第173話 領主の帰還
☆
「––––見えた! あれがエインズワース領の領都、ココメルよ」
「「おーっ!」」
オウルフォレストを出発して一時間半。
先導する私の言葉に、仲間たちが歓声をあげる。
ハイエルランドの街や村が見えるように低めの高度で飛んできた私たちの前方には、懐かしい私の街、ココメルの姿が見え始めていた。
もうすぐみんなに会える。
ソフィアやロレッタ、ダンカンやジャックは元気にやっているだろうか?
そんなことを考えていると––––
「えっ…………なんか、結構大きな街じゃないですか?」
リーネが目を丸くしてこちらを振り返った。
その言葉に、オリガが頷く。
「そうね。レティが『田舎街』って言ってたから、のんびりしたところを想像していたけど……思っていたよりもずっと大きな街だわ」
「ん?」
二人に言われてあらためて街を見てみる。
「……………………本当だ」
確かに。
記憶の中のココメルより少し……いやかなり、すご〜〜く、市壁が広がってる気がする!!
特に私の屋敷と工房がある街の北側の拡張が著しい。
「なんか、私が知ってるココメルよりふた回り以上大きくなってる気がするんだけどっ?」
驚く私の隣で、テオがぽんっと手を打つ。
「そういえば、前にレティ『人口が増えてるから街を拡げるつもり』って言ってなかったっけ? 」
「言った。たしかに言ったけど…………こんなに大きくなるなんて聞いてないよぅっ」
頭の中で思い描いていたイメージと目の前の現実のギャップに、私は愕然としたのだった。
そうしてココメルに近づき降下を始めると、懐かしい光景が目に入ってきた。
中央広場に建つ街のシンボルの時計台。
私のお屋敷。
そして––––
「あれ、なに?」
訝しげにレナが指差した先。
街の端から西に向かいまっすぐ伸びる、二本×二組の線。
あれは––––
「鉄道の実験線ね」
「てつどう?」
「そう。トロッコを大きくしたものなんだけど……」
「?」
首を傾げるレナ。
まあ、トロッコなんて鉱山にでも行かない限り見る機会はないか。
「あとで見せてあげる。きっと驚くわよ」
「……楽しみにしてる」
レナは表情をほとんど変えないまま、でも嬉しそうに頷いたのだった。
☆
「みんな、ただいま!」
私たちが屋敷の裏庭に降り立つと、到着を待ってくれていた懐かしい面々が、私たちを出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ。レティシア様」
「おかえりなさいっ!」
補佐官のソフィアとロレッタが立礼すると、
「おう。元気そうじゃねーか」
工房長のダンカンがぶっきらぼうに言い放つ。
「何を照れとるんだ、お前は」
ガスッ
「痛ぇっ!」
ダンカンを肘でどついたのは、騎士団長のライオネルだ。
「お嬢、よく帰ってきたな」
にやりと笑う、うちの騎士団長。
「私が不在の間、何もなかった?」
「表立ったものはな。またあとで報告させてもらうさ」
「分かった」
私は頷くと、あらためて屋敷のみんなを見た。
「みんな、留守を守ってくれてありがとう。これから二ヶ月の間、私の友人たちが滞在することになるから、よろしくねっ」
「はいっ!」「おうっ!!」
よかった。
みんな変わりなく元気そうだ。
迷宮国を出発して七日。
こうして私と魔術学校の仲間たちは、海と空を越え無事最終目的地のココメルに到着したのだった。
☆
その日の晩。
夕食の席についた私の姿を見た迷宮国の仲間たちは、固まっていた。
「レティアさん、その髪……」
目を丸くするリーネ。
「ああ、これね。ウィッグを付けてみたんだけど、どうかしら?」
私は久しぶりの長い髪に触れてみる。
このウィッグは半年前、留学に出かける時に切った自分の髪で作ったものだ。
「似合ってます! すごく似合ってます!! ––––というか…………」
「貴族のお嬢様がいる」
レナがリーネの言葉を引き継いだ。
「ふふっ、なによそれ」
その言い方がなんだかおかしくて、思わず笑ってしまう。
すると今度はオリガが口を開いた。
「初めて見た時から品の良さは感じてたけど……その髪型だと貴族令嬢にしか見えないわね」
「懐かしいな。そうしていると、君と出会ったときのことを思い出すよ」
テオが目を細め、懐かしそうに私を見る。
「もう、なんだか照れるじゃない!」
私は苦笑し、事情を説明した。
「私が留学してるのを知っているのは、一部の人だけなの。できたばかりの伯爵領なのに領主が不在だと不安になる人もいるし、安全保障上の理由もあってね。ルーンフェルトでは素性を隠すため髪を短くしてたけど、表向き王都で仕事をしていたことになってるから、ここでは逆に元の髪型に戻す必要があるのよ」
「なるほどね。理解したわ」
頷くオリガ。
一方、リーネは目を丸くしたままだ。
「すごい、お嬢さまだ……」
私は、こほん、と咳払いした。
「さあ、温かいうちに頂きましょう。明日からどんな風に過ごしたいか、みんなの希望を聞かせて」
そうして私たちは、楽しい夜を過ごしたのだった。
◆
冬の海を、一隻の帆船が白い航跡を描きながら進んでいた。
一見すると、よくある中型交易船。
ここ北海では珍しくもない。
ただ、その姿を見た船乗りの中には、あるいは首を傾げる者もいるかもしれない。
『交易船がなぜ一隻で航行しているのか?』と。
北海は内海のため波も穏やかで、海路による交易が活発に行われている。
交易に適した海だ。
だが逆に言えばそれは、海賊にとっても跳梁しやすい海であると言える。
その対策のため、交易船は最低限の武装をした上で二〜五隻程度の船団を組んで航海するというのが常であった。
沿岸の近距離航路であれば一隻で航海する場合もなくはないものの、沖で見かけることは多くはない。
そして今、その船の甲板は騒然としていた。
カーン、カーン、カーン
カーン、カーン、カーン
マストの見張りが鐘を鳴らす。
甲板にいた水夫たちは、見張りが指差す先を確認すると一斉に右舷に駆け寄り、水平線に目を凝らす。
「おい、どけっ!」
まもなく船内から船長らしき者が出てきて水夫たちをどやしつけると、右舷のへりまで行って望遠鏡を覗き込んだ。
「チッ」
舌打ちする船長。
その時、彼が出てきた船の扉が開き、一見するとその場には場違いに見える人間が姿を現した。
「おおっ……」
気づいた者たちが、一斉に道を開ける。
その人物は杖をつきながら船長のところまで歩いて行くと、彼に尋ねた。
「何事?」
振り返った船長は、杖をついた金髪の少女に短く敬礼すると、こう答えた。
「海賊が三隻、右舷より接近中です」
「……そう。それで、どうするつもり? 戦うの?」
少女は怖がるでもなく、淡々と話を続ける。
「いえ。貴方様を目的地まで無事送り届けるのが我々の仕事ですからな。加速器を使って振り切ります。さすがに公国の港までついてくることはないでしょう」
「そう。私はここにいても?」
「できれば船内にいて頂きたいのですが––––」
「後学のためよ」
「っ……承知致しました。では壁に寄りかかっておいて下さい。かなり揺れますので」
「分かった」
少女が船室の壁に寄りかかったのを確認した船長は、大声で号令を下した。
「総員、増速用意っ!! 魔導加速器、起動っ!!!!」
「「おうっ!!」」
そうして水夫たちは、慌ただしく持ち場に向かったのだった。