第13話 レティシアの秘策
「在庫がねえって……あの型の基板は割と使うだろ。なんで在庫切れしてんだ?!」
ダンカンの叱責に、ローランド青年が口ごもる。
「そ、それはその……。あまりに仕入れると職人たちへの給金が払えなくなるので、前の月に使った分だけ手配して……」
「馬鹿野郎っ! それで欠品させてたら、修理もできねえじゃねえか!!!!」
「ひぃっっ」
ローランドさんは涙目で萎縮してしまった。
彼は悪くないのに。
悪いのは––––、
「工房長、彼を責めるのはやめてあげて下さい。私がなんとかしますから」
「ああ?」
ブチ切れ寸前、といった顔で私を振り返るダンカン。
「『なんとかする』って、どうするんですかね、お嬢様? 在庫がなけりゃコイツの修理もできないし、モノが入って来るまで同じ基板を使う修理は全部ストップするんだぜ!?」
工房長は顔を真っ赤にしてまくし立てる。
気持ちは分かる。彼が悪い訳でもない。
本質的には、これは経営の問題だ。
ローランドさんは、むしろ苦しい中でよくやり繰りしていると思う。
だからこそ、ここはエインズワース家がなんとかしなければ。
「ローランドさん。とりあえずいくつあれば来月までしのげそうですか?」
私の問いに、ローランドさんが慌ててパラパラと台帳を確認する。
「10枚……いえ、5枚あればなんとか」
「分かりました。では、私の開発用ということで、10枚急ぎで手配をかけて下さい」
「え?! でも、それは……」
「開発費の流用ですが、しのごの言っている場合ではないでしょう。このままではお客さまに迷惑がかかってしまいます。発注書と指示書には私がサインしますから、お願いします」
「わ、分かりましたっ!!」
オウルアイズ領の基板工房には、ある程度の数の完成基板を在庫している。
今日手配をかければ、一週間以内に入荷するだろう。
「あんた…………」
ダンカンが目を丸くして私を見ていた。
「とりあえずこれで、他の修理は大丈夫でしょう」
「あ、ああ」
「あとは目の前の剣の修理ですが……これは私が引き継ぎます」
「え?! いや、引き継ぐって言ったって、交換基板がないんだぞ!?」
「分かってます。……アンナ、私の工具を」
「はい、お嬢さま」
カウンターに四角い工具鞄を平置きし、固定金具をはずして上側を持ち上げるアンナ。
鞄の中には私専用の魔導工具が整然と収められている。
「私が壊れた基板を直します」
「「な、なんだって??!!」」
工房の三人が大声でハモった。
「直すって……基板は壊れたら直せないだろ?!」
ダンカンが叫び、あとの二人がコクコクと頷く。
精密部品である基板は、壊れたら直せない。
これは魔導具業界の常識だ。
我が家の祖、イーサン・エインズワースが開発し、今に至るまで製法を独占している魔導回路基板の土台基板は、低級魔物のスライムを特殊な方法で焼結した『スライム樹脂』でできている。
魔力絶縁性のあるこの樹脂にごく微細な溝を彫り込み、その溝に魔導金属を流し込んで作るのが魔導回路基板。
このスライム樹脂の基板は、魔力絶縁性と加工性に優れているのだけど、唯一、魔力と熱を同時に加えた時に溶けてしまうのが難点だったりする。
物理的な衝撃以外で魔導基板が壊れるのは、大体、ミストリール線に過剰な魔力がかかって線が切れた時なのだけど、その際に発生する熱と漏れた魔力が、周りのスライム樹脂をわずかに溶かしてしまうのだ。
だから、基板は使い捨てにせざるを得ない。『壊れたら交換する』。それが業界の常識。
ただまあ、常識というのは乗り越えるためにあるわけで––––。
私は、ダンカンの問いに答える。
「そうですね。直すというより『線を引き直す』感じかしら」
「線を引き直すって……基板の線幅なんて通常線の半分以下だろ? どうやってそんな線引くんだよ」
「そこはまあ、腕ですよ」
私は微笑した。
☆
十五分後。
「さあ、これでどうでしょう?」
私は右眼につけた拡大鏡をおでこにずらし、修復した基板をダンカンに渡した。
工房長は、受け取った基板の端子部を回路検査機に挿入し、スイッチを入れる。
しばしあって––––
「動いてやがる」
ダンカンは茫然と呟いた。
「ちょっ、僕らにも見せて下さい!」
続いてローランドさんとジャック少年が検査機の結果表示器を覗きこんだ。
「本当だ! 全機能正常!!」
興奮して叫ぶローランドさん。
ジャックは完璧に修理された基板を凝視し、固まっている。
ダンカンはドヤ顔の私をみた。
「信じられん。まさか、手作業で基板を直しちまうなんて。……ひょっとしてこれは、伯爵家に伝わる技術なのか?」
「残念ながら違います。当家に伝わるのは主に設計の技術なので。私の魔導具製作のお師匠さまはオウルアイズ工房のゴドウィン工房長ですよ」
「あの偏屈じいさんか!!」
ぶっ
思わず噴き出しそうになった。
「偏屈って……。まあ、厳しい方ではありますけど。でも真摯に向き合えばきちんと教えて下さいますよ?」
「そこに辿り着くまでに、ほとんどの奴が挫折しちまうだろうが」
「たしかに」
妙に共感してしまい、ふふ、と笑うと、ダンカンも片頬を吊り上げて笑った。
修理済みの基板を、ダンカンが剣の鍔下に嵌め込み、手際よく組み立ててゆく。
私は、新品に交換するため柄頭から取り外された使いかけの魔石を手に取った。
その石は、わずかに濁った赤い光を湛えている。
「さて、お客さま」
私は、興味深げに修理作業を見ていた男性客に声をかけた。
「あ、はい」
背筋を伸ばし、居住まいを正す剣士。
「これで今回の再修理は終わりとなりますが……」
私は手のひらを広げ、修理した魔導剣に入っていた魔石を相手に見せた。
「この魔石、よその工房で買われたものですよね?」