第110話 魔導エンジンとレティの悩みごと
お待たせ致しました。
新章スタートです!
☆
魔物の大侵攻から二ヶ月が経ったある晴れた日の午後。私たちはココメル工房がある屋敷の裏庭に集まっていた。
工房前の広場。小学校のプールほどの広さのそのスペースには今、楕円形になるようレールが敷かれ、その内側で見知った顔の職人たちがこれから始まるテストに向け準備を進めていた。
「それじゃあ始動するぜ!」
「おっけー!」
工房長のダンカンの言葉に、私は親指を立てた手を掲げてみせる。
「三、二、一、スタート!!」
ダンカンがカウントとともに手元のスイッチボックスの回転スイッチをひねる。
するとケーブルが繋がった先……トロッコ改造台車に固定した直径一五cm、長さ五〇cmほどの筒……の内側から魔導光が漏れ『シューー』と空気が流れる音が聞こえ始めた。
シューー……コォオオオオオオオーー!
しだいに激しくなる風の音。
「魔力供給、一〇%、……二〇%、……」
ダンカンの隣で計器を監視していた少年……王都工房から転籍してきたジャックが、メーターを読み上げてゆく。
そして彼が「三〇%」をコールした時だった。
ついに台車がレールの上を走り始めた。
「「おおっ!!」」
見守っていた工房関係者たちから歓声が上がる。
動き始めた台車はどんどん加速する。
「ちょっ、速っ!?」
そしてわずか数秒で、脱線するんじゃないかという勢いでレールの上を爆走し始めた。
「お嬢さま、すごい! 走ってますっ! 本当に走ってますよ!?」
「そ、そうね」
台車を指差しテンション爆上げの侍女と、引き攣り笑いする私。
(これはミニSL……というかジェットコースターね。いっそ遊園地でも作ろうかしら)
私が「ははっ」と乾いた笑いを漏らしている間も、軌道の内側から有線で操作しているダンカンは走って台車を追いかけている。
そうして一周五〇mほどのコースを二周したときだった。
シュウゥゥゥ……
「えっ?」
突然筒の中の魔導光が消え、空気の音も消えてしまう。
「魔力供給〇%っ。魔力切れだ!」
計器類を監視していたジャックが叫ぶ。
動力を失った台車は、やや速度を緩めながらもそのまま慣性で走り続ける。
(ウソでしょ。中型魔石を四個も使ってるのよ?)
あまりに早い魔力切れに愕然とする。
「ねえ、ジャック。何秒動いたか分かる?」
「ちょっと待ってくれ。ええと……始動から二三秒だな」
「つまり六秒ともたずに中型魔石一個分の魔力を消費してしまった、ってことね」
いまだ慣性で走り続ける台車とそれを息を切らしながら追いかけるダンカン。
そんな光景を前に、私は試作エンジンのあまりの燃費の悪さに頭を抱えたのだった。
私たちがテストしていたのは、将来的に鉄道の機関車に載せようと思っている魔導ジェットエンジンのプロトタイプだ。
魔導回路により風を起こす魔法を発動させ、金属製の筒の前から空気を吸い込み、後ろから吐き出す。
構造としては非常にシンプルなのだけど、制御系の魔導回路はそこそこ複雑になっていた。
これは加速時の出力特性をできるだけ滑らかにするために、動力用の魔導回路を複数段持たせて切り替えているからだ。
魔法や、あるいは人が直接魔力を供給する形の魔導具であれば、使用者が魔力供給を絞ったり増やしたりすることである程度の出力調整ができる。けれど魔石をエネルギー源とする魔導具で機械的にそれをやろうとすると、なかなかに大変だった。
今回の試験にあたっては、そのあたりの魔導回路設計と計測機器類……新型の魔力測定器や各種アナログメーター類の開発にかなりの工数を費やしている。
☆
テスト終了後の反省会。
屋敷の会議室に集まった関係者に、ダンカンが開口一番言い放った。
「次はもっとケーブルを長くするぞ!」
「「……はい」」
爆走するジェット台車を必死に追いかけ続けた彼の言葉に、私を含むその場の全員が頷いた。
まああれは改善するべきだと思う。うん。
とりあえず言いたいことを言ってすっきりしたらしいダンカンは、言葉を続けた。
「今回のテストだが、エンジンが設計通り動作することは確認できた。問題は––––」
「魔石を短時間で大量消費する、ってことね」
私の言葉に頷くダンカン。
「そうだ。予定では今回の試作エンジンをそのまま大型化して本番用のエンジンにすることになってるが、本当にこのまま計画を進めて良いのか?」
「魔石の確保については目処が立ってるから、本番用エンジンの製作に移っても良いと言えば良いのだけど……さすがにこのまま何も改良せずにつき進むのはまずい気がするわね」
考え込む私。
ちなみに魔石の確保については、陛下に貸与して頂いた魔石鉱山からの発掘分や魔物襲撃事件の際に確保したものの他に、ある方法で『作り出した』分も勘定に入れていた。
「ちょっと待てよ。本当にそんなにたくさん魔石が用意できるのか? 中型魔石なんて一個で一ヶ月分の食費くらいはするだろ」
