第156話 冬休みの過ごし方
大変お待たせしました!
『やり直し公女の魔導革命』新章開幕です!!
☆
「うっ……さむっ」
終業式が終わり、大講堂の建物から足を踏み出した瞬間、冷気が襲ってきた。
目の前は一面の雪景色。
連日の降雪に演習場にも雪が厚く積もっている。
身震いする私に、隣にやってきたオリガがシニカルな笑みを向ける。
「この辺りはまだ暖かい方よ。うちの領地ではもう外に出るのも大変になってるでしょうね」
「そんなに?!」
「そうよ。だから帰省はしないつもり。エーテルスタッドの屋敷を拠点に迷宮に潜ろうと思って。雪に閉じ込められて引きこもっているより、こっちで研究したり迷宮に潜っている方が有益だもの」
オリガはそう言って、私があげた魔力譲渡の腕輪を掲げてみせた。
確かに彼女のお屋敷の騎士たちから魔力を分けてもらえば、魔力が少ない彼女でも迷宮に潜って修行することができるだろう。
ちなみに私たちが迷宮核を破壊したせいで復元機能を喪失してしまった湖中迷宮は、現在ある方法を利用して再建のプロジェクトが進んでいる。
たぶん、冬休み明けの三月には復活しているはずだ。
「そっか。みんな帰省するものとばかり思っていたけど、こっちに残る人も多いのかしらね」
呟いた私に、オリガが答える。
「寮にいれば寮費はかかるけど街で宿をとるよりは割安だし、食堂も営業してる。学校の図書館も開いてるから、残る子もそこそこいると思うわよ」
「なるほどなあ。––––そういえば、レナとリーネは冬休みどうするの?」
雪をふみふみ歩きながら尋ねると、レナが相変わらずのポーカーフェイスで答えてくれた。
「私は寮に残る。けど、迷宮に潜るのはオリガと同じ」
「あら。じゃあ一緒に潜る?」
オリガの言葉に、思案するレナ。
「構わないけど、多分私とオリガじゃ目的が違う。私は稼ぐのが目的だから」
「別に構わないわ。こっちは訓練が目的だから採取した魔石は全部そちらの取りでいいし。その代わり索敵は全面的にお願いするし、何日か潜りっぱなしになるけどいい?」
「契約成立」
そう言って握手するレナとオリガ。
身分も性格も全く違う二人だけど、見ていると意外とウマが合うらしく、こうしたやりとりが最近増えてきた気がする。
「リーネは?」
私が尋ねると、にこにこしながらみんなのやりとりを見ていた友人は困ったような顔になり「んー」と考えこんだ。
「実は悩んでるんです。実家に戻って冬越しの手伝いをするつもりでいたんですけど、母に手紙を送ったら『自分のことは気にしなくていいから、あなたの将来に役立つことをして過ごしなさい』って返ってきちゃって……」
「そっか。それは迷うわね」
娘としては母の手伝いをしたい。
母親は娘の未来を応援したい。
お互い相手のことを思ってすれ違っている。
それなら––––
「リーネ。ご実家の冬越しのお手伝い、私たちも参加していい?」
「「はいっ?!」」
一斉にこちらを見る仲間たち。
「リーネのご実家は南のアストリッド領よね? 私とアンナも国に帰るために南に向かうから、ちょうどいいと思って。二人増えれば準備も早く終わるんじゃないかしら」
「えっ? でも、そんな……。まさか貴族の方に手伝ってもらう訳には……」
「それは内緒って言ったじゃない」
彼女のおでこを、ぴん、とはじく。
「あいたっ」と額を押さえるリーネ。
「気にしなくていいわ。うちの家は元々魔導具工房が生業だし、私も自分で材料の切り出しや加工をするもの。まあ––––」
私は魔術学校の制服を着た侍女を振り返った。
「姉さまの万能選手っぷりに比べれば、大人と子どもの差があるけどね」
「レティアが魔導具づくりに集中できるように、周りの環境を整えるのが私の仕事ですから」
そう言って、にこりと笑う姉。
「という訳で、私もアンナもそれなりに手伝えると思うわ。それでご実家の冬支度を終わらせたら…………よかったら私たちと一緒にハイエルランドに来てみない?」
「「は????」」
私の言葉に、みんなはまたしてもぎょっとしてこちらを振り返ったのだった。
☆
その日のお昼どき。
前期最後のホームルームが終わり、食堂に集まった私たちは、食事をしながら先ほどの話の続きをしていた。
「リーネのお母さんの希望は『冬休みにリーネが自分の将来に役立つことをして過ごす』ことなんでしょ? だったら外国に行って見聞を広めるのも悪くないんじゃないかな、と思って。ついでに飛行靴を履いて移動すれば、魔力操作の訓練になるし」
私がそう言った瞬間––––
「「ズルいっ!」」
二方向から抗議の声が飛んできた。
一人はオリガ。
もう一人はセオリク……もといテオだ。
「ええっ……」
私が二人の圧に引き気味になると、彼女たちはこんなことを言い始めた。
「見聞を広めるということなら、私もぜひレティアの国に行ってみたいわ。魔術学校にはまだ一年以上通うことになるけれど、他国に行ける機会なんて滅多にないもの」
「魔術が使えない僕が一人でここに残っても、本を読むくらいしかやることがないからね。同行させてもらえるなら、僕も一緒に行くよ」
うん。
二人の言い分も分からなくはない。
そこにアンナが火をつけに行く。
「貴方が同行しても、レティアにメリットはないですけどね。むしろ同行することでいらぬ手間がかかります」
「メリットはあるさ。先日の戦闘でも役に立ってただろう?」
「ココとメルがいれば鉄壁ですし、残敵は私が掃討しますから不要ですね」
そんなことを言い合って睨み合う二人。
「二人とも、仲良くしようよお」
私の言葉が宙に消えた。
結局。
その日の話し合いで私たち『氷のクマたち(アイゼビョーナ)』は、冬休み中にみんなで私の国に研修旅行に来ることになった。
旅券発行の手続きもあって、出国は十日後。
それまで私たちは二つのグループに分かれ、リーネと私、アンナは南部アストリッド領のリーネの実家に冬越しの手伝いに。
オリガとレナとテオは、一週間程度エーテルスタッドに滞在して迷宮攻略に勤しんだあと、アストリッド領で私たちに合流することになった。
旅券発行についてはオリガの実家であるヘルクヴィストのコネでスムーズに進んだけれど、もう一つあった懸案についてはやむなくこの国の第一王子、エリク殿下の力を借りることにした。
懸案。
そう、懸案だ。
私とアンナが手伝いに行くリーネの実家は、アストリッド侯爵の屋敷の敷地内にある。
そこに学校の友人とはいえ、外国人が二人も訪れるのだ。
しかるべき根回しが必要、というオリガのアドバイスはもっともで、その根回しのおかげで私たちは『色々な問題』を一気に解決することができたのだった。