第125話 梟と竜
☆
聞くに耐えない侮辱的な言葉。
その言葉に、私たちは声の主を振り返った。
「フレヤお嬢様……」
リーネの顔が恐怖に歪む。
彼女の言葉の通り、そこに立っていたのはリーネの異母姉、フレヤ・アストリッドとその取り巻きたちだった。
「合格発表を見て驚いたわ。まさか貴女みたいな無能で無教養な子がこの学校に受かるなんてね。––––でもまあ、やっぱりまぐれだったってことね。なんせ『ウグレィ』だし」
侮蔑的な笑みを浮かべ、見下すような視線を私たちに投げかけるフレヤと取り巻きたち。
私はリーネを隠すように前に進み出ると、フレヤに聞き返した。
「ウグレィってなに?」
そんな私を、フレヤが嘲笑う。
「あら。貴女知らないの? 貴女たちが振り分けられたウグレィは『おバカのウグレィ』と言って、入試の点数が合格ギリギリだったり、素行が悪い問題児ばかりを集めた落ちこぼれクラスなのよ。ああ、ウグレィというのはこちらの古い言葉で『フクロウ』のことね」
彼女の言葉に、近くにいた数名の生徒がぎょっとした様子で振り返った。
ひょっとすると彼らは、私のクラスメイトなのかもしれない。
だけどフレヤたちは彼らの反応を気にすることもなく、内輪で話し始める。
「私、ウグレィなんかになったら恥ずかしくて授業に出られませんわ」
「私もですぅ」
わざとらしい小芝居とともに、ふふふと笑う取り巻きたち。
フレヤは笑みを浮かべたまま手を挙げて彼女たちを黙らせると、私を見た。
「貴女、外国人?」
「ハイエルランドのレティア・アインベルよ」
「そう。留学生ならこの学校のことをよく知らなくても仕方ないわね。––––私はアストリッド伯爵家のフレヤというの。簡単に説明するとルーンフェルトには五つのクラスがあって、それぞれ『ドラーゲ(竜)』、『ファルク(鷹)』、『レーヴェン(狐)』、『ウォルブ(狼)』、『ウグレィ(梟)』という名がつけられているわ」
––––ああ、なるほど。
クラス分けの紙の一番上に描かれている動物の意匠は、それを表してたのね。
私はちら、と掲示板を見た。
確かに各クラス名の上に、ドラゴンや鷹などの動物が描かれている。
「それぞれのクラスには特徴があって、例えば『ファルク(鷹)』だと魔術を武器に付与して戦う魔術戦士志望の生徒が集められてるし、『レーヴェン(狐)』には魔力操作が得意な者が、『ウォルブ(狼)』には魔術発動が得意な者が集められてる、ってわけ」
フレヤはそこで言葉を切り、見下したような笑みを浮かべた。
「ちなみに私たちの『ドラーゲ(竜)』は、その中でも筆記、魔力操作、魔術発動の全てに秀でた者だけが所属できるクラス。『ウグレィ(梟)』はその真逆ね。入学時に決まったクラスは卒業までずっと変わらないし寮の部屋分けにも使われるから、きっと貴女もゆかいな仲間たちと楽しい学校生活を送ることができるわよ。でもまあ……」
フレヤが私たちをじろりと値踏みする。
「バカは目障りだから、私たちの視界に入らないようにして欲しいわね。小さく無能なフクロウは、偉大なドラゴンから隠れてコソコソしていればいいわ」
「その通りですわね」
「「ふふふふふふふふ」」
私たちを嘲笑うフレヤと仲間たち。
ぷちっ
その瞬間、私の頭の中で何かが切れた音がした。
フクロウは私の実家、オウルアイズ侯爵家の象徴。
バカにするなんて許せない。
「そうですか。フレヤさんはずいぶんと古くさい価値観の中で育たれたんですね」
私の言葉に、その場が凍りついた。
フレヤがすごい形相で私を振り返る。
「……ちょっと。貴女今、うちの領地のことをバカにした?」
「まさか。私が友だちの出身地のことを悪く言う訳ないじゃないですか。私は『あなたのことを』井の中の蛙だと言ったんですよ。フレヤさん」
「なんですって?!」
目を剥く伯爵令嬢。
「ひとつ、昨年北大陸で話題になった事件のことをお話ししましょう」
「事件?」
「はい。二体のクマの力を借りた一羽の小さなフクロウが、お城を襲った竜の群れを撃退したんです。仲間を守ろうとするフクロウは、竜よりも強いんですよ」
そう言って胸をはる私。
オウルアイズの娘である私は一年前、ココとメルと一緒にハイエルランド王城を襲った五匹の飛竜を撃退した。
つまり梟が竜を退けたのだ。
私の言葉に、一瞬呆気にとられたような顔をするフレヤたち。
だけど––––
「ぷっ! ふふふふふふふっ!!」
「あはははははははっ!!」
「ちょっと。せっかくこの子が一生懸命考えたお話なのに、笑ったら可哀想よ」
私をチラ見しながら笑い続ける取り巻きたち。
やがてフレヤが小馬鹿にしたような目で口を開いた。
「貴女ねえ。言うにこと欠いてそんなホラ話をするなんて……。見苦しいことこの上ないわ。いくらなんでもフクロウがドラゴンに勝てる訳ないじゃない」
そう言って意地悪そうに嗤う伯爵令嬢。
「嘘じゃないわ」
「ええ、そうね。貴女の頭の中ではそうなんでしょう」
嘲笑するフレヤたち。
「あのねえ––––」
私がさらに言い返そうとした時だった。
「確かにこいつらは田舎者だな」
いつの間にか私の横に立っていた紺色の民族衣装の少年が、ボソッと爆弾を落としたのだった。
それは実技試験で周囲を驚かせ、私とひと言だけ言葉を交わしたあの少年だった。
「貴方、今なんて仰ったの?」
怒りにこぶしを震わせ、少年を睨みつけるフレヤ。
だけど頭部布とマスクで顔を隠した少年は、怯むそぶりもみせずこう言い返した。
「お前らは去年、世界中で話題になった事件も知らない田舎者だって言ったんだよ」
「な、なんですってぇ?!」
いきり立つ伯爵令嬢に、指をつきつける少年。
「試しに父親にでも訊いてみたらいい。まともな貴族なら噂くらいは聞いたことがあるだろう。一年前、ハイエルランドの王城を飛竜に乗った隣国の兵士たちが襲ったんだ。それを撃退したのがテディベアを従えた魔導具師の女の子で、その子の家の紋章がフクロウだと各国の新聞を通じて話題になった。つまり、その子の話は全部本当だってことだ」
「っ!」
言葉につまるフレヤたち。
「俺がいた南大陸にまでウワサが届いてたんだ。北海を隔ててるとはいえ、貴族の娘が知らないのは『田舎者』と言われても仕方ないだろう」
「なっ、なっ、なっっ!!」
フレヤと取り巻きたちは少年にやり込められ、言葉を失ったのだった。