第152話 突入
☆
「失礼致します! 皆さま、もうしばらくしたらご準備をお願い致します」
特別に用意してもらった天幕で仮眠をとっていた私たちは、きびきびとした女性騎士の声に一斉に飛び起きた。
「あ、準備します」
そう言って目をこすりながら体を起こすと、天幕の入口から眩しい光が射し込んでいた。
懐から懐中時計を取り出して確認すると、時計の針はもう少しで午前九時を指そうというところだった。
どうやら二時間ほどは寝られたらしい。
そのおかげか、寝不足でふらふらだった頭がだいぶんスッキリしている。
「お嬢さま、皆さん。よかったらお茶を飲んで行かれませんか?」
聞き慣れた声に振り返ると、アンナがポットを手にカップに紅茶を淹れていた。
「ありがと、アンナ。ちゃんと休めた?」
「はい。私も起きたのはついさっきですから」
そう言って微笑む姉。
その顔からは疲れを一切感じさせない。
アンナはいつも私より一歩早く準備し、私が歩き出す道を整えてくれる。
おそらく無理をしていることもあるはずなのに。
であれば。
アンナが整えた道で最高のパフォーマンスを発揮するのが、私がやるべきことだろう。
私は彼女が淹れてくれた紅茶を飲むと、
「よし!」
と気合いを入れて立ち上がった。
☆
「それではアイゼビョーナの皆さんは、先行各隊の後方に位置し、必要に応じて遊撃される、ということでよろしいですか?」
口ひげを蓄えた討伐軍の副司令官、バルドサール騎士団長は各隊の隊長を集めた最終打合せで、私たちにあらためて確認した。
私は頭から目深にローブを被った仲間たちを振り返り、「いいよね?」と目で問う。
頷く仲間たち。
「はい。それでお願いします」
同じくローブを被って顔を隠した私は、団長さんにそう返事をした。
「分かりました。それではそのように。––––では、間もなく突入を開始する。各隊、準備にかかれ!」
「「はっ!!」」
隊長たちが、それぞれの部隊へと散ってゆく。
私たちも自分たちの突入順に合わせ、迷宮入口前に整列した兵士たちの列に向かった。
「そういえばセオリク。ずっと気になっていたんだけど、その背中に担いでいるものってなあに?」
私は隣を歩く少年に、彼が背負っている棒状のものについて尋ねてみた。
布でぐるぐる巻きにされた全長一メートルほどのそれを、セオリクは革のバンドで背中に固定している。
実は今朝会った時から気になっていたのだけど、色々あって訊けずにいたのだ。
と、少年は一瞬ぎくっとしたように固まり、こう答えた。
「こ、これは……うちの家宝の杖だ。所謂『とっておき』というやつだな」
「あ、そうなんだ」
家宝ということは、あまり詳しくつっこんで訊かない方がいいのかもしれない。
そんなことを思っていると、セオリクはいそいそと先に行ってしまったのだった。
私たちがそうしている間も、迷宮入口付近では小規模な戦闘が続いていた。
出入口からは、迷宮主級とは言わないまでもそこそこの強さの魔物が這い出してきていて、それを防衛部隊が一匹ずつ潰しているのだ。
オリガがぼそりと呟く。
「なんで迷宮主級が出てこなくなったのかしらね」
「ひょっとして、私がやっつけたので全部だったとか?」
「それならいいんだけど……。そううまくいくものかしら」
不審げに出入口を見つめるオリガ。
結論から言えば、彼女の予感は悪い方に当たることになる。
☆
––––私たちが配置について間もなく。
あたりにラッパの音が響き渡った。
そして、号令。
「全軍、行動開始! 全軍、行動開始!!」
「大隊直隷魔術中隊、突入準備射撃開始っ!!」
「撃ーーっっ!!」
その瞬間、前方の迷宮入口に向け、大量の魔術が放たれる。
ドドドドドォン!!
閃光と爆音。
一掃される魔物たち。
「ローセンダール隊、グランホルム隊、突入開始!!」
魔術により切り開かれた道を、兵士たちが進む。
時折迷宮の奥でチカチカと光っているのは、先頭の兵士たちが残敵を掃討しているのだろう。
そして、私たちの番がやってくる。
「それじゃあ、行こうか」
セオリクが私を振り返る。
「慎重に、大胆に。私たちらしい、アイゼビョーナらしいやり方で臨みましょう」
私の言葉に、みんなが頷く。
こうして私たちの迷宮討伐が始まった。