第169話 産業革命の狼煙②
実はエインズワース魔導具工房の職人・工員募集にあたり、私はある方針を掲げていた。
それは『年齢・性別によって賃金に差をつけることの禁止』。
応募者を同じ基準で評価し、同じ待遇で雇用する。
老若男女問わず、だ。
もちろん職位や職能、成果によって手当や賞与に差はつけるけれど、基本給は同じ。
これは我が国ではかなり先駆的な取り組みだと思う。
公職は女性にも門戸が開かれるようになったとはいえ、未だハイエルランド王国の社会制度は男性優位の色が濃い。
男性が様々な職業に就ける一方、実際に女性が就けるのはお針子や接客など一部の業種・職種に限られ、給与水準にも大きな差がある。
女性の就業が禁止されている訳ではないけれど、就業条件や『見えない壁』で弾かれてしまう。
教育にしてもそうだ。
王都では公立学校整備のおかげで初等教育は男女問わず誰でも受けられるけれど、各領地の取り組みはピンキリ。
田舎になればなるほど、女子の就学の機会は少なくなる。
中等以上の教育となると、王都ですら貴族の子女向けの学校と王立魔法学校以外、女子が通える学校はない。せいぜい裁縫などの小さな職業学校があるくらいだ。
私が苦心した爵位継承にしてもそうだけれど、法制度を含めた社会全体が、女性の自立に厳しい環境にあるのが現状だった。
そんな中、ある日突然世に知られることになったレティシア・エインズワースという少女。
魔導具師という男ばかりの職人の世界でトップレベルの技術を持ち、自らの作った魔導具で飛竜を撃退した英雄。
世の中には、そんな私に期待する人もいる訳で––––
「一年ほど前、この工房に一人の女性が訪ねてきたの。『住み込みで働かせて欲しい』って言ってね」
私はみんなに、その話を始めた。
「彼女の話を聞くと、旦那さんを事故で亡くしてしまって、二人の子供を王都の母親に預けて働きたいって話で––––」
普通ならそういう場合、王都で針仕事などをして生計を立てるのだけど、そうはできない事情があった。
「去年の事件で王党派貴族の多くが爵位剥奪になったせいで、王都の針仕事……それも技術と人手が必要な高級服の仕事が激減しちゃったのよね」
私はつい遠い目をしてしまう。
そう。
昨年末あたりから王都では、一部の業種で極端に仕事が減ってしまっている。
公共事業で土木建築関係が潤う一方、宝飾品や高級衣料の業界は閑古鳥が鳴き、老舗と言われる店でさえ一部は休業に追い込まれる状態になってしまった。
旧貴族である王党派貴族の多くが高級衣料や装飾品に相当なお金をかけていたのに対し、新たに陞爵した新貴族の多くは元々騎士爵の家ばかり。
つまり、虚飾を排し質実剛健。
そんな貴族に入れ替わってしまったのだから、高級店はたまらない。
看板を出しているお店だけでなく、その仕入れ先、下請け先と連鎖的に不景気が広がり、その影響は働く女性を直撃してしまった。
私に直接の原因はないとはいえ、さすがに責任を感じてしまう。
「そこでうちの工房では求人広告で大々的に『女性歓迎』をうたって、女性が就業しやすい環境づくりに取り組んだの」
「具体的には?」
オリガの問いに、私はふふっと笑った。
「それは、本人に訊いてみましょう」
そうして私たちは『彼女』が働いている工場に移動することにしたのだった。
☆
お父さまを通じて確認してもらったところ、その女性は金属部品の加工工場で働いているということだった。
「うわ……ここもすごいな」
テオが目を見張る。
工場に入ってまず耳に入ってきたのは、ウィーンという機械音。
そして、ジィィィという鉄を削る音だ。
この工場は先ほどの組み立て工場とは違い、横幅も広い。
研修室のような方形の建屋に一人一台の作業台が整然と並び、皆、机の上の加工機に向き合っている。
「あの機械は?」
テオが指差したのは、エインズワース工房が誇る最新の設備。
「あれは『動力化旋盤』よ」
「どうりょくか?」
「そう。昔からある手回し旋盤を、魔導回路を使って動力化したの!」
興奮気味に話す私に、皆は目をぱちくりさせる。
まあ、それはそうか。
旋盤なんて、現代の地球でも金属加工に触れたことがある人じゃないと聞いたことないわよね。
私は気を取り直し、説明を始めた。
旋盤、というのは要するに棒を削る機械だ。
削るのは、木や金属製の短い棒。
加工する棒の片方の端を左側の主軸に固定し、ろくろのように回転させる。
もう片方の端に彫刻刀のような刃物を近づけていき、外周から削っていく。
刃物と治具を変えれば内径加工もできて、棒から筒を作ることもできる。
要するに、ろくろを使って手で器を形作るのと同じことを、横置きにして刃物を使ってやるわけだ。
原始的な旋盤はそれこそ紀元前からあって、木工用のものは中世、時計部品用の手回し旋盤は近代にはその原型があったらしいのだけれど、今の形になったのは十八世紀後半以降。
それまで人が手持ちしていた刃物を刃物台に固定し、ボールねじと回転ハンドルを使って刃物を細かく前後左右に動かせるように改良した人たちがいた。
この改良で、それまで以上に精密な加工が短時間でできるようになり、蒸気機関の発展とともに世は産業革命の時代に突入していく。
–−−−というのが地球での旋盤の歴史。
ではこの世界ではどうかというと、概ね地球の十六世紀から十七世紀頃。近代旋盤が発明される前あたりの技術水準にあった。
「これまで人力だった主軸の回転を魔法で動力化したことで、女性でも簡単に金属加工ができるようになったの。魔導回路を使って主軸の回転速度や刃物台の送り速度を指定できるようにしたことで、ねじ加工もずいぶんと楽になったわ。もちろん加工物そのものが重い銃身の加工なんかはまだ男性が担当しているけれど、そちらも将来的には簡易クレーンを作って老若男女問わず作業できるようにしたいと思ってるのよね」
思わず早口になる私の説明を、ポカンとした顔で聞いている仲間たち。
……はは。
どうも魔導具のことになると周りが見えなくなってしまう。
「ま、まあ、作業を見てもらえば、大体分かると思うわ」
「近くに行っても?」
「ええ、もちろん」
テオの言葉に頷き、私はみんなを作業台に案内した。
「なるほど。レティが言ってたことがなんとなく分かったよ。魔法で軸を回転させるのもそうだけど、歯車もほとんど使わずにこれだけ複雑な動きをさせられるのは、本当にすごい」
目を細め、観察しながら感想を口にするテオ。
彼の言葉に、思わず口元が綻んでしまう。
すると今度は、オリガが手を挙げた。
「動力は魔法って言ってたけど、一日にどれくらいの魔石を使うものなの?」
彼女の視線の先には、主軸台の左下で輝く三つの小型魔石。
実は彼女の質問は、とても良い質問だ。
言い方を変えれば、やや耳が痛い質問でもある。
これを言ったら驚くだろうか。
「加工の内容にもよるけど、一台の旋盤を動かすのにだいたい小型魔石を一時間に三個くらい使ってる……かな」
「「は(い)?!」」
みんながすごい勢いでこちらを振り返った。