第123話 複合魔法と入試の結果
☆
「ねえ貴女。今やったことを説明してくれる?」
イスに座り直した眼鏡の女性試験官が、こほん、と咳払いをして私に問うた。
「ええと……」
私はどう答えたものかと逡巡し、結局こう答えることにした。
「『爆裂火球』の魔法を『防御』の魔法で包んで撃ち出したんです」
「は?」
意味がわからない、という顔をする試験官。
「ですから、『爆裂火球』の魔法を––––」
「いやいやいや、ちょっと待って」
もう一度説明しようとした私を、試験官が手のひらを挙げて遮る。
「つまり、魔法自体に他の魔法を重ねがけしたってこと???」
「そうですね」
「『そうですね』って……本当に二つの魔法を同時に発動したっていうの?! それも中級魔法を???」
身を乗り出して叫ぶ試験官。
私は彼女のあまりにオーバーなリアクションにやや引きながら頷いた。
「ええと、はい。……あ、いえ。発動は同時じゃないですね。まず『爆裂火球』を作ってそれを『防御』で包んでますから、順番に発動してます。あと––––」
「いえ、そういうことじゃなくて……」
片手で私を制し、額に指を当ててなにやら考える試験官。
「同時に二つの魔法を扱うなんて、聞いたことないわ」
そう言って彼女は首を横に振った。
周りの受験生たちからも、「マジかよ……」、「魔法って、そんなことができるの?!」という声が聞こえてくる。
うーん……。
本当は、今使った魔法は『三つ』なのだけど。
この雰囲気だと、言わない方が良いのかもしれない。
––––少しだけ時間を巻き戻す。
今回、魔術の実技試験を魔法で受験することにした私は、せめて魔法の技量を見てもらおうと考えて『複合魔法』にチャレンジすることにした。
具体的には、『爆裂火球』を発動してその場で維持しながら、『防御』の魔法を発動して火球を包む。
最後にその防御膜で包んだ火球を、『投射』の魔法でかかしに向かって飛ばしたのだ。
これによって爆裂火球は、魔力の減衰がほとんどないままカカシに当たって大爆発。
そのままだとカカシさんが吹き飛んで可哀想なので、その爆発を防御魔法で吸収するようにした、という訳だ。
おかげで火球の爆発は防御膜を瞬間的に大きく膨らませただけで、カカシさんには傷ひとつつかなかった。
私のカカシさんへの愛の勝利である。
ちなみに『複合魔法』はとても知名度が低いけれど、一応既存の魔法技術だ。
ただし、使える魔法使いは少なく、実際に使う者はほとんどいない。
難易度が高いわりに魔力消費が大きく、発動にも時間がかかる。
要するに、実用的じゃないのだ。
魔導具が発達したハイエルランドは言うに及ばず、一時期研究に力を入れていたという東の隣国ペルシュバルツ帝国も、結局あまりの割りの合わなさに研究を打ち切ったという。
複数の魔法を発動し、維持する魔力量。
それらを精緻にコントロールする魔力操作の技術。
その両方が必要となれば、当然使える人は限られる。
まして一瞬の油断が命取りとなる戦場では、発動魔法の数だけ詠唱が長くなる複合魔法は無用の長物でしかない。
私がさっきやったようにデモンストレーションとして使う以外、まず使い途がないのだ。
ダンジョン攻略のために魔術が発達し、魔法の研究がほとんど行われていないこの国で知られていないのも、当然といえば当然だった。
試験官の女性は、私の受験票を見ながらしばらく「うーん……」と唸っていたけれど、やがて顔をあげた。
「念のため訊くけど、貴女魔術は使える?」
うっ……。
彼女の質問に、顔が火照ってゆく。
「使えません……」
私がそう答えると、試験官は「なるほど」と呟き手元のシートに何かを書き込む。
「今年は何かと騒がしい年になりそうね。貴女の入学を楽しみにしてるわ」
微かに口角を上げた彼女は、そう言って私に次の面接会場の教室を教えてくれた。
☆
その後の面接では、日本の入試同様、志望動機やこれまで頑張ってきたこと、将来どんな道に進みたいのかなどを訊かれた。
