第121話 入学試験
☆
「リーネの課題は、魔力の制御ね」
お隣さんに皆で謝りに行った後。
庭のデッキでお茶をしながら、ヨハンナはそう言った。
「すみません……」
しょぼんとするリーネ。
私はそんな彼女をなぐさめる。
「落ち込む必要はないわ。魔力操作の訓練を始めて半年であれだけできれば上等だし、お隣さんも『気にしなくていい』って言ってくれたじゃない」
「ですが……」
再び落ち込むリーネ。
幸いなことに、お隣に住む老夫婦は、「この時期はよくあることだから」と笑ってゆるしてくれた。
どうも二人とも元冒険者だったらしく、奥さんにいたっては「私も見習い時代は色々と壊したものよ」と上品に笑っていた。
とはいえ、こういうことはしっかりしておかないといけないので、修理見積のときには声をかけてもらうようにお願いしておいたけれども。
「魔術の名門アストリッド侯爵家の血を引くだけあって、リーネはかなりの魔力持ちみたいだからね。半年の修行じゃあんなもんでしょ。発動できるだけ上等よ」
ヨハンナはそう言って苦笑する。
「そういう意味ではレティの方が大変かもね。先に魔法を身につけちゃったせいで属性変換のイメージがし辛いみたいだし」
うぐっ、とスコーンを飲み込む私。
「ま、初歩からやるしかないわね」
「間に合うでしょうか?」
ここまで来て入学できないとか、悲しすぎる。
私が不安になって尋ねると、ヨハンナは首をすくめてみせた。
「それはレティの頑張り次第かな。––––でもまあ、いいめぐり合わせだったかもね。魔力操作は完璧だけど魔術は初心者のレティと、魔術は発動できるけど魔力操作が未熟なリーネ。足して二で割ればちょうどいいんじゃない? 二人で教えあって頑張ってみて」
「「はいっ」」
同時に返事をする私とリーネ。
––––あれ?
何か忘れてるような……
「あのぉ……。私はどうしたらいいんでしょうか?」
困ったような笑顔でおずおずと手を挙げるアンナ。
そんな彼女を見て、ヨハンナはにやりと笑った。
「アンナには私が直接教えるわ。––––ま、一週間もあるし、必要なことは全部叩き込んであげる」
「お、お手柔らかにお願いしますね」
アンナの笑顔が引き攣った。
☆
一週間後。
受験の日。
リーネと二人で特訓した私だったけれど、結局うまく魔術を使えるようにはならなかった。
惜しいところまではいくのだけど、どうしても魔力の属性変換がうまくいかない。
リーネ曰く「火というより、熱をイメージして下さい」ということでそのようにしてみたのだけど、どうしても最後の最後で『火』そのものになってしまう。
ちなみにリーネは、以前テオやアンナにやったようにエインズワース式魔力操作修行法で一緒に訓練することで、とりあえず的に当てることができるようになった。
アンナに到っては、早々に魔術を発動できるようになってしまい、その後はヨハンナとどこかへ出掛けて『秘密の訓練』というのをしている。
結局、最後まで魔術を使えなかったのは私だけ。
これはもう来年再受験するしかないかも、と途方に暮れていた受験当日の朝。
船着場に向かう馬車の中で、私たちはヨハンナから思いもしない事実を知らされたのだった。
「えっ! 魔術が使えなくても受験できるんですか???」
「できるよ。言ったじゃない。『最初からうまくできる奴ばかりだったら学校はいらない』って」
「「ええーーっ?!」」
声をあげる私たち。
「もちろん簡単に合格できる訳じゃないけどね。魔術の発動と技術、魔力操作、魔術を含めた広範な知識……その合計得点と面接で合否が決まるの。過去の例で言えば、魔力をほとんど持たない受験生がほぼ筆記試験だけで入試を突破した例があるけど、彼は筆記でぶっちぎりの歴代最高得点を叩き出したって話だわ。……ちなみにその人、今や若くしてこの国の魔術庁長官よ」
「「うわぁ……」」
色々と凄まじい話に、ドン引きする私たち。
「とりあえずレティは魔法で実技を受ければいいわ。減点はされるけどある程度は点数をもらえるから。あとは魔力操作でカバーできるでしょう」
「はぁい……」
ほっとした反面、ちょっと凹む。
「リーネもなんとか的に当てられるようになってきたし、アンナも魔術を使えるようになってる。三人とも十分に合格水準には達してるよ。あとは他の受験生のレベルと運しだいだけど……ま、気楽に受けといでよ」
そう言ってからからと笑うヨハンナ。
そんな彼女に私たちは顔を見合わせ、
「「はぁ……」」
とため息を吐いたのだった。
☆
「うわ、こんなにたくさんの人が受験するのね」
校舎のあるポルタ島に降り立つと、先日をはるかに上回る数の人々が集まっていた。
ざっと五百人はいるだろうか。
私くらいの子から腰の曲がったおじいちゃん、おばあちゃんまで。
年齢、性別、肌の色を問わず、様々な人が受験票を握りしめて自分の番号の列に並んでいる。
「この中で入学できるのは百五十人。倍率は三倍というところかしらね」
「そんなに……」
青くなるリーネ。
私は慌ててフォローに入る
「リーネは大丈夫よ。これだけ人がいても合格レベルに達してる人は半分もいないでしょう。あとの人たちは記念受験とひやかしね」
「本当ですか?」
不安げなリーネに私は力強く頷いた。
「ヨハンナも言ってたでしょ? 私たちは合格水準に達してるって」
「……そう、確かにそうですね!」
両手をきゅっと握りしめ、リーネが復活する。
「ここからは各自で頑張るしかありません。レティ、リーネ、お互い頑張りましょう」
アンナの言葉に頷く私とリーネ。
「それじゃあ、また後でね。試験が終わったら食堂で待ち合わせしましょう」
そうして私たちは、自分の番号の列へと分かれて行った。
☆
入試が始まった。
筆記試験の内容は、事前にヨハンナから聞いていた通り、多岐に渡っていた。
自分の名前を書けるかどうかから始まり、魔法や魔術の基本となる古代語の単語を問う問題、足し算引き算に迷宮国の歴史。冒険者ギルドの基礎知識や、魔物の名前と特徴を問う問題まで出題されていた。
ヨハンナの話によれば、学科試験は主に足切りとして使われていて、そもそも満点をとることができないほどの問題数が用意されているらしい。
とりあえず自分の名前が書けて、他に何問か解けていればOK。
あとは実技試験が悪い場合に加点要素として考慮されるらしい。
では、私がどうだったかというと……時間内に解いた限り、正解と不正解が半々という感じだった。
古代語や計算は完璧だったけれど、歴史や魔物に関する知識問題はさっぱり分からなかった。
でも、とりあえず足切りの水準は突破できたはず。
リーネも学校で文字と簡単な計算は学んだと言っていたし、アンナもご両親が健在だった頃に貴族令嬢としてひと通りの教育を受けている。
三人とも筆記は問題ない。
問題は実技試験だ。
特にリーネと私は。
筆記試験が終わった受験生は、お手伝いの生徒に引率されて演習場に向かう。
––––そしていよいよ、運命の実技試験が始まった。









