第146話 三方向の悪意
☆
––––既視感。
いや、これは気のせいじゃない。
確かな記憶。
一年前。
ハイエルランドで体験した出来事が、目の前の光景に重なる。
震えるココとメル。
スイッチ一つの簡易発信機。
そして魔石スロットと魔力放射板の間に張られた、魔物の毛。
「……また、あいつらか」
思わず口から出てしまった言葉に、皆がぎょっとした顔で振り返る。
私はきつくこぶしを握りしめた。
––––エリク王子にこの調査のことを重要機密として扱うよう釘を刺しておいてよかった。
特にどこかの生徒会の書記を含め、外部に絶対に情報が漏れないよう、書面で約束させておいて本当によかった。
あの場では苦笑まじりの顔をされたけど、調査の結果を伝えれば、彼も血相を変えるだろう。
負傷者の治療や、新たに姿を現した魔物に対処する騎士たちを尻目に、私はカバンから道具を取り出す。
「それ、何?」
「魔力探知機」
オリガの問いに短く答える。
「探知って……そんなものまで作れるの?!」
「あまり人に言わないでね?」
「わ、分かったわ」
魔力探知機の存在はオズウェル公爵の裁判で既に世間に知られているけれど、未だ国から市販の許可は下りていない。
少数をうちの実家で生産して、国に順次納入している状態だった。
それに『これ』は、私が魔術杖研究会に入ってから再設計した改良型だ。
迷宮内での使用を考えて、スタンガン程度の大きさにまで小型化してある。
私は感度と音量のダイヤルを最小に設定し、パチリと測定スイッチをONにした。
そして、音量ダイヤルを上げ始める。
直後。
––––ビィィイイイッッ!!
辺りに響き渡る、強烈なブザー音。
「っ!!」
慌ててダイヤルをゼロに戻す。
「どうしたんです?」
心配そうに尋ねるリーネ。
「ちょっと待って」
そんな彼女を片手で制し、私は再び音量ダイヤルをさらに慎重に、ゆっくりと回す。
––––ビィィイイイッ
再び響くブザー音。
私は探知機を持ったままその場でぐるりと回り、先端のセンサーで周囲360°を探る。
すると、
「……!」
その差はごくわずか。
注意深く聴かなければ気づかないくらいの違い。
だけどたしかに、方向によって音の鳴り方に違いがあった。
「レナ、今から言う方角を記録してくれる?」
「……わかった」
私はあらためて探査を行い、問題の方向をレナに伝えてゆく。
それを地図に書き込んでゆくレナ。
「何か分かった?」
一連の作業が終わり、測定スイッチを切った私にオリガが尋ねてくる。
その問いに私は、一度だけ深呼吸して心を落ち着けると、こう答えた。
「外からこの迷宮めがけて強力な魔力が照射されてる。それも三方向から。おそらく人為的に」
☆
「人間が感知できない魔力?」
再びの校長室。
聞き返したエリク王子に、私は頷いてみせた。
「はい。ある種の魔物が獲物を感知するのに使用する魔力は、人間を含め他の動物には感知しにくい波長特性を持っているんです。おそらく、昨年ハイエルランドで起こった王城襲撃事件で飛竜を呼び寄せるのに使われたものと同じか、近い技術なのではないかと」
「……なんてことだ」
険しい顔で拳を握りしめるエリク殿下。
後ろで話を聞いていたフリデール先生が、口を開く。
「それで、発信源は分かるのかい?」
「はい。おおよその方角は分かると思います。––––レナ。さっきメモしてもらった迷宮のマップを、そこの地図に重ねてもらえる?」
「りょーかい」
レナはカバンから自筆の迷宮マップを取り出すと、傍らのテーブルに広げられたエーテルスタッドの周辺地図に重ね、二枚の地図の方角を合わせた。
皆が寄って来て、地図を見下ろす。
「これは……」
その瞬間、全員が息を呑んだ。
湖中迷宮・第三階層のマップに赤い鉛筆で書き込まれた、三本の矢印。
矢印が現しているのは、魔力照射の方向。
それらの線を外側に延長していった先にあるもの。
それは––––
「なるほど。発信源は『近隣の迷宮』ということか」
指で矢印をなぞっていたエリク王子が、地図上に描かれた三つの迷宮の絵を指で叩いた。
一つは、湖の東にある初級迷宮。
一つは、湖の西にある中級迷宮。
一つは、湖の北にある上級迷宮。
フリデール先生が目を細める。
「なるほど。これで納得がいったよ。ある迷宮で迷宮核の暴走が起こった場合、普通なら近くの迷宮もその影響で活動が活発化するはずなんだ。ところが今回に限っては、むしろ低調になってる。––––そりゃあ静かにもなるわけだ。本来その迷宮に留まるはずの魔力が、湖中迷宮に集められてるんだからね」
低い声で、唸るように呟く校長先生。
その言葉は、後悔なのか。それとも怒りなのか。
私には分からない。
ただ一つはっきりと言えることは––––
「すぐにその『仕掛け』を破壊しなきゃいけないね」
私たちには後ろを振り返っている時間はない、ということだった。
☆
それから三日かけて、ノルドラントの騎士たちと校長先生、そして私たちは、エーテルナ湖を囲む三つの迷宮を一つずつ調査してまわった。
冒険者に扮して近づき、見張り役と思われる怪しい男を排除。
魔力送信設備を特定し、破壊する。
問題の装置は、思った以上に大掛かりなものだった。
地下の迷宮から魔力を集める六本の柱は六芒星の頂点を成し、集めた魔力を星の中心に置かれた送信設備に送る。
アンテナは湖に向けられていて、三つの遺跡から放射される魔力線は湖中迷宮の第四階層付近で交わるように指向されていた。
「迷宮三つ分の大魔力を一点に集中させて、新たな迷宮核を生成させたのか」
東にある一つ目の迷宮の送信施設を調べていた時、フリデール先生が呟いた。
「そんなことができるって知ってたかい?」
校長先生の探るような目つき。
名前と身分を偽って留学している外国人魔導具師。
今回の件で協力しているとはいえ、疑われても仕方ない。
私は内心でため息を吐きながら、首を横に振った。
「いえ。私の国では迷宮は『未開発の魔石鉱脈』としか認識されていませんでしたから。新たな迷宮が発見されればすぐに迷宮核を破壊してしまいますし、その研究もほとんど行われてはいません。私の迷宮核についての知識は、ルーンフェルトで学んだものが全てですよ」
「なるほどね」
フリデール先生は、ふん、と鼻を鳴らすと、目の前のアンテナの調査に戻る。
そうしてしばらく経った時だった。
「おや? これはなんだろうね」
校長先生の言葉に振り返る私たち。
フリデール先生の視線の先。
それは魔力送信装置のアンテナの下の方––––土台部分にある、半分地面に埋まった箱状の部位だった。
「周りの柱から来た魔導金属線が一度この箱に集まってるみたいだから、何か重要な部品なんだろうが……。ちょっとここを掘ってくれるかい?」
先生の指示で、シャベルで土を掘り起こす騎士たち。
箱が、しだいにその姿を現す。
「!」 「っ!!」
私が息を呑むのと、隣のセオリクが息を呑むのは、同時。
「これは……蜘蛛?」
首を傾げるフリデール先生。
そう。
忘れることなんてできるはずがない。
その箱を開けるための鍵と思われる部分に貼り付いているのは、一年近くにわたってテオを苦しめた『呪い』。
あの黒い毒蜘蛛だった。