第154話 湖の底の異形 2
☆
「『部分防御』!!」
飛びながらココとメルに防御膜を展開させ、そのまま戦場に飛び込む。
「た、助けて……」
触手に巻き取られた兵士が、ズルズルと引っ張られてゆく。
「ココ!」
「はいよ!!」
ココの両手から防御膜が伸びる。
イメージするのは、鋭利な刃物。
ザクッ
触手を一気に切断する。
「あ、ありがとうございます!!」
叫んで駆け出す兵士。
––––ブン
ほっと胸をなでおろす間もなくメルの『自動防御』が発動し、私を襲おうとした触手を遮る。
「『雷撃』!」
私が拘束した触手を、アンナの雷撃が撃ち落とす。
––––が、
「うそっ?!」
雷撃で黒焦げになり、動きを止めたはずの触手が瞬く間に再生し、動き始める。
「『雷撃』!!」
再びアンナの雷撃が飛び、触手を直撃した。
「これは……キリがありませんねっ」
アンナはそう言いながら、四方八方から襲ってくる触手を撃ち落としてゆく。
だけど当然全てを捌くことはできず、何本かは私の防御膜で防がざるを得ない。
ココがそれらを切断してまわるけれど、切ったそばから回復され、再び襲ってくる。
「……このままじゃキツいかも」
じりじりと後退を余儀なくされ始めた時だった。
「『氷槍』!!」
後ろから飛んできた氷の槍が触手の一本を貫き、そのまま壁に磔にする。
「はっ!!」
隣に飛び込んできた少年が曲刀を振るうと、巨木の幹ほどもある触手が斬り飛ばされる。
「さすがにこの距離なら外しませんっ!」
いつの間にか逞しくなった少女の声。
直後、背後から赤く輝く火球が撃ち出され、扉から顔を出していた触手を三本まとめて焼き払う。
「……左の壁から一本。次、右の壁」
ぼそりと呟く声。
そして、左右に雷撃が飛ぶ。
「みんなっ?!」
思わず叫ぶと、仲間たちが近くに集まってきた。
「私たちを置いて行くなんて、いい根性してるじゃないっ!」
言いながら次々と氷の槍を放つオリガ。
「まったくだ」
毒づきながら魔導曲刀を振るうセオリク。
「もう、置いていかないで下さいね?」
耳元でそう囁いて、すぐに攻撃に戻るリーネ。
最後にレナが言った。
「一緒に行くって言った。約束」
「みんな……」
胸がキュッとする。
思わず目じりを拭う。
顔を上げると、目の前の触手たちはいつの間にか、焼け焦げ、磔になり、斬り落とされて辺りに転がっていた。
残った二本ほどが、ズルズルと扉の向こうに引っ込んでゆく。
再生の時間を稼ぐつもりだろうか。
私は仲間たちを振り返った。
「何度枝を叩いてもすぐに再生する。奥にいる本体を叩きます。––––みんな、準備はいい?」
「はいっ!」 「おう」 「OK」 「もちろんです!」
一斉に返事を返す仲間たち。
こうして私たちは、湖中迷宮の最深部。
最後にして最強の敵がいるだろう部屋に足を踏み入れたのだった。
☆
そこは神殿を思わせる巨大な空間だった。
前方に積み上がった魔物の死骸の山。
その奥には、五階建てのビルほどもある巨大な化け物がいて、なんと食事の真っ最中だった。
蟹の甲羅のような胸。
腹部にある巨大な口は、ムシャムシャと魔物の死骸を食い散らかしている。
その下には鱗で覆われた脚。
胴体から何本もの赤黒い触手を生やしたキメラには、奇怪なことに頭にあたる部分が二つあった。
一つは、白目を剥いたサイクロプスの頭。
もう一つはなんと、白衣を着て眼鏡をかけた老人の上半身だった。
「HAHAHA! ◯×△◇!!」
聞き慣れない言葉を喋る老人。
「はい?」
思わず聞き返す。
すると老人は一瞬見下すような顔をすると、こう言った。
「やあ、これは失敬。未開な君たちは標準語を解さないのだったねえ。私としたことが、どうでも良すぎて忘れていたよ! はっはっは!!」
言葉が通じた。
ということは、あれはやはり元・人間なのだろう。
状況から考えると、ナタリーの仲間で今回の事件の黒幕の一人、ということだろうか?
