第170話 産業革命の狼煙③
私の言葉に『信じられない』という顔をする仲間たち。
「うっ……」
さすがに私も非常識なことを言っている自覚があるので、言葉につまる。
ちょっと計算してみよう。
迷宮国で小型魔石の原石一個を手に入れるには、ゴブリン一体を倒さなければならない。
冒険者ギルドの買取レートでいけば、かろうじて安宿に泊まれるかどうか。現代日本の貨幣価値でいえばざっくり三千円くらいの買取金額になるだろうか。
魔石はそのままでは使えないから、魔力操作ができる職人が手作業で魔力安定化処理を行い、最終的には原価の三倍くらいの価格で店頭に並ぶ。
つまり、九千円くらい。
私が作った動力化旋盤は、そんな魔石を一時間に三つも消費する。
一時間で二万七千円。
一日七時間稼働させれば、二十一個。十八万九千円。
この工場には九台の動力化旋盤があるから、店頭価格で百七十万円分くらいの小型魔石を一日で消費している計算になる。
ゴブリン換算で百八十九匹。
それはまあ、みんな目が点になるだろう。
「ま、まあ要するに、私が迷宮国に留学したのはこれが理由なの。私が作る魔導具は魔石の消費が激しくてね。少ない魔力で術を発動できる『魔術』に魔力消費を抑えるヒントがあるんじゃないかと思って、留学したのよ」
「「ああ〜〜」」
ぽん、と手を叩き、納得する仲間たち。
「あんなにすごい魔導具をつくるレティアがなんでわざわざうちの学校に留学するのか何度説明されてもピンと来なかったけど、そういうことなのね。やっと腑に落ちたわ」
オリガの言葉に、リーネとレナもコクコクと頷く。
「魔導具を動かすのに、とてもたくさん魔石を使うからなんですね」
「レティアと知り合って何度も常識が吹き飛んでるけど、今日のはとびきり」
あはは……。
耳が痛いなあ。
そこでテオがぽつりと呟いた。
「時代が変わるな」
「え?」
聞き返した私に彼は、
「なんとなく、そう思ったんだ」
そう言って困惑したような微笑を返したのだった。
私たちがそんなやりとりをしていた時だった。
「レティ。彼女を連れてきたよ」
いつの間にか席を外していたお父さまが、一人の女性を連れて私たちのところに戻ってきた。
「レティシアお嬢様、大変ご無沙汰しております」
お父さまに促され、そう言って前に出たのは−−−−
「モニカ、久しぶりね! ご家族はお元気にされてる?」
「はいっ!」
一年前に私を頼って工房を訪ねてきた女性は、目を潤ませながらそう答えたのだった。
☆
工場の一画に設けた事務室。
設備の稼働音と金属加工の音が響く会議スペースで、私たちはモニカの話を聞いていた。
「えっ、ラインリーダーをやってくれてるの?!」
思わず聞き返した私に、彼女は気恥ずかしそうに頷いた。
「こちらもどんどん人が増えているので、ふた月前に工房長に『少しでも歴が長い者が後輩をまとめて欲しい』と言われまして……」
「すごいじゃない! あのお師匠さまにそんな風に言わせるなんて。大したものだわ」
ちなみにうちの工房では、現場の最小単位として三〜四名の『班』があり、三つから五つの『班』と品質検査の担当者をまとめて『ライン』として動かしている。
ラインリーダーは文字通り『ライン』の責任者。
つまりモニカには今、十〜二十名ほどの部下がいることになる。
エインズワース工房に就職して一年。
超ハイスピード出世と言えるだろう。
お父さまが、うん、うんと頷いた。
「彼女の働きぶりは私も聞いていてね。真面目な勤務態度、担当班の不良率の低さ、作業改善への取り組み、同僚との人間関係など、さまざまな実績と能力を考慮して、ラインリーダーを引き受けてもらったのだ。この二ヶ月の様子を見る限り、その判断は間違ってなかった。よく頑張ってくれている」
「いえ……私は頂いたご恩に少しでも報いられるよう、自分にできることをやっているだけですので–−−−」
顔を赤くして俯く新任のラインリーダー。
私はそんな彼女に言った。
「謙遜することはないわ、モニカ。お師匠さまとお父さまがここまで評価しているんですもの。貴女は大したものよ」
「ありがとうございます……! そう言って頂けると頑張っているかいがありますっ」
モニカは泣き笑いのような顔で私に微笑むと、仲間たちの方を向いた。
「レティシア様は、働く場所がなく、路頭に迷いかけていた私と子供たちに手を差し伸べて下さいました。この工房で雇用して下さり、子供たちや年老いた母と一緒に暮らせるよう住居まで手配して下さったんです。本当に感謝してもしきれません」
「えっ、住むところも?」
驚いたのか珍しく聞き返すレナに、モニカは頷く。
「今はオウルフォレスト郊外の社宅に移りましたが、社宅を建てて頂くまでは街の宿や貸し家を借りあげて私たちを住まわせて下さいました」
「社宅?」
「はい。工房に勤める者が借りることができる専用住宅です。今のところ家庭を持つ者を優先して入居させて下さってます」
「すごい……。家族で住むところまで用意してくれるなんて。特殊な仕事以外で聞いたことない」
「一応、給与天引きで家賃はもらってるわよ」
目を輝かせるレナに私が苦笑して水を差すと、モニカが首を振った。
「それでも普通に部屋を借りるよりはずっと払いやすいお家賃ですし––––この街に知り合いがおらず、保証人も用意できなかった私たち家族にとってはまさに『救い』だったんです」
「モニカ……」
うちとしては、とにかく真面目に働いてくれる人が必要だったから福利厚生を充実させた訳だけど、そこまで感謝されるなんて、本当にやってよかった。
しんみりした空気が流れたところで、リーネが小さく手を挙げた。
「そういえば、王都のお母様も今は一緒に暮らしてらっしゃるんですよね? ひょっとしてモニカさんが働いている間、子供さんをみてらっしゃるのはお母様ですか?」
母親を故郷に残し、魔術学校に入学したリーネ。
彼女の母親は侯爵家でメイドをしていて侯爵のお手つきになってしまい、敷地内の小屋で女手一つで彼女を育ててきた。
そんなリーネだからこそ、家族にまつわる質問が出たのかもしれない。
色んな意味で、とても良い質問だ。
「ええと、私が仕事をしている間、母が子供たちを見ているのはそうなんですけど––––」
リーネの問いに、どう答えるか悩むモニカ。
まあ日本では当たり前でもこの世界では珍しい取り組みだし、説明に戸惑うのも分かる。
なので彼女の代わりに私が説明することにした。
「モニカのところを含め、工房勤務の家庭の子供たちをうちで整備した『保育園』で預かって、モニカのお母様にはそこで働いて頂いてるのよ」
「「保育園???」」
仲間たちの頭の上に、今日何度目かになる『?(ハテナ)』マークが浮かんだのだった。