん中に大きな国があるのよね?」
「ああ、ミェンだね。そのミェンの北方地帯も帝国に侵食されつつあるって話だよ。なんでも、毎年いくつかの領地が落とされているとか」
「そんな……全然知らなかったわ」
私は愕然とした。
前の人生ではそれなりにきちんとした王妃教育を受けていたけれど、ライラナスカ帝国については詳しく教わったことがない。
せいぜい、十年ほど前に凍土大陸の西半分を支配下に収め、あちこちで戦争をしているということくらい。
当時の私は王妃教育と学園内での孤立で精神的にいっぱいいっぱいだったこともあって、北大陸以外の国については基礎的な情報しか押さえてなかった。
まさかこの時点で、そこまで勢力を拡大していたなんて。
「まあ、ハイエルランドとは縁の薄い別の大陸の話だからね。知らなくても仕方ないよ」
テオの言葉に、バージル司令があごに手を当てて唸る。
「とはいえ、ライラナスカは数年前に北海沿岸にまで到達しとりますからな。この北大陸もいつまでも無関係ではおれんでしょう。ことによっては、北海沿岸の公国や神聖国にはすでに何らかの影響が及んでいる可能性もありますな」
……え?
一瞬、私の背筋を冷たいものが走った。
悪寒。
正体の分からない不安が胸をよぎる。
なんだろう?
何か見落としをしているような……
「レティア、どうかした?」
隣のオリガが私の顔を覗きこむ。
…………気のせい、だよね?
「ううん、なんでもないわ」
私は笑顔をつくり、そう答えたのだった。
☆
翌日。
私たちは城塞都市ファルグラシムの西の外壁の上に立ち、足下のなだらかな丘陵を見下ろしていた。
「去年来た時から、かなり様子が変わったわね」
私の言葉に、隣に立つバージル司令が頷く。
「卿のアドバイスに従い、城砦外郭の構造に少しずつ手を加えてきたのですよ。我々には金はないが、力自慢の兵はたくさんおりますからな。訓練の合間に交代で作業を進め、なんとかここまでやりました。どうですかな? 我々の新たな『要塞』は」
「そうね。私は専門家じゃないからはっきりは分からないけど…………すごく『良い』と思うわ!」
「おお、おお、そうですか! それはよかった。今の言葉を聞いたら部下たちも喜ぶでしょう」
「ぜひ伝えてあげて」
私たちがそんな話をしていた時だった。
「なにか……すごく変わった形の城塞ね」
隣で興味深そうに辺りを見回していたオリガが呟いた。
その言葉に頷く仲間たち。
「鏃みたいな形をしてるな」
テオが呟くと、
「なんか星みたいにも見えますね!」
「これをアドバイスしたって……ひょっとしてレティアは乙女脳?」
リーネが目を輝かせ、レナが首を傾げる。
「誰が乙女脳よ。外郭をあんな風にしてるのにも、ちゃんと意味があるんだからねっ」
私の言葉に、仲間たちは一斉に首を傾げた。