「貴方はここで何をしているの?」
私の問いかけに、再び馬鹿にしたような顔で首をすくめる老人。
「『何を』だと? 見てわからんかね?」
「分からないわ」
私の返事に、ムッとした顔になる老人。
「はっ! お前たちもあの馬鹿どもと同じだな!! この天才の研究を理解できず、魔力による生物的進化の可能性も理解できない!! 挙げ句、魔導生物制御法を確立した儂から開発予算を取り上げるだと? 全くもってバカにしとるっ! なにが『これからは魔導工学の時代ですよ』だ!! すでに竜に乗れるのに、空を飛ぶのにわざわざ船を浮かべる必要がどこにあるっ?!」
鬼の形相で狂ったように喚き散らす老人。
だけどその言葉には、気になるワードがあり過ぎる。
「あの、すみません。貴方の言う『馬鹿ども』というのは?」
「決まっとるだろう! 陛下に取り入って好き放題やっとる執行部の馬鹿どもと、儂から生物学研究所を取り上げた開発局の連中だ! 連中、先達たる儂に『今回の作戦で成果が上がれば生物学研究所の再設置も検討する』などと上から目線で言いおった!!」
「それって『黒い蜘蛛』と関係があります?」
「『黒い蜘蛛』だあ? 開発局の連中が使っとる下品な意匠だろうが」
「開発局?」
私がさらに尋ねた瞬間、老人の目つきが変わった。
「……あんな連中のことはどうでもいい。どうでもいいのだ! あんなものを重宝する連中に用はないっ!! いらん興味を持つ貴様らもだ!!!!」
これは、地雷を踏んだかもしれない。
「儂の研究の価値の分からぬ愚物は、せいぜい儂の栄養になるがよいわ!!!!」
いつの間にか再生した十本以上の触手が、ウネウネと浮き上がる。
そして、合成魔獣と私たちの第二ラウンドがスタートした。
☆
「死ねえっ!!」
老人が叫ぶと同時に飛びかかってくる無数の触手。
「ココ、メルっ!!」
「「はぁい!!」」
ブゥン
間髪入れず、クマたちが私たちの前に『部分防御』を展開する。
突っ込んできた触手をすべて、防御膜が受け止める。
「はあっ!!」
セオリクの曲刀が触手を斬り落とし、
「『氷槍』!!」
「『雷撃』!」
「『火球』」
みんなの魔術が触手を吹き飛ばし、感電させ、消し炭にする。
だけど––––
「はははははははっ! ムダだ! ムダぁ!!」
キメラはものすごい勢いで魔物の死骸を食い散らかし、その栄養を注ぎ込むかのように触手を再生する。
つまり、今のを繰り返している限り私たちはじり貧だ。
「やはり本体を叩かないとダメね」
私は魔導ライフルを構え、引き金を半引きする。
銃口の先に浮かぶ光弾と、加速魔法陣。
「『近距離射撃』!」
右眼に浮かんだレティクルをキメラの腹部に合わせ、引き金を引く。
タンッ
光弾は一直線にキメラの元へ。
そして、着弾。
フロアを揺らす閃光と爆音。
目を凝らすと、化け物の腹部が吹き飛び、大穴が空いているのが見えた。
「やったか?!」
セオリクが叫ぶ。
だが––––
「今、何かしたかね?」
老人がニヤリと嗤って私たちを見下ろす。
「くそっ! 本体も再生するのかよ?!」
セオリクの言葉の通りだった。
大穴が空いた腹部はみるみるうちに再生され、再び魔物の死骸を漁り始めたのだった。