第177話 出発、進行!
––––カラカラン、カラカラン
あたりに客車のベルが鳴り響く。
するとまもなく前方の機関車から、カランカランと先ほどより重いベルの音が鳴り響いた。
「さあ、出発、進行よ」
私の言葉に、仲間たちが期待と不安が入り混じった顔で窓の外を見た。
一方私は、車内前方の客室扉上部に取り付けられた目覚まし時計のような五連のアナログメーターを見つめ、耳をすました。
やがて、左端の魔力供給計の針が動く。
シュウウウ
一瞬遅れ、魔導エンジンの出力計が動き始める。
コォオオオオオーー
出力が10%を超えたあたりから、風が流れる音と振動が響き始める。
ゴォオオオオオーー
エンジン出力30%。
ガチャン、というブレーキが外れる音。
そして、エンジン出力50%。
ガタ、ガタン––––
列車はゆっくりと動き始めた。
「う、動きましたっ!」
「おぉっ」
声をあげるリーネとレナ。
ゴォオオオオオオオオオーー
カタンカタン、カタンカタン––––
魔導ジェットエンジンが奏でる轟音の中に、かつて聴きなれていた懐かしい音を足下に響かせながら、列車は加速してゆく。
駅のホームを発車した列車は、高架の上から建設中の新市街を見おろし、どんどん進む。
こちらを観て指差し、歓声を上げる街の人々。
そんな中でも速度計は休まずに時計回りにゆっくりと動いてゆく。
……時速三〇㎞…………四〇………五〇…………
そして速度計が五五㎞を指したとき、すぅ、とエンジン音が消えた。
カタンカタン、カタンカタンと足下の音だけが響き続ける。
「「???」」
きょとんとした顔で顔を見合わせる仲間たち。
「エンジンが止まった?」
「故障?」
テオとオリガの言葉に、私は首を横に振る。
「違うわ。制限速度に到達したから、運転士がエンジンを切ったの」
「え、でもそれじゃあ止まっちゃうんじゃない?」
「––––だよな。でも、言うほどスピードが落ちてないな」
首を傾げる二人。
私は種明かしをする。
「ふふっ。実は列車は動力が止まっても、ブレーキをかけない限りなかなか速度が落ちないの。特に、たくさん車両を連結して走ってるときはね」
「「なんで???」」
二人が同時に尋ねる。
馬車は馬が引かないとやがて止まってしまう。
帆船も帆に風を受けなければ前に進まない。
そういう乗り物に乗り慣れている二人だからこそ、余計に不思議に感じるのだろう。
ついでに自動車や二輪車だって、アクセルを抜けばどんどんスピードが落ちてゆく。
動力を止めても速度がなかなか落ちないという点では、列車ほど燃費が良い乗り物はないんじゃないだろうか。
「理由はいくつかあるけど、大きいのはやっぱり『抵抗』と『慣性力』かしらね」
「抵抗と慣性力?」
聞き返すテオ。
「馬車は歪みやすい木製の車輪で凹凸のある地面を走るし、帆船も水の上を進むわよね。どちらも進む時の抵抗が大きいから、馬や風の力がなくなれば、すぐに止まってしまうわ。だけど列車の場合、車輪自体が鉄で、その車輪が接している相手も鉄のレールなの。互いに硬くてなめらかだから転がり抵抗がほとんどなくて、動力が停止してもすぐにはスピードが落ちないのよ」
私の説明に「へええっ」とテオが感嘆の声をあげる。
「あとは見ての通り、これだけ大きな車両を何両も引っ張っているでしょう? 動き始めこそ力がいるけれど、一度動き始めてしまえば今度はすぐには止まらないくらいの慣性力が働くようになるわ。抵抗が少ないまっすぐなレールの上ならなおのことね」
「そっか、それでエンジンが止まっても速度がなかなか落ちないんだな」
「その通り。それに魔導ジェットエンジンは強力な力を出せる反面、魔石をすごい勢いで消費するの。加速時はともかく、一度スピードが乗ったら後は慣性力にまかせてエンジンを切っておきたいわ」
「なるほどね」
納得顔でオリガが首をすくめてみせた。
カタンカタン、カタンカタン––––
私たちが話をしている間も、列車は進む。
西に向けて。
やがて魔導エンジンの出力計が再び動き始める。
コォオオオオオーー
そして列車は、ついに街を出た。
盛り土の上に敷かれたレールは大きな傾斜もなく、魔導トレインは草原と農地の真ん中を走ってゆく。
速度が落ちてくると、エンジンを動かして加速。
しばらく慣性で走っては加速、というのを繰り返していた。
一昔前までのレシプロエンジンで同じことをやればかえって燃費の悪化を招いただろうけど、幸いなことに魔導ジェットエンジンには機械駆動部も燃焼室もない。
つまり再始動によるエネルギーロスがほぼゼロで、慣性走行をすればするほど燃料の魔石を節約できるという訳だ。
まあ、わずかな稼働時間に結構な量の魔石をつかってしまうのだけど、それは仕方がない。
と、斜め前の席に座っていたリーネがこちらを振り返った。
「そういえば、この列車はどこに向かってるんですか?」
「あれ? 言ってなかったっけ」
「聞いてないですー」
苦笑するリーネ。
私はにこっと笑った。
「この列車は、オウルアイズ新領の領都、ファルグラシムに向かっているわ」
「えっ……それって––––」
「ひょっとして、隣の領地に向かってるってこと?!」
ぎょっとした顔でリーネから言葉を引き継ぐオリガ。
「一応そうなるかな。でも、お父さまが治めている領地だから、身内みたいなものだけどね」
「いやいやいや、そういうことじゃなくてっ!」
「?」
首を傾げる私。
「隣の領地ってことは、かなり離れてるんじゃないの?!」
「そうね……前に馬車で行ったときには、片道三日ほどかかったかしら」
「「みっ、三日ぁ?!」」
仲間たちはそろって悲鳴のような声をあげたのだった。