第128話 スネの傷と先輩たち
☆
バル先生の話のあと、私たちは順に自己紹介していった。
「ハイエルランドから来ました、レティア・アインベルです。得意なことは魔力操作で、苦手なことは……実はまだ魔術の発動ができません。一応、中級までの魔法はほとんど使えます。よろしくお願いします」
魔術が使えないことを言うか迷ったけれど、結局正直に話すことにした。
先生の話を聞いて思ったのは、この学校では個人の技術ではなくチームプレイを重視しているということ。
それなら、仲間には得手不得手を知っておいてもらった方がいいだろう。
どんな反応が返ってくるかな、と思っていたら、周囲からは意外な反応が返ってきた。
「ほら、あの子よ。実技試験で不思議な魔法を使ってた……」
「ああ、火球を何かで包んで爆発させた子ね」
「魔術が使えないって話だけど、あんなのができるなら必要ないんじゃね?」
––––うぅっ。
必要なんです。
魔導具づくりのために!
まだ一度も魔術は使えてないけど!!
私は顔を手で覆って、ぷるぷると身悶えた。
その後も自己紹介は続き、エルフの子……フェルリーズは精霊術が、民族衣装のセオリクは魔法と剣術が得意という話を聞くことができた。
そしてやはり二人とも魔術が苦手らしい。
ちょっと共感してしまう。
これは彼らのためにも一刻も早く魔術習得用の魔導具を作らなければ。
私は一人決意を新たにしたのだった。
そうして皆が自己紹介していく中、気になる子たちがいた。
私とリーネのルームメイト、オリガとレナだ。
「オリガ・ヘルクヴィスト。得意なのは魔力操作。苦手なことは、言いたくない」
オリガは不機嫌そうな顔でそれだけ言い放つと、皆の反応を見ることもなくさっさと着席してしまった。
その態度に、周りがざわつく。
「ちょっと、なにあれ?」
「ヘルクヴィストって言えば、『氷結』で有名な北部の貴族家門でしょ」
「ああ、それであんななのね。感じわるっ」
案の定、女子たちからヒソヒソとバッシングを受ける。
一方で男子たちは、違う意味で彼女に興味を持ったようだった。
「……いいな、あの子」
「え、マジ? たしかに顔は可愛いけどさ。なんか性格キツそうだぜ?」
「だがそれがいいっ!!」
変態だ。
変態がいる。
私はドン引きしながらオリガに視線を移した。
周囲の雑音も聞こえているだろうに、彼女はピンと背を伸ばし微動だにせずに真っ直ぐ前を向いていた。
オリガの自己紹介で微妙な空気が漂った教室だったけれど、その後はそつのない挨拶が続いた。
このままスムーズに終わるかな、と思っていた私だけど、甘かった。
波乱は一番最後、最前列の一番端の席に座っていたレナの挨拶の時におこった。
「レーナ・セリアン。エーテルスタッド出身。得意なことは特にない。苦手なことも思いつかない。この学校を出れば冒険者をやるのに有利って聞いたから入った」
レナがそう自己紹介をした時だった。
「スリがルーンフェルトに入るなんて世も末だぜ」
誰かがボソリと呟き、教室の空気が固まった。
「「…………」」
息苦しい沈黙。
「あー……」
バル先生が口を開きかけた時だった。
「私は孤児院に引き取られる前、貧民街で暮らしていた。生きるために必要なことはなんでもやった。そのことに恥じるものはない」
身じろぎもせずに淡々と話すレナ。
彼女は話し終わると、音も立てずにすっと座った。
皆があっけに取られた様子で彼女を見る中、バル先生が先ほどレナをスリ呼ばわりしたらしい男子を厳しい目で一暼し、皆に言った。
「世の中には色んな境遇の奴がいる。冒険者ともなれば尚更だ。皆、何かしらスネに傷を抱えて生きてる。そんな中で一番嫌われるのは、仲間の傷を抉る奴と、裏切り者だ。不幸な死に方をしたくなければ、他人を貶めるより仲間のためにできることを考えろ。––––俺が人生の先輩としてお前たちに言えることはそれくらいだな」
