第148話 闇を切り裂く眩ゆい光
☆
「えっ、は、伯爵???」
動転するリーネに、私は微笑んで見せる。
「騙しててごめんね。事情があって身分を明かすことができなかったの。この国には本当に魔術を学ぶために来たから……。この事、他の人には秘密にしてくれる?」
「もっ、もちろんです! ええと……伯爵さまっ
!」
「今まで通り『レティア』って呼んで。この国にいる間は、私は他の子と同じ、いち学生よ」
「あっ、はい。分かりました。……レティアさんっ」
私は頷くと、出張所の職員たちに視線を戻した。
「ではこれから、皆さんに指示を出します!」
みんなが私を見つめ、頷いた。
☆
「それじゃあ、グレン、ヨハンナ。みんなのことをよろしくね」
邸宅の前に停めた馬車。
御者席の二人に声をかけると、ヨハンナが険しい顔で私を見返して来た。
「本当に一緒に行かなくていいのかい?」
「私なら大丈夫よ。アンナがいるし、ココとメルもいるから」
「だけど––––」
「あら。竜殺の私の実力が信じられない?」
「それは疑ってないけどさ……」
私の言葉にヨハンナが顔を顰める。
「それよりも後ろの三人と積荷をお願いね。絶対に王都の公館まで送り届けて。万が一、途中で馬車を放棄することになったら、確実に積荷を焼却するように」
荷台には職員三人の他に、魔導通信機と機密書類を積んである。
あれらは確実に廃棄してもらわなければならない。
「分かっております。お任せください」
向こう側に座ったグレンが、力強く答える。
「よろしくね。こちらが落ち着いたら魔導通信で連絡するわ」
「えっ、でも通信機は……」
「営業秘密よ」
首を傾げる二人に笑ってみせる。
今ハイエルランドで使っている魔導通信機は、私が再設計したものだ。
であれば、ココとメルがいればなんとかなる。……はず。
「じゃあ、行って。道中の安全を祈ってるわ」
「「はっ!!」」
敬礼する二人。
馬車が走りだす。
西に向けて。
ノルドラントの王都に向けて。
私は後ろの二人を振り返った。
「それじゃあ、私たちも行きましょう」
「「はいっ!!」」
☆
「ひゃああああっ!!」
リーネが悲鳴をあげる。
「しっかり掴まって口を閉じて下さい。舌を噛みますよ」
彼女を抱き抱えているアンナが注意する。
「ひゃ、ひゃいっっ!」
リーネはそう言うとアンナの首にまわした腕をさらに引き寄せた。
夜空を翔ける。
避難命令が出て大騒ぎになっているエーテルスタッドの街の空を。
魔導ライフルを背負い、飛行靴を履いた私とアンナは、逃げる住民の流れに逆らうように飛ぶ。
そこがきっと目的地だから。
「っ! あれかしら?」
遠くに明滅する光が見えた。
雷光が闇を切り裂き、紅蓮の炎が夜空を焦がす。
「そのようです」
アンナが頷く。
間違いない。
あそこが迷宮の入り口だ。
「急ぎましょう!」
「はい!」
私たちは戦場を目指し、さらに暗い空を飛ぶ。
◇
エーテルスタッド政務庁舎。
市内中心部に建つその建物の広い庭にはいくつもの天幕が張られ、討伐軍の臨時指揮所が置かれていた。
皆が慌ただしく動きまわる中、連絡役の兵士が立て続けに飛び込んでくる。
「報告っ! 敵は現在十体、内三体が迷宮主級。入口奥よりさらに新たな敵が出現中っ!!」
「左翼ヴァルカーレ隊、被害甚大のため撤退! 現在隣接する中央のクロンバリ隊がカバーに入っております!」
「右翼の被害が急増中! 魔力枯渇する者も出始めております。このままでは戦線が維持できませんっ!!」
「中央部が圧迫を受けております! 抜かれれば市街地への敵侵入を許します。追加の支援を!!」
天幕の中でそれらの報告を受けていた司令官代理のエリクは、傍らの副官に問うた。
「追加投入できる戦力は?」
