第124話 入学式とクラス分け
◇
ルーンフェルト魔術学校の校舎の一室。
古い魔女が使いそうな『いかにも』な雰囲気のイスに座った老齢の女性の前に、二人の男女が立っていた。
「それではご確認をお願いします。フリデール校長」
三十手前と思われる眼鏡の女性がそう言うと、机の上に置かれた紙の束を一暼した老女は、
「ああ、見させてもらうよ。皆、ご苦労だったね」
と教員たちを労った。
「今年はユニークな子が目白押しでしてね。ちーとばかりクラス分けに苦慮しましたよ」
ラフな身なりの中年男の言葉に、老女はにやりと笑う。
「それも外国出身の魔法使いばかりだろう?」
「おっしゃる通りで」
ふふっ、と笑い合う老女と男。
「アロルド。どの子が一番面白いと思った?」
「ハイエルランド出身の子ですかね」
アロルドと呼ばれた男性教諭が答える。
「どっちの子だい?」
「そりゃあ妹の方ですよ。……マーカスが『姉の方も何か隠してそうだ』と言ってましたがね」
そう言ってアロルドは紙の束の中からふせんがつけられた一枚を引き出して一番上に置く。
「イェシカは?」
「私もバリエンダール教諭と同じです。……お恥ずかしい話ですが『複合魔法』というものを知らず、彼女の魔法に圧倒されてしまいました」
そう言って願書に視線を落とす女性教諭。
フリデールはその紙を手に取ると、あらためて少女の名前を読み上げた。
「レティア・アインベル。ハイエルランド出身。筆記試験B、魔力操作S、魔術実技A。特記事項:魔術は未習得。実技で複合魔法を使用。魔導具師志望。受験生フレヤ・アストリッドに絡まれていた同リーネ・ヤンソンを助けたとの話あり、ね。……分かった。今年のクラス分けには特に注意するとしよう」
彼女はそう言うと、あらためて彼らを労い二人の教諭を下がらせた。
「……さて」
一人になったフリデールは傍らの書棚から一冊のノートを取ってくると机の上に置き、パラパラとページをめくり始めた。
そのノートはスクラップブック。
古今東西、様々な国の新聞が切り抜かれ、きれいに貼り付けられている。
そして彼女の手が、あるページで止まった。
記事の一節をその指がなぞり、次に隣に置かれた書類をなぞる。
「レティア・アインベル……Letia Einwell、ね」
フリデールはそう呟くと、
「ちょっと安直だねえ。お嬢ちゃん」
と面白そうに笑ったのだった。
☆
ルーンフェルト魔術学校の合格発表から入学までは、約二週間の準備期間がある。
その間に新入生たちは入寮手続きをしたり制服を用意したりと、新生活の準備を整える。
もちろん私たちも。
と言ってもルーンフェルトは全寮制なので、用意するものはそれほど多くはない。持ち込みが許されているのも旅行かばん一つ分だし。
なので、買わなければならないものは衣類と教科書くらい。
教科書はもちろん学校でも売っているけれど、街では中古の教科書がたくさん売られていて、お手ごろ価格で手に入れることができた。
ではそれ以外の時間は何をしていたかというと……アンナは例によってヨハンナと『秘密の特訓』に出かけ、リーネと私は魔術の練習に勤しんでいた。
––––相変わらず私は魔術を使おうとしては魔法を発動していたけれど。
練習を始めて十日あまり。
結局私は、一度もまともに魔術を発動できずにいた。
(さすがにまずい気がする……)
ルーンフェルトの卒業要件に『魔術が発動できること』というものはない。
決められた単位を取って卒業試験に合格すれば、卒業はできる。
就学期間は二年から五年。
授業料を払えば最長五年までは学校に残り、魔術の研鑽と研究を続けることができる。
だけど、魔法ベースの魔導具に限界を感じて魔術を学びに来たのに、それを発動すらできずに卒業となれば本末転倒だ。
魔導回路の中枢は魔法陣を生成する魔法式だけど、それは魔法が詠唱呪文として言語化されているからこそ書けるということでもある。
対して魔術は呪文も併用するけれど、核である属性変換は術者の感覚に依っている。
その変換機構を呪文として言語化して魔導回路に実装しなければ、魔術を魔導具に利用することはできない。
つまり、私自身が魔術を修得し、魔力の属性変換を言語化することが必要だった。
(自力でできないなら、何か方法を考えないといけないわよね……)
途方に暮れた私は、自分のためにある魔導具をこしらえることにした。
それは、私専用の訓練用魔術杖。
普通の魔術杖は木の枝を削って形を作り、握り手から先端にかけて魔導金属を引いて製作する。
回路の先端は球状になっていて、魔力を一点に集中し易いように作られていた。
術者は杖の先端に使用分の魔力を溜め、それを属性変換したのちに射出するわけだ。
一方私が作った訓練用魔術杖は基本的なつくりは同じものの、握りの部分を太くして魔導回路を一つ埋め込んである。
一体、何の回路を追加したのか?
