第175話 ぱわさぽ効果
結論から言えば、全ての始まりは私が開発したとある魔導具だった。
『パワーサポートアタッチメント』
以前、領兵隊のみんなに『輪っぱ』などというセンスのない愛称をつけられた、アレである。
鋤や鍬、シャベルや斧などの柄の部分にボルト留めするだけで動きをアシストする、リング形状のお役立ち道具。
当初オウルアイズの本工房で量産を始めたそれは、本工房の銃火器生産拡大に伴いその生産ラインをココメルに移し、順調に生産と販売を拡大していた。
私が新たに考えた商品名は『ぱわさぽ』。
もう誰にも『輪っぱ』なんて呼ばせないっ!
…………。
まあ、それはともかく。
なぜそれがココメルの人口増加につながったのか。
元々のココメルの人口は七千人。
それが私が領主になってからの一年で、推計一万人超、1.5倍にまで急増しているらしい。
一体、何があったのか。
ソフィアによれば、こういうことだった。
「まず工場を建て『ぱわさぽ』の生産ラインを敷いたことで、ココメルに雇用が生まれました」
「それは知ってるわ」
私はうんうんと頷く。
そもそも半年前に生産ラインを移設したのは私だしね。
「次に、治水や街道整備など公共事業の現場に『ぱわさぽ』を優先的に貸与していったことで、工事に携わった街や村の人々にその利便性が瞬く間に広まりました」
「たしかに、農具や道具に取り付けるだけで作業がぐんと楽になるわよね」
私はうんうんと頷く。
「結果、領内の街や村、さらに評判を聞きつけた交易商人から注文が殺到し、その需要に応えるために生産ラインを増やしたことで、さらにココメルで雇用が増えました」
「定期連絡で報告は受けてたけど、まさかここまで工房が拡張されてるとは思わなかったわ」
最初1ラインしかなかった組立ラインと木材加工ラインはそれぞれ3ラインに。
さらに新たに金属加工ラインと魔導基板加工ラインを新設したことで、工房の規模が短期間で三倍近くになったらしい。
ダンカン工房長とソフィアが相談し、お師匠さまとお父さまの協力のもとで進めた拡張計画。
魔導通信でソフィアから相談を受けた私は『利益の範囲内であれば、再投資をして構わない』とざっくりした指示を出していた。
ふたを開けてみれば、本工房に勝るとも劣らない大拡張になってしまった。
だけどまあ、ここまではいい。
理解の範囲内だ。
「ココメル工房の拡張で雇用が増えたのは分かったわ。でもそれでなんでここまで市内人口が増えるの? 『ぱわさぽ』の生産で雇用が創出されたと言っても、せいぜい二、三百人でしょう?」
私が首を傾げると、ソフィアは「たしかにそうなのですが……」と困った顔をして、こう言った。
「工房を拡張するにあたっては、工場だけでなく食堂などの本部施設の拡充、さらに従業員が安価に入居できる住宅の整備なども必要でした」
「それはそうでしょうね」
私はうんうんと頷く。
ご飯は食べないといけないし、住むところがないと働けないしね。
「さらに工房施設や住宅を整備するためには、従来の市街地だけでは土地が足りず、市壁を大幅に拡張する必要がありました。問題はそれだけ大規模な市街地整備を行うのに、どれだけの人員が必要かということです」
「…………あっ」
私は理解した。
元々ココメルは、東西に流れるホルムズ川の北岸に建設された小規模交易都市だ。
西のオウルアイズ新領やエインズワース領内全域から持ち込まれる農産物を集積し、王都やその周辺に向けて出荷してゆく。
農産物用の倉庫街はあるけれど、人口はそれほどでもない。
そんな街がここにきて、大規模な新市街地建設を行うのだ。
建設作業員の流入による人口増加のインパクトは相当なものになったはずだ。
「急激に人が増えたことにより、新規開業する飲食店や衣料品店、宿泊施設が増えました。さらに領内で『ぱわさぽ』が普及したことで、農耕地の開墾や河川と街道の整備が急ピッチで進み、領内のモノとヒトの動きが爆発的に増えていて––––」
「ば、ばくはつてき?!」
思わず聞き返すと、ソフィアはまじめな顔で「はい、『爆発的に』です」と頷いた。
