第120話 魔法と魔術
☆
ルーンフェルト魔術学校に受験申し込みに行った翌日。
私たち受験生の三人はヨハンナから魔術の指導を受けるため、屋敷の裏庭に集まっていた。
「わざわざ的まで用意して下さって、ありがとうございます。グレンさん」
私が的の準備をして戻ってきた剣士(の格好をした騎士)に礼を言うと、グレンは相好を崩した。
「いえ、街で売っている練習用の的ですし、このくらい大したことではありませんよ。かっ……レティ」
閣下、と言いかけて慌てて言い直すグレン。
昨日も一昨日も、馬車を出してくれたり一緒に食事したりと、私とまあまあやりとりがあったはずなのに、どうにも敬語が抜けない若手騎士さま。
彼はどうもそういう性質らしい。
そんな私たちのやりとりを見ていたヨハンナは、ため息を吐いて『こりゃダメだ』というように大げさに首をすくめてみせると、私たちに向き直った。
「さて、それじゃあ早速授業を始めようか。レティとアンナは実際に魔術を見たことがないのよね?」
「「はい」」
私とアンナが答えると、ヨハンナは「OK、OK」と頷いた。
「逆にリーネは魔法をちゃんと見たことは?」
「ええと……最初の頃に一度だけ、先生が使って見せて下さいました」
「じゃあ、おさらいから始めようかな。––––アンナ、レティ。どっちでもいいから、あの的に向けて何か攻撃魔法を撃ってくれる? 但し、威力は最小でね」
「「?」」
顔を見合わせる私とアンナ。
「では、私がやってみますね」
アンナはそう言って、ヨハンナが地面に引いた線まで進み出る。
彼女は的に向けて人差し指を向けると、詠唱を始めた。
「ゆらめく蝋燭のごとき小さき炎よ。我が指先に集い火の玉となり、指差す方向に駆け足の速さで進み的を射抜け––––」
詠唱とともに指先に魔法陣が浮かび、その先にピンポン玉くらいの炎が揺らめく。
「『炎矢』!」
ゴウッ
アンナの掛け声とともに、火の玉が回転しながら宙を飛ぶ。
そして、
ボッ!
的に当たると炎が立ち上り、すぐに消えた。
「「おおー!」」
パチパチパチ、と拍手する私たち。
「やるわね。お手本のような魔法だったわ」
ヨハンナがアンナを褒め称える。
うんうん。
うちのアンナはすごいのよ。
「さすがね。アンナ姉さんっ!」
私が笑みを浮かべてそう言うとアンナは、
「レティのためなら、当然ですよ」
とにっこり笑った。
「それじゃあ次ね。今度は私が魔術で同じことをやってみせるわ。アンナが撃ったのと同じ火属性の魔術を使うから、違いに注目して見ててね」
「「はいっ」」
私たちの返事に微笑すると、ヨハンナは懐から三十㎝にも満たない小さな杖を取り出した。
「行くわよ。……レクト!」
声とともに杖を目の高さに合わせると、先端に青い魔力光が宿る。
「ベルテフラム・コン・プロミネル––––」
まるで指揮棒のように杖を振ると、杖の先の光が赤く変わり––––
「サギータ!!」
杖を振り下ろした瞬間、ビー玉ほどの大きさの赤く輝く光球が、勢いよく射出された。
ビュン––––パンッ!