意外というか、流石というか。
バリエンダール先生は誰も名指しすることなく、皆を諭していた。
問題の男子生徒にその言葉がどの程度届いたのかは分からないけれど、下を向いて居心地悪そうにしているところを見るに、自分が叱責されたことくらいは分かったようだ。
自己紹介のあとはこの後のスケジュールとその内容について説明があり、一限目のオリエンテーションが終わったのだった。
☆
十分間の休み時間の後、私たちはポルタ島の北西端にある小さな灯台の前に集合していた。
二〜四限目は、『迷宮見学』。
二年の先輩たちの案内で、ルーンフェルトの地下から湖の底にかけて広がるエーテルナ湖中迷宮の第一層を見学する。
ちなみに湖中迷宮の入口は島内に複数あって、クラスによって使う入口が違うらしい。
つまり私たち『ウグレィ』はこれから二年間、入口の扉にフクロウの紋章が刻まれたこの灯台にお世話になるわけだ。
「それで、あの人たちが同行してくれるウグレィの先輩たちね」
私は先に来ていた生徒たちに視線を向けた。
私たちと同じ、フクロウの紋章があしらわれたローブを羽織った学生たち。
彼らは彼らで、私たちを見て色々言って笑い合っているようだった。
キャハハ、という笑い声が聞こえてくる。
「なんか、賑やかな方たちですね」
リーネの言葉に「そうねぇ」と返す私。
整列することもなく、数名で固まって談笑したりレンガ積みの段差に腰かけてぼんやりしたりとバラバラに過ごしている二年生たち。
彼らの印象をひと言で言えば––––
「自由人ね」
優等生とは程遠い雰囲気。
たしかに一見すると『落ちこぼれクラス』にも見えるけれど……どうなんだろう?
そんなことを考えていると、バル先生が皆に呼びかけた。
「よーし、始めるぞ。皆こっちに集まれ!」
私たちはぞろぞろと灯台の前に集まった。
「これから迷宮見学を始める。案内はウグレィの二年生だ。先輩たちが魔物とどう戦って迷宮を探索していくか、この機会によく見ておけよ。––––それじゃあまず、近くにいる奴と六人のグループを作れ。そのグループで見学を進めるぞ」
バル先生の言葉に、一年生たちが戸惑いながらもグループを作ってゆく。
「まずは三人、ですね」
アンナが私とリーネに笑いかける。
「それじゃあ、あと三人探さないとね」
私はそう言って辺りを見回した。
次々にグループを作っていくクラスメイトたち。
だけどもちろん、誰からも声をかけられずにいる人もいる訳で––––
「レナ、一緒に見学しない?」
私は近くにいたレナに声をかけた。
「いいの?」
彼女はこちらを振り向くと、相変わらずの冷めた表情で短く聞き返してきた。
彼女の問いに頷く私。
「もちろんよ」
「じゃあ、行く」
これで四人。
あとは––––
「セオリク、オリガ。一緒にどう?」
我関せず、といった顔で佇んでいた二人に声をかけた。
「ああ」
短く答えるセオリク。
頭部布とマスクで顔を隠した彼は、表情が読めないながらも小さく頷き、私たちのところへやって来た。
一方のオリガは––––
「…………」
無視である。
微動だにもしない。
まあ、いいけど。
私は彼女の正面にまわり、話しかけた。
「ねえ、オリガさん。私たちあと一人足りないの。よかったら一緒に行かない?」
のろのろしているうちに、周りはみんなグループができてしまった。
要するに、彼女に選択肢はない。
「……分かったわ」
そう言った彼女は私と目を合わせようとしなかったけれど、渋々といった風に私についてきた。
バル先生が、にっと笑う。
「よし。グループ分けできたな。それじゃあ、順番にダンジョンに潜ってもらおうか!」
こうして私たちのダンジョン初体験が始まった。