第158話 庭園迷路の攻略競争①
☆本日11/15(金)
『やり直し公女の魔導革命』書籍3巻発売です。
☆
「辞退するなら今のうちよ。いらぬ恥をかきたくないでしょう」
私たちが参加を決めて盛り上がっていると、後ろから嘲笑まじりの声が聞こえてきた。
振り返る私たち。
そこに立っていたのは、フレヤとその仲間たちだった。
「なんで私たちが恥をかくんです?」
私の問いを鼻で笑うフレヤ。
「この庭園迷路は、遠目に見るよりはるかに複雑なのよ」
「複雑?」
「中に入れば分かるわ。初級迷宮だからあなた達でも死にはしないでしょうけど、初見ですんなり攻略できるほど甘くはないわよ。魔物の数も多いしね。まあ、日が暮れる前にゴールできるといいわねえ」
そう言って、ふふふ、ほほほ、と笑いながら去ってゆくフレヤと取り巻きたち。
どうやら彼女たちはこの庭園迷路に挑んだことがあるらしい。
そりゃあそうか。
実家だものね。
「あの様子じゃ、かなり自信があるみたいね。ひょっとして十二ある全ての経路を覚えてるのかしら」
オリガの言葉に、リーネが答える。
「フレヤ様が初めてこの迷路に入られたのは、七歳のときだったと聞いたことがあります」
「ズル」
ボソリと呟くレナ。
テオがアストリッド侯爵の方をちらりと見た。
「侯爵としてはフレヤ嬢にも花を持たせたいんだろう。……あの正妻のためにもな」
侯爵は隣に立つフレヤの母親に、何やら笑顔で話しかけている。
もっとも相手の方はそんな彼を無視して、不機嫌そうにそっぽを向いているけれど。
テオが言葉を続けた。
「彼にも色々あるんだろう。……とはいえ、このまま向こうの思惑通りになるのも、面白くないよな」
「でも、どうしたら?」
聞き返した私に、テオがニヤリと笑う。
「ゲームの規定を変えるのさ」
☆
「なるほど。ただ速さを競うのではなく、手に入れた魔石の数も加味して勝負を決める、と」
私の提案に考え込む侯爵。
「はい。魔石一個につきマイナス何分と決めておき、ゴールまでにかかった時間から差し引くんです。その方が単純に速さを競うより面白いと思いませんか?」
「確かに、面白いルールではある」
侯爵はそう言いながら、いまいち乗り気に見えない。
そりゃあそうだ。
フレヤのアドバンテージが減るかもしれないんだから。
そんな彼に私はもうひと押しする。
「冒険者が迷宮に潜るのは魔石を入手するためですよね? であれば、ただ速さを競うのではなく入手した魔石の数も考慮した方が、より趣旨に添うのではないかと」
「そう言われれば、一理あるが……」
侯爵はちらりと娘を見る。
ところが意外なことにフレヤは、不敵な笑みを浮かべてこう胸を張ったのだった。
「面白いじゃありませんか、お父様。攻略速度と魔物の討伐の両立……まさに『豪炎』たる我がアストリッドに相応しいルールですわね。私も賛成しますわ」
「そ、そうか。……では、こうしよう」
結局、『入手した魔石一個につき、攻略時間から二分を差し引く』というルールを追加して、私たちは競い合うことになったのだった。
☆
その日の午後。
昼食を食べた私たちは、庭園迷路に突入していた。
「はっ!」
視界に入った二匹のゴブリンを、ココとメルが『部分防御』で即座に拘束する。
直後、
「ふっ! ––––ふっ!!」
背後から立て続けに二本の氷の槍が飛び、ゴブリンたちを串刺しにする。
発見から約十秒。
ゴブリンたちは赤く光る魔石を残し、砂となって崩れ落ちた。
「ちょっと……怖いくらいの殲滅速度ね。私も実家にいた時はよく父や兄の討伐に同行してたけど、どんなに早くても今の倍は時間がかかってたわよ」
ゴブリンたちがいたところまで行って魔石を拾いながらそんなことを言うオリガに、私は首を傾げる。
「倒したのはオリガじゃない」
「私はレティアが拘束した的を撃ち抜いただけよ。驚異的なのはあなたの拘束魔法でしょう。あんなことは魔術じゃできないし、普通に魔法を使えばどれだけ長い詠唱が必要になるのか、想像もつかないわ」
「うっ……本当は防御魔法なんだけど」
「防御もできて、拘束もできる。万能すぎて呆れるわ。何をどうやったらあんなことができるのよ?」
「ココとメルに組み込んだ魔導回路のおかげね。第一段の回路で防御膜を起動した後、第二段の回路で術者の魔力の入力に合わせて出力の強弱と方向を調整できるようにしてあるの。だからココとメルの二人がいれば、『面』で制御して『捻る』動作もできるってわけ」
「うん。何を言ってるのかちょっと分かんない」
「はは……」
ドン引きするオリガに、苦笑する私。
最近は私も『この子たちがいれば、不可能なんてないんじゃないか』って思えるのよね。
そんな私を呆れたような顔で見ていたオリガは、やがて首をすくめた。
「まあ、いいわ。それよりこっちのルートはハズレみたいね」
その言葉に、彼女が立つ曲がり角まで行って先を覗きこむと、確かに通路の先は壁になっていた。
「さっきの分岐まで戻って、みんなと合流しましょう」
私とオリガは頷きあうと、来た道を引き返したのだった。