第122話 実技試験
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広い演習場では十二のグループに分かれて魔力操作と魔術の実技試験を行うようになっていた。
「ええと私は……七番の組ね」
指定された試験官のところに向かう。
移動中、リーネとアンナを見つけて手を振る。
リーネは恥ずかしそうに、アンナは満面の笑顔で手を振り返してくれた。
あの様子なら、筆記試験も問題なさそうね。
ほっとする反面、これから受ける自分の実技試験のことを思い、気合いを入れる。
「よし。頑張ろう!」
私はぎゅっとこぶしを握ったのだった。
☆
魔力操作の試験は、魔導具を使ったゲーム形式のものだった。
受験生はテニスボール大の魔導金属の入力装置に手を乗せ、試験官が示したカードに従って魔力を流す。
カードには、みかん、りんご、ぶどうのどれか一種類の絵が描かれていて、描かれている数は一〜五個(房)。
入力装置からは果物の絵が描かれた三つの表示器に線が伸びていて、受験生は魔力を流す方向と量を調整し、なるべく速く、正確に、表示器の五つのランプの内、適切な数を点灯させる。
要するに、旗上げゲームだ。
それを五回繰り返す。
(なにか、王都の研究室を思い出すわね)
前の受験生たちが試験に臨む様子を見ながら、そんなことを思う。
研究室の鍵は、家紋が彫られた魔導金属板に決められた順番で特定の波長の魔力を通していくことで開錠できるようになっていた。
魔導具師にしろ、魔術師にしろ、求められるものは似ている、ということなのだろう。
(だからこそ、魔術が発動できないのは悔しいのよね……)
私はそんなことを思いながら自分の順番を待つ。
こうして見ている限り、受験生の平均的な魔力操作のレベルはそこまで高くはなさそうだ。
ほとんどの人が正しい表示器に魔力を流せてはいるけれど、なかなか狙いの数のランプを点灯させることができずに苦労している。
そんな中、一人際立って上手い人がいた。
それは私の五つ前に並んでいた受験生。
民族衣装と思われる膝まである紺色の長いシャツにズボン。頭には同色の頭部布を巻き口元をマスクで隠したその男の子は、他の受験生よりもはるかにスムーズにランプを点灯させ、試験官と他の受験生を驚かせていた。
(私と同じように、留学のために外国からはるばるやって来たのかしら)
そんな彼に一方的に共感を覚える。
そして、私の番がやって来た。
「おいおい……。なんて速さと精度だ」
五回目のチャレンジが終わった瞬間、カードを掲げていた無精ひげの男性試験官が呆れたような顔で言った。
「終わりですか?」
「ああ、魔術の実技に進んでくれ」
私の問いに、首をすくめながら答える試験官。
「––––レティア・アインベル。ハイエルランドの出身か」
手元の資料を見た試験官は、ふっと笑って最後にこう言った。
「今年は留学生の当たり年だな。授業で会えるのを楽しみにしてるぞ」
……え。
この適当な感じの人、ひょっとして教官なの?
私はひらひらと手を振る男性試験官に会釈し、いそいそと隣の魔術実技の列に移動したのだった。
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(ええと……ひょっとして魔術が使えないのって、やっぱり私だけ?)
列に並んで順番を待っていた私は、他の子の実技を見ているうちに自分の顔が引き攣っていたことに気がついた。
魔術学校を受験するだけあって、他の受験生たちは皆、難なく魔術を発動している。
この調子だと、魔法でこの試験を受けるのは私だけになりそうだ。
(やっぱり悪目立ちするわよね)
しょぼんとする私。
その時、周囲の受験生たちが「おお……っ!!」とざわついた。
(なに???)
周りを見まわし、人々の視線の先に目を向ける。
そして、皆のどよめきの理由を理解した。
(あの子だ)
それは、例の民族衣装を着た少年だった。
「……………………」
ボソボソと呟くような、小声の詠唱。
その声はよく聞こえないけれど、彼が標的のカカシに向けた指先には––––青く輝く魔法陣が展開され、巨大な火球が出現していた。
「あれは……!」
––––あれは、魔法だ。
私もよく知る『爆裂火球』の魔法。
魔法陣を見る限り、ハイエルランドでも戦場で使われている中級攻撃魔法に違いない。
問題は、そこに込められている魔力量だった。
普通の魔法兵が使う『爆裂火球』なら、せいぜいバスケットボールほどの大きさのはず。
だけど私の視界に入っている『それ』は、大玉転がしの玉ほどの大きさに膨らんでいた。
「すごい魔力量……。だけど、本当にすごいのは––––」
私が呟きかけた瞬間、
「『爆裂火球』!!」
少年の叫び声とともに、巨大な火球が放たれた。
ゴォオオオオオッ!
唸りをあげてカカシに向かう火球。
そして––––
カッ!!
ドオオオオオオオーーンッ!!!!
一瞬の閃光。
そして爆発。
爆風が私のところまで押し寄せてきて、私は腕で自分の顔を庇う。
––––数秒後。
顔を上げると、カカシさんは根っこから吹き飛ばされていた。
「……魔力量もすごいけど、あれだけの火球を破綻させずに維持して的にぶつけられる魔力操作の巧みさが、あの子の真骨頂ね」
気がつくと私は、苦笑いをしていた。
的が吹き飛ばされ、わたわたと片づけを始める教師とバイトの学生たち。
それは、魔術が栄える異国の地で、自らの故郷の技術を披露してみせた彼に対する共感なのか。
試験官と言葉を交わして一礼し、こちらの方に歩いてきた少年とハイタッチをしたい気分だった。
「良いものを見せてもらったわ。ありがとう」
私が話しかけると、私より少しだけ背の高い少年は足を止め、こちらを一暼する。
「…………」
興味のなさそうな目で私を見つめる少年。
だけど––––
「えっ?!」
「え?」
突然声をあげて私を凝視する見知らぬ少年と、そんな彼に首を傾げる私。
「あっ、いや……」
少年は慌てたようにそっぽを向くと、マスクの下でボソボソとそう呟く。
そして、
「じゃあな」
そそくさと校舎の方に歩いて行った。
「?」
なんだったのかしら。今のは。
私は頭の上にクエスチョンマークを浮かべ、首を傾げたのだった。
☆
「え? 今の、何をしたの???」
私が魔法を放ってカカシさんにぶつけた直後。
試験官の女性が、ガタッと立ち上がった。
ざわめく人々。
皆の視線が、私に集中していた。
私はそんな周囲の人たちを見ながら、
(さっきの彼ほどじゃないけど、ばかにされないくらいのものは披露できたかしらね)
心の中で、ほっと息を吐いたのだった。