「作物の収量が増えただけでなく、レティシア様の提案で取り組んでいた各地の『特産品』の商品化が功を奏し、ジャムや生ハムなどの加工食品、ガラス細工などの工芸品がココメルに集まるようになりました。そして、そこに目をつけた大手商団が次々にこの街に拠点を開設。現在ココメルは空前の好景気に湧いています」
「ふへえ……」
思わず変な声を出してしまう。
ココメルを中心に南北に長いエインズワース領……旧東グラシメント王領は『王国の食料庫』と言われる穀倉地帯ながら、実はほとんど開発が行われてこなかった。
中央から派遣される陛下の名代は五年任期で交代となっていた為、積極的に投資を行う者がおらず、現状維持。
領内の街道整備すら例外じゃない。
河川を利用した長距離水運によって農作物の移動と輸出が行われていたため、あえてお金がかかる街道整備に力を入れてこなかった、というのがその理由らしいのだけど、それではいつまで経っても領内が発展しない。
川が利用できる街や村ばかりではないし、水運では川上から川下に持ち出すことは容易くても、川下から川上に持ってくるにはそれなりに人夫が必要になる。
河川整備による水運の拡大もさることながら、やはり街道の整備も並行して行い、街と街、村と村の物と人の移動を促すべき、というのがソフィアと私が話し合った結論だった。
各地の『特産品』にしてもそうだ。
各集落では、元々冬越しなどのために食物を加工して保存食品を作っていたけれど、それはあくまで自分たちが食べるため。
物流が弱く、外に出荷してもコストがかかり利益を得られないので、結局自家消費する分しか作ってこなかったわけだ。
その構図が『ぱわさぽ』の普及と公共事業によってガラリと変わった。
道路整備。
人口増によるココメルの需要増加。
各地の供給量増大と、商品開発。
それらが噛み合った結果が、ココメルの今の状態、という訳だ。
☆
私は仲間たちにそんな話をしながら、ココメルの街を案内した。
「まさかあの魔導具がそんな経済効果を引き起こすなんてね。ひょっとしてレティは、そこまで見越してあれを作ったの?」
テオは前回ココメルを訪れた際に『ぱわさぽ』の初期ロットを見ている。
その時も「これはすごい!」って驚いてくれてたけど、今回はそれ以上のようだ。
そんなテオの問いに、私は苦笑する。
「農業の生産性向上や、工事の工期短縮は想定してたけど、まさかこんなことになるなんて思ってなかったわ」
すると今度はオリガが私を見つめ、こんなことを言った。
「ねえ、レティア。図々しい話なのは百も承知で訊くのだけど…………その魔導具を、うちの領地で生産させてもらうことはできないかしら」
「迷宮国で?」
黙って頷くオリガ。
「そうね……」
正直なところ、以前から彼女の手助けをしたいと思ってはいた。
私個人としてはぜひそうしてあげたいのだけど、果たしてお父さまや、王陛下は何と仰るだろうか?
…………。
まあ『ぱわさぽ』は武器ではないし、コア技術が魔導基板である以上、そこだけ押さえておけばリングの製作と組み立てはよそでやっても差し支えないはず。
エインズワース工房が『事業拡大』として他国に工場を作るのであれば、お父さまも陛下は強硬に反対はしないだろう。
「分かったわ。今ここで即答はできないけど、『やる』方向で調整してみる」
私がそう答えると、
「ありがとう、レティア! 検討してもらえるだけでも本当に嬉しいわ」
いつも強気な表情を崩さないオリガが、私の手を取って微笑んだのだった。
☆
さて。
お昼ごはんを街の食堂で頂いた私たちは、しばしの休憩の後、ココメル見学午後の部を始めることにする。
そして今、私たちはある施設の建物の前に馬車を停め、見知った人々の出迎えを受けていた。
「いよいよ試運転だ。待ちくたびれたぜ」
私にそんなことを言ったのは、エインズワース魔導具工房のココメル工房長のダンカン。
「––––と言いつつ、もう何度かテストはしてるんでしょう?」
私がにこりと微笑むと、
「そりゃあテストはな。危険なもんにあんたを乗せる訳にはいかんだろ。––––まあとにかく見てくれ。百聞は一見にしかずだ」
工房長はにやりと笑い、親指で奥を指差したのだった。









