第112話 聖都へ
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国境の街テルンの郊外に着いたのは、空が朱色に染まり始めた頃だった。
「さて。そろそろだと思うんだけど……」
私が飛びながら懐中時計を確認しようとした時だった。
ピコン…………ピコン…………
進行方向に現れた光る矢印。
「あ、来ましたね。割と近いようです」
「よかった。自分で作った航法装置だけど、長距離飛行で使うのは初めてだからどれだけズレが出るか不安だったのよね」
魔物襲撃事件前後での王都との往復で航法装置の必要性を実感した私は、あれから早速開発に取り掛かっていた。
さすがにいきなり地球レベルのものを作るのは色々と厳しいので、ごく簡単なものだけど。
方位磁針と速度計からの入力をもとに、設定した方位・距離に誘導する原始的な航法装置。その開発には、複数の技術開発が必要だった。
向けている方向の変化を魔力の波長変化として出力できる方位磁針。
空気の衝撃圧と周囲の大気圧の差を速度として出力する対気速度計。
そして入力されるパラメータと設定した目的地の方位・距離情報を照らし合わせ、ズレを修正してゆく初歩的な演算装置。
それらの魔導回路をメルに組み込み、私の眼前に誘導情報を表示するようにした。
大気圧を変換して高度も表示できるようにしたので、飛んでいるときの視界はさながらフライトシミュレータのようになっている。
「あそこかな?」
前方に映し出された位置標識の誘導に従って降下してゆくと、森のはずれに二頭の馬を連れた旅装の人物が見えた。
見覚えのあるドライヤーのようなものを掲げている。
『ビーコン発信機』。
王城襲撃事件で使われた『人が感知できない魔力を出す箱』を改良したもので、指向性を持った魔力波をグルグル回転させて広範囲に位置を知らせることができる。
『持ち運びできるハンディ灯台』と言った方が近いかもしれないけれど。
統合騎士団では半年ほど前から飛行靴の導入を進めていて、その運用を助けるために私が開発したものだった。
「––––どうやら迎えの方で間違いなさそうですね」
「約束の時間ぴったりね。さすがお兄さまの同僚の方だわ」
そんな会話をしながら私とアンナは降下を続け、その人物の前に降り立つ。
ザッ、と敬礼する若い男性。
「お待ちしておりました、エインズワース伯爵閣下! 王城襲撃事件の際は大変お世話になりました。こうしてあらためてお会いできて光栄です!!」
旅人に扮した喜色満面の王国騎士に、私は笑顔で応える。
「こちらこそお出迎え頂きありがとうございます。ひょっとしてお待たせしてしまいましたか?」
「いえ、私も先ほど到着したところですから。––––ところで、ご指示頂いたように馬を一頭用意してまいりましたが、本当にこちらでよかったのでしょうか?」
「ええ。私も彼女も乗馬経験がありますから」
「なるほど! さすが副団長の妹君ですね。それでは早速街にご案内しましょう」
こうして陛下の配慮で迎えに来てくれた王国騎士は、私とアンナをテルンの街の宿へと案内してくれたのだった。
☆
「それでは私は隣の部屋におりますので何かありましたらお呼び下さい。魔導通信機も持参しておりますから、ご実家への連絡も可能ですよ」
「それは助かります。遠慮なく頼らせて頂きますね」
「ええ、ぜひっ!」
私の言葉に目を輝かせ、ぐっとこぶしを握る若い騎士。
(これは……何か頼んだ方がいいのかしら?)
