第176話 魔導トレイン
一見すると、その建物は役所の建物のようだった。
横に長い二階建てのしっかりした建物。今年の初めにデザイン案が決まり、すぐに建設に取り掛かった。
正面は立派だけど、裏側はまたまだ工事中であることは昨日空から確認済みだ。
玄関を通り、エントランスホールへ。
広々とした吹き抜けのエントランスの奥。
開かれた大扉のその先に、陽の光に照らされた『それ』の姿がちらりと見えた。
胸が高鳴る。
「え、奥は中庭なの?」
戸惑うオリガ。
無理もない。
普通の屋敷や行政施設なら、メインホールや窓口、事務室があるべき場所だから。
「中庭ではないわね」
「違うんですか?」
首を傾げるリーネに、私はにやりとする。
「見れば分かるわ」
そう言って歩を進める。
そして大扉を抜け、外に出た。
「……なんだこれ?」
目を見開き呟くテオ。
みんなも茫然として立ち尽くしている。
私は彼らに向き直り、言った。
「魔力で動く列車––––世界初の『魔導トレイン』よ!」
ホームに停車した、四両編成の白い列車。
その先頭と最後尾の車両は側面に窓がない同一形状の車両で、一目で機関車であることが分かる。
真ん中の二両が客車だ。
「これは……ひょっとして乗り物なのか?」
「正解っ!」
「おおおおおおおおーーっ!!」
テオの目がきらきらと輝く。
うんうん、男の子はみんな乗り物好きだものね。
私だって興奮してるもの。
テオが興奮しない訳がないわよね。
一方、女性陣のほとんどは未だキョトンとしていた。
「『大きなトロッコ』というより、細長い馬車ね」
オリガが呟くと、リーネはトコトコと歩いて行って客車を覗き込んだ。
「座席がいっぱいあります! これなら馬車よりたくさん人が乗れますね」
「今は試験用に客車を二両しか繋げていないけど、まだまだ連結できるから実際に営業運転が始まれば一度に三百人以上の旅客を運べるようになるはずよ」
「「三百人っ!!」」
目を丸くする仲間たち。
「ついて来て。説明してあげる」
私はそう言って、列車の先頭に彼らを案内したのだった。
「これが魔導機関車よ」
「機関車?」
「そう。この機関車が後ろの客車を引っ張るの」
首を傾げるレナに説明する。
すると今度はオリガが手を挙げた。
「反対側にも同じ車両があるけど、あっちは前後逆についてるわよね。あれは逆に引っ張るため?」
「さすがオリガ、その通りよ。逆方向に進む時には、あちらの機関車に運転手が乗って動かすの」
と、今度はテオが口を開く。
「それにしても変わった形だよね。でもなんか速そうだ。僕の国の船でも、高速船は水の抵抗を抑えるために船首を尖らせて船体を細長くつくるんだ」
「考え方はたぶん同じよ。水をかき分けるのか、空気をかき分けるのかの違いね」
前述したように、両端の車両は機関車だ。
ただしその形状は蒸気機関車とは大きく異なる。
丸みを帯びて尖った先端は、後方に向かい流線型を描く。
つまりどちらかといえばSLより現代の新幹線に近い。
けれどこの機関車が新幹線と決定的に違うのは、正面から見て両肩……右上と左上の部分に異様なものがくっついている点だ。
「なんか、すごい筒がついてるよね。これって煙突かな?」
なるほど。
テオが言うように、機関車の上部に後方に向かってわずかに斜めになるように取り付けられた二本の太い筒は、煙突に見えなくもない。
だけど––––
「残念、惜しいけどちょっと違うわ。何かを吐き出すという点では煙突と同じだけれどね」
「吐き出す?」
「そう、その筒は前から空気を吸って後ろに吐き出すためのものなの。その押し出した空気の反動で前に進む訳ね。名付けて『魔導ジェットエンジン』!!」
「ま、まどうじぇっと???」
ドヤ顔の私。
聞き返すテオ。
半年前には机横の小さなゴミ箱くらいの太さだった試験エンジンは、その後の改良を経て、今や直径0.6m、長さ2mのカウルをまとう巨大エンジンへと姿を変えていた。
ちなみにこのエンジンは魔導回路により魔法で風の流れ(ジェット噴流)を作るため、燃焼器を備えていない。
