第172話 武器の量産、そしてココメルへ
半年前のココメル防衛戦。
ダンカン工房長が突貫で改造図面を引いてくれた『七ミリ軽機関銃(軽機)』と、以前より試作を進めていた『十二ミリ重機関銃(重機)』は、ココメルを襲った無数の魔物に対し絶大な威力を発揮した。
二十挺の軽機は波のように押し寄せるゴブリンやフォレストウルフをなぎ倒し、二挺の重機は長射程と高威力によって対空対地を問わない活躍を見せた。
惜しむらくは、数が揃わなかったこと。
あの戦いでは少なくない犠牲が出た。
もしあの時、十分な数の機関銃があったなら、もっと犠牲を減らせたんじゃないか。
そんな思いが、私たちに量産を急がせた。
ココメル攻防戦に投入した二種類の機関銃は、その後の改良を経て、先日やっと量産化が始まったばかり。
重機には専用の対空銃架も用意した。
一日でも早い防衛力の増強。
亡くなった兵士たちの献身に報いるためにも、私はエインズワースの領主として、なすべきことをしなければならない。
「重機関銃の有効射程距離は千二百メートル。一分間に五百発の弾丸を撃ち出すことができるわ。半年前に私の街が魔物の大群に襲われたときには、一眼巨人も撃破しているのよ」
「「サイクロプスぅ?!」」
私の説明に目を丸くする仲間たち。
「レティアの魔導武器は巨人まで倒せるの?」
呆然と呟くオリガに、あの場にいたテオは苦笑していた。
彼女は、私やテオが魔導ライフルでキメラやS級の魔物を倒すところを見ているけれど、あれは私とテオの膨大な魔力があってこそだということもちゃんと理解している。
重機関銃が巨人を撃破できるというのは、それとは訳が違う。
『魔導武器を持つ兵士は、膨大な魔力を持つ魔法使いに匹敵する戦力となる』
彼女が驚いたのは、その点だろう。
魔力の少なさに苦しんできたオリガだからこそ身に沁みて理解できるのかもしれない。
「そこだけ話をするとすごく聞こえるかもしれないけど、本当はこれでも足りないのよね」
「は?」
真顔で聞き返すオリガ。
まあ、気持ちは分かる。
でもこれは本当のことだ。
「前にも話したけど、うちの新領地が国境を接するブランディシュカ公国は、飛竜を操る竜操士という飛行兵を部隊化しているわ。私も去年戦ったけれど、あれを撃破するにはこれ一挺では足りないのよ。飛竜が吐き出す火炎弾の射程は数百メートル。頭上から急降下してくると毎秒百メートル近い速度でこちらに突っ込んでくる。一発だけ狙って撃って当てるのは難しいし、飛竜の体は鋼鉄よりも硬い鱗で覆われているから、この威力でも一発じゃ貫通できないのよね」
「連射するたびに削れていくあの丘を見ると『十分なんじゃ』と思うけれど、竜種を相手にするなら確かに十分とは言えないかも」
「足りないわ。できればもっと遠距離で撃ち落とせる武器が欲しい。でも、ないものねだりはできないから、とりあえずこの銃の数を揃えて弾幕を張って対応しよう、って算段ね」
「なるほど」
オリガは首をすくめると、連射音を発している重機関銃に視線を戻した。
実は彼女には言わなかったけれど、すでに新たな対空兵器の開発を始めている。
八十ミリ高射砲。
魔導回路の信管を備え、発射後、空中で炸裂する砲弾を発射する対空砲。
でもまだ開発中で、先日ココメルで一号試作品が組み上がったという連絡が来たばかり。
国にも報告はしていない。
(いずれにしろ、ここでは披露できないわね)
私がそんなことを考えていると、ふとテオが私の方を見ていることに気づいた。
「どうかした?」
「いや、なんでもない」
言いたいことを飲み込むような、そんな顔で目を逸らすテオ。
「ええー、なあに? らしくないじゃない」
笑って絡むと、彼は観念したような顔で言った。
「いや、生き急いでるな、と思ってさ」
「そう見える?」
「そう見える」
テオは射撃を続ける機関銃に目を細める。
「君がそうせざるを得ないのは理解してる。だから僕は––––」
途中で言葉を止めるテオ。
そのどこかもどかしげな顔に、私は苦笑した。
「戦わなければ、守れない。それだけよ」
そう。
この世界に戻ってきた日から、それは変わらない。
だから私は歩みを止めず、前に進むんだ。
「自分の力で、未来を切り開くの」
「……そうだね。君はそういう人だ」
テオは苦笑すると、続けて何かをぽつりとつぶやいた。
「だから僕は––––」
言葉が空に消えていった。
☆
オウルアイズ領の領都オウルフォレストで長距離飛行の疲れを癒した私たち。
本当は一日二日休んだら出発するつもりだったのだけど、案の定お父さまの強い引き留めにあい、結局五日目の朝になってやっと自分の領地に出発することになったのだった。
「レティ、もっとゆっくりしていっても良いんだぞ?」
この後に及んでもまだ引き留めようとする父。
私はそんな父をギロリと睨んだ。
「お父さま。わたしも一応、国から領地を預かる領主なんですよ? 年越しの準備もありますから、さすがにいつまでも帰らない訳にはいきません!」
「う、うむ……」
しょぼんとする父。
私はむくれ顔のまま歩いていくと、お父さまをぎゅっと抱きしめた。
「年が明けて落ち着いたら、また顔を出しますから」
「……年明けには、私も王都に戻らねばならんのだ」
「それなら王都で会いましょう。私も友人たちに王都を案内したいですし」
「なるほど。それは名案だ!」
気を取り直したお父さまは、うんうんと何度も頷く。
「それではお兄さまたちも。できたら王都で会いましょう!」
「そうだな」
「楽しみにしてるよ、レティ」
笑って頷くグレアム兄さまと、ヒューバート兄さま。
「みんな、準備はいい?」
「「はいっ!!」」 「「いい(わ)よ」」
笑顔で返事を返す仲間たち。
「それじゃあ行くわよ。私の街、ココメルへ!!」
そうして私たちは私の故郷に別れを告げ、西の空へと舞い上がったのだった。