あまり嘘をついてもボロが出そうなので、正直に魔導具づくりのために魔術を学びたいこと、将来は魔導具で世の中をもっと便利にしたい、と答えた。
私の回答に、三人の面接官のうち真ん中に座っていたおばあさんは「そういう動機は珍しいね」と言ったあと、「でもまあ、面白そうだ」と目を細めて、にっと笑ったのだった。
☆
「二人とも、試験はどうでしたか?」
帰りの船の上。
アンナの問いかけに私は、
「感触は悪くなかったと思うんだけど、どうかしらね」
と答え、リーネは、
「今の自分にできる限りのことはやったつもりです。……自信はないですけど」
と不安げな顔をした。
(––––結果発表は三日後。不安なまま待っているのはしんどいわよね)
そう思った私は、彼女の背中にそっと手を当てた。
「大丈夫。短期間の特訓だったけど、リーネは魔力操作がとても上手くなったわ。魔術の練習でも的を外さなくなってきたし。力を出し切れたなら、絶対に良い結果がついてくるわよ」
私がそうと言うと、彼女は顔を上げ––––
「はいっ!」
と笑顔で頷いた。
実際、リーネの魔力操作のセンスは悪くなかった。
私とのマンツーマンの特訓で彼女はどんどん上達し、最終的にはあの場にいた受験生たちの平均よりやや上くらいのレベルにはなったのではないかと思う。
いつも同様にやれたなら、まず問題ないだろう。
そんなことを考えていた私は、ニコニコしながらもどこか構って欲しそうに私を見つめる侍女の視線に気がついた。
「––––こほん。ところで、そういうアンナ姉さんは試験どうだったの?」
私が尋ねると、アンナは満面の笑みでこう答えた。
「私も悔いがないように頑張りましたよ。必ずレティと一緒に入学します!」
「そ、そう……。それは心強いわ」
力強い答えに、苦笑する私。
正直、アンナのことは心配していない。
だって彼女はもう魔術を使えるんだから。
私よりも合格に近いところにいるはずだ。
「何はともあれ––––」
私はオレンジ色に染まりつつある湖面をちらりと見て、二人を振り返った。
「三人とも合格してるといいわね!」
「「はいっ!!」」
そうして私たちの入試は終わったのだった。
☆
––––三日後。
私たち三人は、エーテルスタッドの中央広場にやって来ていた。
「ありましたっ! 名前がありましたっ!!」
「レティと私の名前もありますよ!!」
広場の真ん中に貼り出されたルーンフェルト魔術学校の入試合格者の名前を見て、喜びの歓声を上げるリーネとアンナ。
遅ればせながら掲示されているリストの中に『レティア・アインベル』の名前を確認した私は、ほっと息を吐いた。
「よかった。本当によかったわ」
ここに来るまで色んな人にサポートしてもらってきた。
母国では私がいない間も、ソフィアやライオネル、ダンカンやジャックたちが領地経営と魔導具開発を頑張ってくれている。
彼らの期待と厚意を裏切ることにならなくて、本当によかった。
その時、後ろから女性と男性の声がした。
「だから言ったでしょう。三人とも合格ラインに達してる、ってね!」
「合格おめでとう。これで三人とも新学期から魔術学校の一年生だな」
振り返ると、ヨハンナとグレンが笑みを浮かべて立っていた。
「ヨハンナ、グレン、二人ともありがとう!」
私がそう言うと、ヨハンナはニッと笑った。
「さあ、合格祝いよ。みんなで甘いものでも食べて帰ろう。グレンがご馳走してくれるってさ!」
「……おい、ちょっと待て。お前も半分出すんじゃないのか???」
ヨハンナの言葉に、慌てるグレン。
「こんなおめでたい日にせこいこと言わないの! さ、行きましょ。この街で一番スイーツの美味しいお店を予約してあるのよー☆」
「わあっ、それは楽しみです!!」
はしゃぐ私たち。
「おい、ヨハンナ! ちょっと!!」
歩き出す女子と、追いかけるグレン。
––––どんな学校生活が待っているんだろう?
私は少しの不安と大きな期待を胸に、仲間たちと異国の街を歩いたのだった。