「それでは早速––––」
私がお父さまとソフィアへの到着連絡をお願いすると、彼は「お任せ下さいっ!!」と張り切って自分の部屋に戻って行ったのだった。
「はぁああああああああーーっ」
騎士の足音が遠ざかってゆくのを確認した私は、大きく息を吐いた。
「長時間の飛行、お疲れ様でした」
そう言って私の上着をとる侍女。
「アンナぁ、疲れたよう……」
「お茶を淹れますから少しお休みくださいな」
「そうするー」
私は部屋着に着替える元気もなく、ベッドに顔から倒れ込んだ。
ココメルを出発して三時間弱。
休みなしの長距離フライトでさすがに私も疲れてしまった。
「つーかーれーたー」
足をバタバタさせる私。
するとお茶を淹れてくれているアンナがこう言った。
「でも北海を越えるときは今日の倍の距離を飛ばないといけないんですよね? それに目印もない海の上を飛ぶわけですし。迷ってるうちに魔力切れになって墜ちたりしないでしょうか?」
「うーん……」
たしかに適当に飛んだら迷ってしまう可能性は十分にある。
けれど今日のフライトを振り返る限り、私が作った航法装置は予想以上にちゃんと機能していた。
あれだけの精度が出るなら飛ぶ距離が倍になっても大きくはズレないだろう。
「今日の感じだと迷うことはないと思う。テオからもらった『秘密兵器』もあるし、たぶん大丈夫でしょう」
「……またあのおじゃま虫殿下ですか」
「おじゃま虫って」
私は苦笑する。
アンナのテオ嫌いはあいかわらずだ。
実は今回の留学の件を手紙で伝えたところ、テオからこっそりあるものが送られてきた。
本来私が手に入れることが絶対にできないはずのものだけど、テオは苦労してそれを私に送ってくれた。
今回私が北海の縦断飛行を決断したのは、それがあったからと言っても過言じゃない。
せっかくの彼の厚意。
今回の旅ではしっかり活用させてもおう。
「まあアレの贈り物はともかく、お嬢さまの発明があれば大丈夫だとは思いますけどね。……今日の倍飛ばないといけないのはさておき」
「倍の速さで飛んだら同じ時間で着くもんっ」
「はいはい。そうですねー」
笑ってあしらう私の侍女。
「うぅっ、アンナが冷たい……」
「あ、できました! 冷たいアンナが温かいお茶を淹れましたよ。夕食前ですけど、頑張ったお嬢さまのためにちょっとだけビスケットもつけちゃいましょう」
「やった! だからアンナ好きーー」
「ふふっ」
ちょっとだけ悪い顔で微笑むアンナ。
こうして旅程一日目の夜は更けていった。
☆
翌日。
再びテルン郊外の森に移動した私たちは、騎士に見送られて北に向けて旅立った。
北大陸のほぼ全ての国で国教に指定されているダリス教。
その総本山であり大司教が住まう『聖国』の首邑・聖都ディリスまでは約二時間のフライトだ。
壁のように連なる山脈を飛び越え、いくつかの街や村を遠目に見ながら一路ディリスを目指す。
途中、巡礼の道を行く旅装の人々や馬車を見かけた。
冬は雪深くなるけれど、それ以外の季節は道が周辺各国に通っているので、北大陸において巡礼の旅はちょっとした定番観光となっている。
ハイエルランドについて言えば、先ほど出発したテルンの街から聖都までは馬車で五日程度。
生まれてから一度も外国に行ったことのない私にとっては、初の海外旅行だ。
「あ、お嬢さまっ。ひょっとしてあれが有名な大聖堂でしょうか?!」
聖都の象徴である大聖堂の巨大な尖塔が遥か向こうに見え、アンナが叫んだときだった。
ピコン…………ピコン…………
メルが位置標識の誘導魔力波をキャッチする。
「どうやらそのようね。……あと、今回は町から結構離れたところに誘導されてるみたい」
「何か理由があるんでしょうか?」
「外国で万が一にも私たちが飛んでいるところを見られないためでしょう。政治的にも、機密の面から考えても正しい判断ね」
そんなことを言いながら、私たちはビーコンが指し示す森のど真ん中に降下していったのだった。
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いつも応援頂きありがとうございます。
二八乃端月です。
さて、先週の書籍2巻発売に引き続き、昨日12/22にはついに本作のコミカライズの連載がスタートしました!
漫画を描いて下さっているのは、裏少年サンデー、花とゆめなどでスリリングな恋愛を描かれてきた『サザメ漬け先生』。
現在、一二三書房・コミックポルカにて一話(1/2)を公開中です!
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まだまだ導入部の冒頭ですが、年明け掲載予定の一話(2/2)からは、ココとメルが動きまわり物語が加速していきます。
それでは引き続き本作をよろしくお願い致します!!