第153話 湖の底の異形 1
☆
「レナ、次はどっち?」
私が尋ねると、探知役のレナは目を閉じ、しばしあってその目を開いた。
「……右の通路を行った部隊が危なそう」
「OK!」
レナが示した通路を進む私たち。
湖中迷宮、深層への入口に突入して約二時間。
緩やかなスロープになっている洞窟の通路を進む討伐部隊は、時折現れる迷宮主級に少なくない被害を出しながらも、足を止めることなく討伐を進めていた。
「次の十字路の左、迷宮主級1、上級2、その他3」
「おっけ!」
早足で先を急ぎながら、レナの報告を頭でまとめる。
「リーネ、出会い頭に牽制射。セオリクとオリガは私を援護して。レナとアンナは死角に注意!」
「「了解!!」」
みんなが叫ぶ。
「それじゃあ行くわよ。……3っ!」
「レクトっ」
私のカウントとともにリーネが杖を振り、詠唱する。
「2、1……」
「ベルテフラム・コンプロミネル––––」
杖の先が赤く輝く。
「今っ!」
「サギータ!!」
カウントゼロで陰から飛び出した瞬間、リーネは魔術を発動させた。
視界に入ってくる、巨大な半魚人。
その前で満身創痍で戦う兵士たち。
ヒュンッ––––ドォンッ!!
リーネの魔術が敵の脇をすり抜け、後方で激しく爆発する。
魔物と兵士たちの視線が、こちらに集中する。
「それはこちらで引き受けます!!」
私は叫ぶと、腕の中にあった魔導ライフルを構えた。
兵士と敵たちが動き始める。
動きの速い小型の敵が数体、こちらに駆け寄ってくる。
「邪魔よ(だ)!!」
それらの雑魚敵を氷槍の魔術と曲刀で迎撃する、オリガとセオリク。
「『近距離射撃』!!」
叫ぶと同時に私の右目に照準環が浮かぶ。
狙うのは、半魚人の頭部。
ブンッ
引き金を半引きして、魔力集束弾と加速魔導陣を起動。
そして––––
タンッ!
魔法陣で加速される光弾。
その光は一直線に巨大半魚人の頭部へ。
次の瞬間、凝縮された魔力がエネルギーの爆発として開放された。
爆散する半魚人の上半身。
その間に、後方から二条の雷撃が飛び、遅れてこちらにやって来ようとした中型の魔物を貫く。
最初の私のカウントから一分足らず。
私たちは全ての魔物を殲滅していた。
☆
迷宮に突入してから数時間。
支援戦闘を幾度となく繰り返した私たちは、いつしか兵士たちの注目の的になっていた。
「彼らは何者なんだ?」
「あんな魔術見たことないぞ」
「彼らが来てくれなきゃ、うちの隊は全滅してた。隊長からは『軍機だから関わるな』って言われたけど、皆で『ありがとう!!』って叫んじまったよ」
「噂じゃ、地上でダンジョンマスター級を倒したのも彼らだって話だぜ」
ひそひそとそんな声が聞こえてくる。
本音で言えば、あまり目立ちたくはない。
だけどそんなことを言ってる場合じゃない。
今日だけでも、目の前で命を落としてゆく兵士たちを何人も見ている。
一人でも多くの命を守るために。
そして一刻も早く、この騒動を終わらせるために。
私はなりふり構わず前に進むことを、心に決めたのだった。
☆
その後もいくつもの部隊を救援した私たち。
数度の休憩と昼食をはさみ、私たち討伐軍はついに最下層と思われる平坦なフロアにたどり着いた。
古い遺跡を思わせる石の床と壁。
これまでと違う空気。
重苦しい魔力と殺気が肌にまとわりつく。
「……ここ、すごく危ない」
魔力探知を行ったレナがぼそりと呟いた。
「何が危ないの?」
私が尋ねると、レナは前方を指差した。
「この先にすごいのがいる」
「すごいって……すごく強い敵?」
「そう。迷宮主級よりずっと強力な魔力持ちで、体も大きい」
迷宮主級より強力で大きいって……それもう、魔物というより怪獣なんじゃ?
私が熱線を吐きながら町を壊してまわる怪獣を頭の中に描いていると、隣で話を聞いていたオリガが身を乗り出した。
「ちょっと。それ、間違いないの?」
「間違いない」
大きく頷くレナ。
「それなら、すぐに先遣隊に注意喚起しないと––––」
オリガが呟いた時だった。
ドゴォンッッ!!
フロア中に響き渡る爆音と振動。
そして、悲鳴。
「下がれっ! 下がれええっ!!」
「ト、トーマス?! う、うわぁっっ!!!!」
「誰か、たすけ––––グボっ?!」
はるか前方に見えた、この世のものとは思えぬ光景。
城の大扉を思わせる巨大な扉から、何本もの巨大な触手が這い出ていた。
いや、扉からだけじゃない。
通路の両脇からも、壁をぶち抜いて触手が生えている。
それらは兵士たちの身体を巻き取り、貫くと、扉の向こうの部屋に引きずりこんでゆく。
そして、
「うわぁあああああああっっ?!!!!」
––––グチャッ、グチャッ、グチャッ
おぞましい音が聞こえてきた。
☆
湖の底で遭遇した強大な敵を前に、討伐軍は大混乱に陥っていた。
「さ、下がれっ! 後退だっっ!!」
「迎撃戦闘っ! 戦列を調えろ!!」
なんとかして触手から逃がれようとする先遣隊の兵士たち。
戦おうとする後方の兵士たち。
双方があまり広くもない通路で混ざり合い、押し合いへし合いになっていた。
そこに前と横から襲いかかる、巨大な触手。
「グボァああっ?!」
「た、たすけ––––ガハッ!」
それはもう、一方的な虐殺だった。
すぐに後退しなければならない状況なのに、上からの命令がないため各小隊がバラバラに行動し続けている。
後方にいる上級指揮官への報告と命令伝達には、今しばらく時間がかかるだろう。
このままでは、後退命令が出るまでに先遣隊の各隊は全滅してしまう。
「……っ」
私はこぶしを握りしめた。
「ココ、メル!」
「はいよ」 「呼んだ?」
カバンから飛び出すクマたち。
「拡声魔法を使うわ。––––ココは、あっち」
私が指差した前方の空中に飛んで行くココ。
「メルは、そっち」
後方に飛んで行くメル。
二人が思った位置についたところで、私は叫んだ。
「『拡声』!!」
––––キィン
一瞬、辺りにハウリングのような音が響く。
準備が完了した。
私は混乱する兵士たちを避け、通路の端に移動する。
そして、一回だけ深呼吸すると、口を開いた。
「アイゼビョーナから全軍に通達。『全軍撤退せよ』。繰り返す『全軍撤退せよ』。––––殿はアイゼビョーナが務める。全軍、直ちに撤退せよ!!」
フロア中に響く、私の声。
一瞬、あたりが水を打ったように静かになる。
そして––––
「……撤退、撤退だ!!」
「戦闘中止! 直ちに撤退する!!」
各隊指揮官の命令があたりに響く。
その効果は劇的だった。
混乱していた兵士たちが皆、出口に向けて移動を始める。
私は仲間を振り返った。
「ごめん。先に行くね!」
「え?」
キョトンとする仲間たち。
ただ一人、アンナだけが私の目を真っ直ぐ見返してきた。
「ご一緒します!」
私は彼女に頷くと、前を向く。
そして、
「行くわよ、アンナ!」
「はいっ!!」
飛行靴に魔力を通し、撤退する兵士たちの頭上を飛び越して、最前線へと突っ込んで行ったのだった。