訝しげにこちらを見るジャック。
私は、ふっふっふ、と笑ってこう言った。
「実は先月、すごいものが完成したの!」
「はあ?」
「詳しいことは話せないけれど、これでうちは大量の中型魔石を確保できるようになったわ」
ドヤ顔の私と怪訝な顔のジャック。
ダンカンがじろりと私を見る。
「じいさんとゴチャゴチャやってたやつか。……使えるのか?」
「結構ね」
「そりゃあ結構なことだ」
「貴方にはこっちのエンジン開発で成果を出してもらうわよ」
「ふっ……上等だ」
そう言って互いに挑戦的な笑みでバチバチと視線を交わす。
ダンカンと私が話していたのは、オウルアイズ工房のゴドウィン師匠と私で開発していた『魔力再充填装置』のことだ。
魔石安定化装置の進化版とも言えるその装置は、これまで捨てていた低純度のB級魔石から魔力を取り出して使用済みのA級魔石に再充填するという革命的なものだった。
先々代のヨアヒム・エインズワースが構想し私とお師匠さまで完成させたそれは、戦略物資である魔石の大量供給を可能にする。
まさに世界を変える大発明。
だからこそ当分の間はトップシークレットとして秘匿することにした。もちろん王陛下にも内緒だ。
装置の詳細を知っているのは、開発したゴドウィン師匠と私、そしてお父さまの三人だけ。
まさにうちの『切り札』だった。
「話を戻しましょう。本番用エンジンの製作だけど、これはしばらく延期することにします」
私の言葉にみんなが頷く。
「今回作った試作エンジンで魔導ジェットエンジンの特性を研究して、より燃費の良いエンジンを作ります。ただ、そこで止まってしまっているといつまで経っても鉄道を敷くことができないので、機関車と客車の製作を並行して進めたいと思いますが、みなさんはどう思いますか?」
「異議なし」
「異議なし、だな」
即座にジャックが反応し、続いてダンカンが頷く。
他の職人たちも異論はないようだった。
「それでは二ヶ月をめどに試験と製作を進めて下さい。ダンカン、ソフィアに相談してスケジュール立てをお願いね」
「おうよ」
こうしてココメル工房では、鉄道の実現に向け開発を進めることになったのだった。
☆
「はあ……」
ある日の夕食。
王都工房と写真館の様子をみるために王都の屋敷に来ていた私は、ついついため息を漏らしてしまった。
「どうしたレティ。何か悩みごとでもあるのかい?」
お父さまの問いかけに、私は目の前のタルトに目を落としながら頷いた。
「なにか『うまく行かないな』と思いまして」
「……ふむ。私で力になれることももう大分少なくなってしまったが、良かったら話を聞こうか。誰かに話すことで楽になったり考えがまとまったりすることもあるだろうよ」
「そうですね。では……」
それから私は、今抱えている問題を愚痴のようにお父さまに吐き出した。
写真館が繁盛しているので王都にもう一店舗出したいけれど、人材が足りていないこと。
王都工房で進めている生活魔導具の省エネ改良が、思ったほどは進んでおらず、新たな一手が思いつかないこと。
魔導ジェットエンジンの燃費がどうにもよくならないこと。
そして、魔物の大侵攻のときに鹵獲した謎の黒い球体の機能と構造の解明が全く進んでいないこと。
特に球体の分析は完全に手詰まりだった。
あれが魔導具であることはまず間違いない。
中から魔力を感じるので恐らく魔石を内蔵しているのだろう。
が、それ以外のことが分からない。
全周を物理的につついてみたけれど、反応なし。
せめて何らかの魔導回路が動いているのなら蜘蛛のときのように触れることで回路構造を感じ取ることもできるのだけど、それもなし。
下手に外部から魔力を流したり解体しようとすれば、恐らく爆発するなりして壊れてしまうだろう。
完全に手詰まりだった。
「……なるほど。どれも難しい問題だな」
私の愚痴を聞いたお父さまは指をあごに当てながらそう言った。
「まず写真館の人材育成だが、こればかりは従業員を増やしながら気長にやるしかないだろう。騎士団の整備では私も苦労してきたが、人を育てるというのは時間がかかるものだ」
「そうですね」
やはり時間をかけて従業員を教育していくしかない……か。これはまあ仕方がない。
お父さまは言葉を続ける。
「だが他の問題はさらに難しい。なにせこの国いちの魔導具師であるお前とうちの職人たちが頭を抱えているんだ。そう簡単には解決策は見つからないだろう」
そこで父は「ふむ」と考え込み、ぶつぶつと呟き始めた。
「そういえば確か…………いや、でもそれだとレティが……(ぶつぶつぶつぶつ)」
「?」
首を傾げる私。
父はしばらく一人で悩んでいたが、やがて私の顔をまじまじと見つめた。
「どうかしましたか?」
私の問いに、なぜか苦悩の表情を浮かべたお父さまは、自分の頭を軽くたたくとこう言った。
「レティ。『魔術学校』に興味はあるかい?」