したがって材料にインコネルなどの耐熱合金を使用する必要がなく、鋼鉄製のフレームに木製の合板部品を取り付けて形をつくり、そこに魔導金属の魔導回路を埋め込んで製作していた。
あらためて機関車を見る。
二本の太い筒が、運転席の後ろから後方やや斜め上に向かって取り付けられている。
正面から見ればそれはまるで『翼のない航空機』。
JR東の新幹線E6系に、アメリカの攻撃機A-10サンダーボルトIIを足して2で割ったような顔だ。
これはデザインを寄せた訳ではなく、エンジンの配置と空力、推進力などを総合的に検討し、バランスをとっていった結果だ。
「まずエンジンがそれだけ太いのは、より多くの空気を吸い込んで後方に吐き出すためなの」
私はエンジンの吸い込み口を指差した。
「試作エンジンはその四分の一くらいの太さだったのだけど、吐き出す速度が速い割に前に押し出す力が弱くてね。色々試してみた結果、その太さになっちゃったのよね」
これは、初期のジェットエンジン……ターボジェットエンジンが燃費激悪な上に推力が少なかったのと同じ理屈。
ターボジェットエンジンは推力を燃焼による排気流のみに頼るため、排気速度が速い割に流量が少なく効率が悪い。
さらに機体速度と排気速度の差からエンジン後方で気流が乱れ、それがさらに足を引っ張ったりする。
解決策は、流速を落とし、排気流量を増やすこと。
私たちが作った魔導ジェットエンジンで言えば、エンジン径の拡大ということになる。
理想的には、ターボプロップのようにプロペラを回転させて低速・大流量の推力を得るか、昨今の旅客機のように高バイパス比のターボファンエンジンを作ることができれば良いのだけど、技術的な制約でそれは諦めざるを得なかった。
いくら私に前世の知識があるといっても、高精度・高耐久のタービンブレードや変速機、歯車やベアリング部品を作ることはできない。
構造はシンプルに。
あとは魔法でなんとかする。
それが魔導具師である私のスタンスだ。
私は説明を続けた。
「エンジンを車体の上の方に置いたのにもいくつか理由があるわ。まず一つ目は、石やゴミなんかを吸い込まないようにするため」
「たしかに下で空気を吸えば、跳ねた石を吸い込んだりしそうね。その石が飛んできたらと思うとぞっとするわ」
首をすくめるオリガ。
「直撃したら命に関わるかもしれないしね」
私は頷くと、話を続けた。
「二つ目の理由は、高速になった時に浮き上がろうとする車体を上から押さえつけるためね。そのために吹き出し口側を少しだけ上にオフセットしてる。あと、後ろの客車に吐き出した空気がぶつからないようにする目的もあるわ」
エンジンの吹き出し口のすぐ後ろに遮るものがあれば、せっかくの推進力が死んでしまう。
そこで私たちの魔導トレインは、エンジンを少しだけ斜めに取り付けた上で、客車の屋根を機関車より低く作っていた。
「なるほど、さすがだね。よく考えて作ってある」
唸るテオ。
線路の先に目をやるオリガ。
私の説明に目を泳がせるリーネとレナ。
私は苦笑して、ぱんっと手を打った。
「説明はこのくらいにするわね。百聞は一見にしかず。早速試験走行といきましょう!」
「「おーーっ!!」」
☆
「それじゃあ準備ができたら、客車のベルを鳴らしてくれ」
「おっけー!」
私が親指を立てると、ダンカンはにっと笑って運転席に乗り込んだ。
私たちも、客車に乗り込む。
客車の座席は、前向きに二席×左右二列に配置され、真ん中を通路が通っていた。
「あの、お嬢様」
席に座ると、それまで黙っていたアンナが話しかけてきた。
「なあに?」
「できれば一度、私もこの列車を運転してみたいのですが……」
珍しく控えめにそんなことを言う私の侍女。
そういえばアンナも無類の乗り物好きだったわね。
「分かった。運転の仕方を習って、ちゃんと運転できるようになったらね!」
「ありがとうございます! お嬢様っ!!」
目をキラキラさせて喜ぶ私の侍女。
「さあ、そろそろ出発よ!」
私は窓の上に張られている、ベル用のヒモを引っ張った。