的に当たり、弾け飛ぶ光球。
「「おおー!」」
私たちは歓声を上げて拍手した。
––––すごい。
詠唱時間は半分以下。
速度も速い。
そして一番の特徴は––––
「魔力の減衰が少ない! ……これが、魔術!!」
私は胸が高鳴るのを感じた。
☆
「さて。皆には魔法と魔術の両方を見てもらった訳だけど……レティ。私が何をやったか分かるかな?」
少しだけ人の悪そうな笑みを浮かべて問うヨハンナ。
私は考えをまとめると、口を開いた。
「最初に、杖の先端に魔力を集めてましたよね」
「そうだね」
「そのあと、魔力の属性を『火』に変換して、それを凝縮して、射出。––––そんな風に見えました」
私の言葉に、ヨハンナが目を丸くした。
「大体合ってるわ。ひょっとして予習してた?」
「いえ。私の周りには魔術が使える方はいませんでしたから」
「そっか。じゃあ魔力の変化を見ただけでそこまで理解したのね。……噂には聞いてたけど、大したものだわ」
そう言ってヨハンナはしばし考えると、私を見た。
「……レティ、試しに自分でやってみる?」
「えっ、もう、ですか???」
驚く私。
「いやあ、そこまで理解してたら、もう私が教えることもないかなー、って」
はっはっは、と笑う魔術の先輩。
「それで、どうする? やってみて分かることもあるかもしれないわよ?」
「……分かりました。やってみます!」
私の答えにヨハンナは「そうこなくちゃ!」と親指を立てたのだった。
☆
––––数分後。
「これ、難しいですっ!」
私が音をあげると、ヨハンナは微妙な顔で首を傾げた。
「うーん……。原理は理解してる。魔力のコントロールも完璧。なのに、なんでうまくいかないのかしら。ま、見ただけで魔術を使いこなされたら、私も学校も立場がないんだけどね」
そう言って苦笑する。
確かに、ルーンフェルト魔術学校では卒業まで二年もかけて魔術を修得する。
見ただけで使えるなら誰も学校に入ろうとは思わないだろう。
とはいえ、目の前で実演してもらい、原理も理解しているのに発動すらできないのは、魔導具師としてはちょっと悔しい。
「魔力の属性を変換しようとすると、どうしても『火』そのものになっちゃうんです。そうなるともう魔術じゃなくて魔法ですよね?」
「そうね。魔法が『魔力を物理現象に変換して利用する方法』だとすると、魔術は『魔力の性質を変化させて利用する術』だからねえ。魔法の発動に慣れてしまうと、そっちに引っ張られちゃうのかしら」
うーん、と考え込む私たち。
その時ふと顔を上げると、リーネが所在無さげにもじもじしているのに気がついた。
「そうだ! リーネは魔術が使えるのよね?」
「えっ、私ですか?!」
突然話しかけられた友人は、オドオドしながら私を見る。
「そうよ。––––よかったら私に魔術を教えてくれない?」
「あの、でも私、そんなに上手には……」
俯き、縮こまってゆくリーネ。
それを見ていたアンナが、彼女の手を取った。
「いいんですよ。上手くなるために学校に行くんですから。熟練者のヨハンナさんより、学び始めて日が浅い貴女の方が私たちに近いので、より参考になるかもしれません。よかったらレティと私に今の貴女の力を見せて下さいな」
アンナはそう言うと、私に片目をつぶってみせた。
頷く私。
そこに、ヨハンナがさらに後押しする。
「私もリーネの実力を見ておきたいわ。試験まで一週間。時間をむだにはできないからね」
三人に説得されたリーネは、しばらく戸惑ったあと、小さく頷いた。
「……わかりました。やってみます。下手くそですけど、笑わないで下さいね?」
小さな魔術師のたまごは、そう言って、懐から年季の入った杖を取り出したのだった。
一分後。
「…………これ、どうしよう?」
私たちが茫然と立ち尽くす中、ヨハンナが最初に口を開いた。
そんな彼女に、グレンが額に手を当てながら答える。
「どうするも何も、謝りに行くしかないだろ。––––お隣さんに」
「やっぱそうだよねー」
引き攣り笑いをするヨハンナ。
「あの……申し訳ありませんっっ!!」
泣きそうな顔で頭を下げるリーネ。
私はそんな彼女の手を取った。
「リーネは悪くないわ。魔術を使うようにお願いしたのは私だし」
「でも、でも––––っ!」
「大丈夫。私がお隣さんに弁償するから。……うん。大丈夫! これくらい、なんでもないわ!!」
空元気でそう叫ぶ私。
「それにしても、ずいぶん派手にやりましたね」
「「…………」」
グレンの言葉に、私たちは黙って的の方を見る。
私たちの視線の先。
そこには、傷ひとつついていない的と––––ダイナマイトで発破したのかというくらい派手に吹き飛んだ、お隣さんの敷地の壁があった。
皆さまお待たせしました。
2回も更新日を間違った私ですが、やっとコミカライズ第2話が更新されました!
くまさん会議からのパパン説得回。
ぜひぜひ可愛いクマたちと、かっこいいレティをご覧下さい!
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引き続き本作をよろしくお願い致します!