第129話 迷宮見学!
☆
私たちのグループを案内してくれることになったのは、女子四人男子二人の先輩たちだった。
「はい。という訳で、今日は私たちのチームがあなたたちを案内します。私は今回リーダーを務めさせてもらうリズベット。リズって呼んでくれたらいいわ。––––ちなみにこの中で迷宮に潜ったことのある人は?」
リズ先輩の問いに、首を横に振る私たち。
ただ一人、オリガだけがすっと手を挙げた。
「そっか。じゃあ初めての子たちに合わせて案内を進めた方がいいわね。私が都度説明していくけど、分かりにくいところがあったら気軽に質問してね」
リズ先輩はそう言うと、後ろの二年の人たちを振り返った。
「それじゃあ打合せ通り、二、二、一、一で一年の子たちを挟む形で進みましょう。最悪私が一年を守るけど、できるだけ抜かれないようにしてくれると助かるわ」
彼女の言葉に、男子の先輩の一人が『自信満々』といった顔で言い返す。
「おいおい、誰にものを言ってんだ。俺がヘマする訳ないだろ。可愛い後輩たちに華麗な杖さばきを見せてやるぜ。––––『光』!」
そう言って、懐から杖を取り出すや短詠唱で杖の先を光らせ、得意げに振ってみせる。
(なるほど。言うだけあってなかなかの発動速度ね。これでどんな戦い方を見せてくれるのか、私も楽しみになってきたわ!)
好奇心がうずき始める。
「初めて迷宮に入るのは不安だと思うけど、第一層の敵は動きも鈍いし打たれ弱い魔物ばかりだから、あまり心配しないで。パニックになって散り散りになる方が危険だから、覚えておいてね」
「「はい!」」
元気に返事をする私とリーネとアンナ。
あとの三人は案の定ノーリアクションだ。
温度差がすごい。
そんなやりとりをしている内に、私たちの順番がやって来る。
今回の見学では、五つのグループに分かれてそれぞれ別のルートを行くらしい。
「じゃ、行こうか!」
リズ先輩はピクニックに行くような感じで皆に笑いかけた。
☆
「迷宮の中って、意外と広いんですね」
灯台の入口を入り古びた長い階段を下ってゆくと、そこには石積みの広々とした空間が広がっていた。
巨大な彫像のようなものまであるし、まるで古代の宮殿だ。
ちなみに前のグループもまだ同じ部屋にいて、これから移動しようというところだった。
「正確には、『この部屋は』という但し書きが付くけれどね。ここはこんな感じだけど、通路はそれほど幅がないし、一層降りればまた全然雰囲気が変わるわよ」
私の呟きに、リズ先輩が解説を入れてくれる。
「魔導灯のおかげで明るいですけど、これもここだけですか?」
「それも場所と階層によるわね。今日まわる範囲はこんな感じだけど、下に降りれば真っ暗なフロアもあるわ。––––さあ、それじゃあ前のグループも行っちゃったことだし、早速探索といきましょう!」
そうして私たちは、ホールに五つある扉の一つを押し開け、奥へと進んだのだった。
☆
先輩が言った通り、進んだ先の通路はそれほど広くはなかった。
せいぜい学校の廊下より少し広いくらい。
武器を持った戦士が並んで戦おうとすると、二、三人が限界だろう。
「探索する時は、周囲の魔力の動きに常に注意を払ってね。敵が来るのが分かってれば先制できて有利だし、逆に気づくのが遅れれば押し込まれて全滅ということもあるから。あと、魔力探知に優れていれば罠に気づくこともできるわ」
「罠、ですか?」
自然にできたはずの迷宮の内部がこうして人工物のようなのも不思議だけど、罠まであるの???
驚く私に、先輩は頷いた。
「ええ。踏んだら爆発する床とか、進んだら落ちてくる天井とかね。この階層ではほとんどないと思うけど、下の階層に進めば進むほど悪質な罠が増えてくるわ。冒険者の死亡原因の半分が罠によるものだから、魔力探知に優れた魔術師は重宝されるのよ。必ずしも戦うだけが魔術師じゃない、ということね」
「そうなんですね。––––あっ!」
その時、ざわ、と悪寒が走った。
前方の十字路を曲がった先……右手の方向に魔力の流れを感じる。
「……? どうかした?」
声をあげた私を、不思議そうに振り返る先輩たち。
彼らは私が前方の一点を凝視しているのを見て、そちらに目をやる。
「……来るね」
隣のレナがボソリと呟く。
「あなたたち、ひょっとして––––」
リズ先輩が何かを言いかけた時だった。
「不明体発見!」
私たちの背中を守ってくれていた女子の先輩が、よく響く声で叫んだ。
「不明体接近中。二時の方向、距離三十」
「その数、四体以上」
「異種混合集団と思われる」
矢継ぎ早に報告を入れる探知役の先輩。
なるほど。
確かに複数の魔力の気配が、異なるスピードでこちらに向かって近づいている。
ちなみに動きが速く手前にいるのが三体、後ろの動きが遅いのが三体だ。
「数が多いわ。ここで迎え撃ちましょう。今回は絶対に一年を守らないといけないから、節約はなし。全力で行くわよ」
「おうよ!」 「「了解っ」」
リズ先輩が指示を出すと、前衛の二人が小型の盾を構え、中衛の二人が杖を構えた。
先輩が私たちを振り返った。
「敵の数が多いから、私も戦う用意だけはしておくわ。危ないから下がって見ててね」
「「はいっ」」
私たちが返事をした時だった。
「来ます!」
後ろの先輩が叫んだ瞬間、二十メートルほど先の十字路に人型の何かが姿を現した。
それは遠目にはゴブリンに見えた。
エインズワース領で見たあのゴブリンだ。
背格好がよく似ている。
が、よくよく見るとやたらと目が大きく、頭の形がおかしい。
まるで魚の頭のようだ。
そして手に持っているのは棍棒ではなく、原始的な槍だ。
「水棲ゴブリン……水ゴブね」
リズ先輩はそう言いながら杖を構える。
姿を現した三体の水ゴブたちは、私たちの姿を見るとこちらに向かって走り始めた。
「『レクト・ベルテフラコンプロナスフィーア』!!」
早口の詠唱とともに中衛が放った赤く輝く光球が、敵に向かって飛び、着弾する。
ボンッ
ギィイイイイッ!!
一瞬で炎に包まれ、断末魔の悲鳴とともに転がる水棲ゴブリン。
直後、もう一人の中衛が放った閃光が雷撃のように宙を走り、さらに一匹のゴブリンを即死させる。
残るは一匹。
ギェエッ!!
こちらの前衛まで辿り着いたゴブリンが、振りかぶった槍を振り下ろす。
ガンッ!
前衛のイキり先輩の盾が槍の先端を弾く。
次の瞬間、
「『トラシェ・グラキエス』!!」
ゴブリンの背中から、鋭い氷の槍が生えていた。