第168話 産業革命の狼煙①
お父さまが、やってくれた。
いや、やらかしてしまったと言うべきか。
つめに火を点し二十年かけて貯めた家門のお金を、全部工房の拡張につぎ込んでしまったという……
「え、本当に全額ですか?」
「い、いや……昨年と同じくらいの金額、かな」
私の問いに、苦しい笑顔で答えるお父さま。
「それって貯金全部じゃないですかあっ!!」
再び悲鳴をあげる私。
そんな私に、お父さまは慌てて説明を始めた。
「ま、まあ待て、レティ。この件は家門会議できちんと話し合って決めたことなんだ。お前にも魔導通信で意向を問合せたんだが、返信がなくてだな……」
「えっ?」
「ん?」
顔を見合わせるお父さまと私。
私、そんな話聞いてない––––と思うんだけど?
「それっていつ頃の話です?」
「確か、お前の入学式直前だったと思うが……」
「あっ」
数ヶ月前の記憶がよみがえる。
入学式の直前。
寮に入る日の朝のこと。
荷物をまとめていた私のところに、魔導通信が届いた。
その日はココメルにいるソフィアと事前に取り決めていた定期連絡の日。
渡された数枚の紙の束。
あの時は入寮準備でバタバタしていて、たしか後で読もうと思って記録用紙をどこかへ––––
「……すみません、お父さま。その通信記録、たぶん定期連絡にまぎれて図面ファイルのどこかに埋もれてしまってます」
「う、うむ。そうか」
気まずい空気が漂う。
父はそんな空気を振り払うように、こほんと咳払いをした。
「ま、まあ少し補足するとだな。今回の工房拡張はグレアムとヒューバートにも相談して、きちんと事業計画を立てた上での投資なんだ。もちろん国からの発注内示と、キャンセルの場合の違約金についても書面を取り交わしてある」
「そうなんですか?」
「ああ。その辺りはヒューバートがお前の書記官に相談しながら計画を取りまとめてくれた。私も内容を確認したが、相当練られたものだったぞ」
「…………」
そういえば前にソフィアからの報告に、家門の支出と国との契約についてヒュー兄さまから相談があった、って話があったような。
つまりこれは––––
「申し訳ありません、お父さま。わたしの確認不足ですね。お父さまのことを疑ってしまい申し訳ありませんでした」
「いや、私もバタバタしていて返事の催促ができなかったからな。お互いさまだよ」
謝罪する私の肩に乗せ、お父さまはそう言って苦笑いした。
「それに今回投資した資金は、これまでため込んでいた分までだ。写真館や魔導具の売上で積み上がりつつある利益剰余金については、一切手をつけていないよ」
「それを聞いて、ほっとしました」
私は微笑して頷いた。
「さて。それでは疑問も解消したところで、新しくなった工房を皆に見てもらおうか」
お父さまの言葉に仲間たちは「よろしくお願いしますっ」と声を合わせたのだった。
☆
「これは……すごいな」
魔導ライフルの最終組み立て工場。
天井が高く奥に長い工場の真ん中に、ドンと敷かれた搬送ライン。
ラインを挟むように左右交互に配置されたステーションでは、工員たちが手際よくパーツを組みつけている。
その光景を見たテオは、目を丸くして絶句した。
お父さまが皆に向かって説明する。
「各工場で作られる部品は、小さなものを含めると五十種類以上になる。それらの部品を最後にこの工場で製品として組み上げているのだ」
「五十種類……」
圧倒されたように呟くオリガ。
隣で作業風景に見入っていたテオが、あるものを指差した。
「作りかけのライフルが並んでいる、あの道みたいなものはなんです?」
テオが指差した先。
それはこの工場を象徴するものだった。
「あれは搬送コンベアよ」
お父さまの代わりに私が答える。
「搬送コンベア?」
「そう。各作業ステーションで組みつけが終わった半製品を搬送箱に入れて、ああやって次のステーションに引き渡すの。あんな風に専用レーンを設けて流していけば、わざわざ台車に載せ替える必要がないでしょ?」
「ああ、なるほど! 言われてみればその通りだね。でも、ああいうやり方は初めて観るよ」
「それはまあ、そうかもね」
あはは、と笑って誤魔化す私。
あれは前世の地球にあったもの。
間違っても「私が考えた」なんて言えないし、「私が作った」とも言えない。
私のポンチ絵と説明をもとに搬送コンベアを形にしてくれたのは、オウルアイズ工房の職人たちだ。
ガイドつきのローラーコンベアの上に搬送箱を置き、手で押して送るだけのシンプルな機構。
だけど実は、これがかなりお役立ちなのだ。
まず、台車に積み替える労力と時間が節約できる。
台車がひっくり返って製品が破損することもない。
ベルトコンベアと違い手動なので、作業者が無駄に急かされずに済む。
そしてこれは生産管理上のメリットなのだけど、搬送が滞っている場所を見れば工程上のボトルネックが一目瞭然なので、人を増やして処理能力を上げるべきステーションがすぐに分かる。
––––などなど。
あまりに便利なので、部品工場や各組みつけステーションでもミニサイズの搬送コンベアを導入してしまったくらいだ。
私の説明に「へええ!」としきりに感心するテオ。
するとこれまで工場の中をもの珍しそうにキョロキョロ見回していたリーネが、こんなことを言った。
「ここで働いてる人って、女の人が多いんですね。『工房』っていうからてっきり男の人ばかりだと思ってました」
「そうっ、そうなのよ!」
食い気味に叫んだ私を、みんなはギョッとして振り返った。