第159話 庭園迷路の攻略競争②
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私とオリガが手前の分岐まで戻って間もなく。
他の仲間たちもそれぞれが進んだ通路から戻ってきた。
「僕らの方は行き止まりだったよ」
後ろにレナを連れたテオはそう言うと、手のひらを広げ、敵を倒して拾ったであろう二個の魔石をみんなに見せた。
「私たちが進んだ先には、地上の分岐以外に地下への階段がありました」
そう報告したのは、アンナとコンビを組んだリーネ。
彼女の後ろではアンナが魔石を掲げ、戦果を示している。
どうやらこの庭園迷路では分岐を進んだ先に必ず一〜二体の魔物がいるようだ。
「リーネたちの経路が正解みたいね。……レナ、いける?」
私の言葉に、手元でマッピングをしていたレナが「おっけ」と言って親指を立てる。
「それじゃあ、行きましょう」
私たちは先に進むことにしたのだった。
「それにしても、地下があるなんて屋敷から見ただけじゃ分からなかったわね」
オリガの言葉に私は頷く。
「フレヤが言っていた通り、初見でこれは大変ね」
幸い地下の構造はとてもシンプルで分岐もない。
要するに、別地点へのショートカットになっているのだけど、魔物は出るし、曲がり角で方向感覚は狂うしで、探知役がしっかりしていなければ延々と迷ってしまうだろう。
もっとも私たちにはレナという優秀な探知役がいる。
彼女は魔力探知に秀でているだけでなく、抜群の方向感覚と空間把握能力を持っている。
本人いわく「スラムで鍛えた」というその力は、湖中迷宮でもいかんなく発揮され、私たちは彼女に絶大な信頼を寄せていた。
そのレナが私謹製の『魔導経路記録盤』を使いながらマッピングしているのだ。
まさに鬼に金棒。
迷うはずがない。
ちなみに経路記録盤は分厚いスマホのような見た目の魔導具で、簡単なボタン操作で分岐ポイントの種類と方位、前のポイントからの距離を記録し、閲覧することができる。
航法装置で開発した魔力信号出力機能付き方位磁針の回路と万歩計、魔導カメラの撮影機構を組み合わせ、小型魔石に経路を記録し、青い硝子板のディスプレイに経路の履歴を投影する。
そんな迷宮攻略に特化したお役立ちアイテムを、レナは渡した翌日の攻略で見事に使いこなしてみせた。
それ以来うちのパーティーはマッピングのために足を止めることがなくなり、迷宮攻略速度の飛躍的向上に繋がったのだった。
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その後私たちは、分岐にくるとは分かれてそれぞれの通路を探索し、戻っては正しそうな通路を進む、ということを繰り返した。
要するに総当たり。
メンバーの数と力に任せたごりごりの力押しだ。
この作戦を採ったのは、庭園迷路の構造が比較的シンプルであること、出現する敵が少なく二人ペアでもなんなく殲滅できることが分かったからだ。
組み合わせを考えて、遠距離ドッカン型のリーネには万能選手のアンナを、魔力供給が必要なオリガには私がつくことにした。
テオとレナは実は二人とも近接戦闘に長けていて、ゴブリンくらいなら魔法も魔術も使わずに一瞬で片付けてしまう。
レナのナイフさばきは、もはや本職のそれだ。
私たちは力押しの攻略を、足を止めることなく進めてゆく。
ただ攻略するだけなら、私が作った魔導具の機能を再現できるココとメルを使い、上空から空撮して経路を暴く手もあったのだけど、そうはしなかった。
アストリッド侯爵にココとメルのことをあまり知られたくなかったし、なによりそれじゃあ面白くない。
フレヤと母親にアイゼビョーナの力を見せつけるのなら、分かりやすい方がいい。
そんな理由で私たちは、力押しでこの勝負に挑むことにしたのだった。
☆
時間は進む。
そうしてスタートから一時間ほどが経った頃、ゴール付近からヒュウウウウ……という音が聞こえ、やがてパンッという破裂音が辺りに響いた。
「フレヤのチームがゴールしたみたいね」
打ち上がった『花火』の魔法を見たオリガが、私たちを振り返る。
「早い……」
呟くリーネ。
「そりゃ知った道なら早くて当前さ。あとは僕たちがどれだけ詰められるか……だろ?」
「そうね」
自信ありげな笑みを浮かべこちらを見るテオに、くすりと笑う。
「レナ、今どのあたりまで来てると思う?」
私が尋ねると、レナは手元のメモに目を落とし、やがて顔を上げた。
「多分、ゴールまで半分くらいのところまで来てる」
「そっか。ビハインドは一時間。みんな、もう一踏ん張りよろしくね!」
私の言葉にみんなは「「おー!!」」と返したのだった。
☆
一時間と少し後。
私たちはレナの見立て通り無事庭園迷路を攻略し、アストリッド侯爵邸二階のテラスに戻って来ていた。
ちなみにゴール地点には屋敷に通じる地下道の入口があって、ものの数分で屋敷まで戻ることができた。
そして今、私たちは侯爵の前で各自の布袋をひっくり返し、ガチャガチャと今日の成果を台の上に吐き出していた。
「こ、これは……」
「うそ……」
絶句する侯爵家の人々。
彼らの視線の先には、山と積まれた大量の魔石。
「私たちの討伐結果は以上となります。さすがに後半は重くて持ち歩くのに骨が折れました」
そう言って微笑む私。
拾った魔石は、ゆうに百を超えている。
一時間のビハインドを覆すには十分すぎる数だ。
侯爵はただただ目を丸くし、フレヤの母親はすごい目つきで私たちを凝視している。
そして彼らの娘は……
「こんなのインチキよ! ありえないわ!!」
いつもの気取った態度はどこへやら。
恥も外聞もなくそう叫んだのだった。
「インチキって……私たちがどう不正をしたと言うの? さすがにこれだけの魔石を隠して迷路に持ち込むのはどう考えても無理でしょう」
あきれ顔で返すオリガ。
「くっ……」
言い返せず、こぶしを握りぷるぷる震えるフレヤと取り巻きたち。
その時、「ははっ、はははは!」という笑い声があたりに響いた。
「……お父様?」
アストリッド侯爵はフレヤの問いかけを手で制すと、心底面白い、という顔で私たちを見た。
「レティア嬢、オリガ嬢。娘が大変失礼なことを言った。申し訳ない」
「お、お父様?!」
頭を下げる侯爵に、焦りまくるフレヤ。
そんな娘に侯爵はこう言った。
「フレヤ。オリガ嬢の言う通りだ。彼女たちが迷路に入り攻略する姿をここから見ていたが、確かに異様な速度で敵を屠りながら攻略を進めていたよ。––––レティア嬢、あれはパーティーをいくつかに分けて探索をしていたのかい?」
「仰る通りですわ。最大で三つのチームに分けて攻略を進めておりました」
私の返事に侯爵は「やっぱりな」と首を振って笑うと、こう言った。
「どうりであちこちで戦っているように見えた訳だ。つまり君たちは、あのくらいのレベルの迷宮なら二人で十分攻略できる実力があると。そういうことだね?」
「実際は交代しながらでなければ厳しいですけど……戦うだけなら、そうですね」
「なるほどね」
「ちょっと、お父様?!」
侯爵が納得したように笑って首をすくめ、そんな父親にフレヤが噛みついた時だった。
「……なにか、来る」
ボソリと呟き、東の空を見上げるレナ。
つられて彼女の視線を追った私は、直後、彼女の言葉の意味を理解した。
空の向こうから、それなりの魔力を宿した何かが近づいていた。