実はそれは、魔法の発動を抑える回路だった。
そうすることで魔法が誤発動してしまうのを防ぎ、魔力がきちんと属性変換され魔術として発動することを促す。
あとは反復練習することで、魔術の使い方を体に叩き込もうという魂胆だった。
結果、私の目論見は一点を除いてうまくいった。
杖に魔力を流すと魔導回路が起動。
魔法の発動は抑えられた。
––––相変わらず魔術は発動しなかったけれど。
(これだけじゃあダメね。まずは属性変換のコツをつかまないと……)
私はまたまた頭を抱えたのだった。
☆
そうこうしているうちに、その日はあっという間にやって来た。
ルーンフェルト魔術学校の入学式。
入試の時にも運行された大型船に乗って、私たち新入生は湖を渡る。
「いよいよね。どんな授業が待っているか楽しみだわ!」
私がそう言うと、隣のリーネが微笑する。
「勉強についていけるか不安ですけど、私もレティアさんみたいに前向きに頑張れたらいいな、って思います」
「私は魔術にすごーく興味があってここまで来たから、あまり参考にならないかもね。リーネはリーネなりの理由で頑張ればいいんじゃない?」
「私なりの理由、ですか」
「そうそう。……って、アンナ姉さん、何してるの?」
私は、リーネの隣で指を組んで目を閉じ、祈るような姿勢で佇むアンナにぎょっとした。
「女神様に祈っているんです」
「女神さまに? 何を???」
「もちろん『レティと同じクラスになれますように』ってことをですよ」
「えっ?!」
さも当然、という風にそんなことを言うアンナに、思わず声をあげる私。
アンナは目を開けると、じっと私を見た。
「だって、違うクラスになったら誰がレティを悪い虫から守るんです? もし万が一レティとクラスが違っていたら、私、学校に火をつけてしまうかもしれません」
真顔でそんなことを言う姉。
……に化けた侍女。
「ダメよ。姉さん」
「でも……」
「でもじゃないでしょう」
白昼堂々と犯罪予告する侍女を、止めに入る私。
すると––––
「ふふっ。お二人は本当に仲が良いんですね」
リーネが笑っていた。
「まあ『家族』だしね?」
「家族……レティと家族。良い言葉ですねぇ。ふふっ」
私の言葉に、恍惚とした笑みを浮かべるアンナ。
(ちょっとぉ)
どうも最近アンナがおかしい。
アクセルを踏みっぱなしというかなんというか。
この国に来てから––––いや、姉妹設定を始めてからか。
(変なところでボロが出ないと良いのだけど)
私は額に手を当て、大きなため息を吐いたのだった。
☆
入学式は、教会の礼拝堂に似た大ホールで行われた。
校長先生の挨拶があり、在校生からのお祝いの言葉があり、新入生代表の言葉があった。
驚いたのは、私の面接で「入学動機が珍しいね」と言っていたおばあちゃんが、実はこの学校の校長……フリデール先生だったこと。
確かに面接のときも不思議な迫力があったけれど、知ってみれば『なるほど』という気もする。
そのフリデール先生の挨拶は、
「新入生諸君、おめでとう。せっかく入学したんだ。この学校でどう過ごすか、何を学ぶのかくらい自分で決めて、せいぜい後悔のないようにすることさね」
と言ってニヤリと笑っておしまいという、非常に短くインパクトのあるものだった。
おかげで式自体はあっという間に終わってしまう。
最後にクラス分けが張り出された移動式掲示板が演台の前に登場し、私たちは自分のクラスを確認するためそちらに向かったのだった。
「レティ! 同じクラスですよ!!」
すごい勢いで掲示板に突進して行った私の侍女は、満面の笑みで私たちを振り返った。
「リーネさんも一緒です!」
アンナの言葉に、顔を見合わせる私とリーネ。
「あのっ、授業でもよろしくお願いしますっ!」
嬉しそうなリーネに、私は彼女の手をとった。
「こちらこそ、これからもよろしくね!」
そうして三人で同じクラスになったことを喜んでいた時だった。
「あらあら。貴女たちそろって『おバカのウグレィ』なのね。卑しい娘とその仲間には、本っ当に、お似合いのクラスだと思うわ」
とても不快な声が、後ろから聞こえてきた。
さて。
本日、やっっっと! コミカライズ3話が更新されました!!
いよいよ魔導具開発回。
二八乃イチオシのあのオッサンも登場してます。
ぜひ見てみて下さい!
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