「間もなく一個小隊が到着するはずですが、現時点ではゼロです。エーテルスタッドに置いていた一個中隊の全力を防御ラインに投入、内一個小隊が損耗により撤退しております」
エリクより倍近く年上の副官は、机に広げられた地図を指しながら答える。
「ルーンフェルトに展開している部隊はどうなってる?」
「引き揚げ命令に従い、順次こちらに移送中です。先発した一個小隊が間もなく現着。また先ほど、後続の三個小隊を乗せた船が島を出航したとの報告がありました」
「間に合うと思うか?」
「先発の小隊は間に合うでしょうが、後続の到着まで戦線を維持できるかどうかは微妙なところです。本来、迷宮主級には一体に対し一個小隊以上で対応することになっておりますが、現状は三体に対し損耗した二個小隊。新たに到着する一個を加えても三個小隊弱ですから」
「仮に後続が間に合ったところで、これ以上敵が増えれば押し返すのは至難の業、か。まさに『万事休す』だな」
エリクは小さくため息を吐くと立ち上がり、天幕を出た。
「殿下っ!」
副官が慌てて彼を追って飛び出してくる。
エリクは呼びとめる副官を無視し、大通りに出た。
通りの突き当たりでは、閃光が走り、爆炎が空を焦がしている。
暴れまわる異形の化け物。
巨大な水牛の頭を持つ、巨人。
強大な化け物を前に、一人、また一人と倒れてゆく兵士たち。
戦線の崩壊は、時間の問題だった。
「……僕も覚悟を決めなきゃいけないかな」
脳裏に、幼い弟と妹たちの顔が横切る。
「どうなろうが、最後まで時間くらいは稼がないとな」
拳を握ったエリクがそう呟いた時だった。
「ん?」
彼と化け物との中間あたり。
南北に走る大通りに面した邸宅の庭に、複数の黒い影が空から舞い降りた。
「なんだあれは?」
「何かありましたか?」
聞き返す副官に、エリクはその場所を指し示す。
「今そこの庭に、何かが降りたように見えた」
「鳥でしょうか?」
「いや、人影のように見えたんだが…………あっ! ほら、見ろあれ!!」
「なっ!?」
彼らが見たのは、確かに邸宅の庭から飛び立つ人影だった。
ただし、その数は一つ。
しかも女性に見える。
飛び立った何かは瞬く間に高度をとると、南東の方向に向かって飛び去って行った。
「……人間だったな」
「はい。人間でした」
茫然と暗い空を見上げる二人。
「捜索隊を出しますか?」
「……いや。あれを見ろ」
「は?」
副官は戸惑いながらエリクが指差した先を見る。
「あれは––––!!」
それは、二人の少女だった。
一人は先ほど降り立った庭に立ち、何やら杖のようなものを弓を引くように構えている。
杖の先に展開された多重魔法陣が、その青白い光で少女たちをうっすらと照らす。
杖を構えた少女の、銀色の髪が揺れる。
傍らに立つもう一人の少女は、緊張した面持ちでその姿を見守っていた。
そして––––
タンッ!
乾いた音とともに撃ち出される光弾。
バシュバシュバシュバシュッ
複数の魔法陣で加速された眩ゆい光の弾は、闇を切り裂き、一直線に戦場に向かって飛ぶ。
次の瞬間、
ドォオオンッ!!!!
戦場のど真ん中で暴れていた巨大な牛の頭が、爆散した。
「はっ、ははっ!」
顔を引き攣らせ、笑う王子。
その視線の先では、先ほどまで彼の部下たちを蹂躙していた怪物が、ゆっくりと崩れ落ちてゆく。
「そうか、これが……」
「?」
訝しげに主を見る副官。
「これが『舞い降りた、銀髪の天使』ってやつか! くそっ、文字通りじゃないかっっ!!」
ノルドラント王国の第一王子はそう叫ぶと、バンバンと副官の背中を叩いたのだった。
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