第108話 操りし者、そして……
☆
私たちに向かって放たれた紫の閃光。
その攻撃は空中爆発とともに爆煙をぶちまけ、辺りを黒い煙が覆った。
「…………」
遮られた視界の中、爆圧を受けて波打った自動防御の防御膜が、キラキラと虹色に輝く。
爆煙が風で飛ばされてゆく。
煙が、晴れる。
杖を掲げたままこちらを見上げている、毛皮を被った『敵』。
その目が大きく見開かれた。
「くっ!」
男は再び杖を私に指向する。
ビンッ ––––ドンッ!
ビンッ ––––ドンッ!!
ビンッ ––––ドンッ!!!!
立て続けに放たれた魔法が私とアンナの目の前で爆発し、爆煙を撒き散らす。
虹色の防御膜が大きく波打ち、黒い煙が周囲を覆う。
「『一陣の風よ、煙を吹き飛ばせ。突風』!!」
私の詠唱とともに辺りに強い風が吹き、煙を吹き飛ばす。
愕然とした表情で私を見上げる毛皮の男。
男は再び杖を上げようとして––––
「はあっ、はあっ、はっ……おえぇえええっ!!」
その場で膝をつき、地面に吐いた。
見たことのない強力な攻撃魔法の連打。
どういう原理かは分からないけれど、一発にかなりの魔力を必要とするだろうことは分かる。
そんなものを連打すれば、そりゃあ魔力酔いにもなるだろう。
私は男が吐いている間に、目の前の巨人に目をやる。
「ゴ、ガ……」
焦点の合わない赤い目でぼんやりと佇む巨人。
どう見ても普通じゃない。
私は巨人の頭に銃口を向け、
「ごめんね」
そう言って引き金を引いた。
閃光と爆音。
頭を失った巨体はふらふらと後ずさり、そのまま後ろに倒れる。
ここは戦場。
一瞬の油断が命取りになる。
私はまだここで死ぬ訳にはいかない。
迷っている余地はなかった。
私は再び、毛皮を被った男に目をやった。
「はあっ、はあっ……」
吐いて少し落ち着いたのだろうか。
男は荒く息を吐きながらこちらを睨み、体を起こしながら震える手で再び杖を私に向ける。
––––が、
「これで終わりよ」
私は右目に浮かんだ照準の真ん中に目標を収めたまま、左セレクタを『1』に。
構えていた魔導ライフルの引き金を引いた。
タンッ
乾いた音。
銃口から飛び出した鉛玉が、加速魔法陣で再加速されて撃ち出される。
バシュッ
毛むくじゃらの敵を貫通する弾丸。
杖が吹き飛び、その後方の地面に赤いものが飛び散った。
「……ぐぅっ!!」
右肩を押さえて膝をつく毛皮を被った男。
彼の足元には、懐からこぼれたらしい黒い球が転がった。
「っっ!」
よほど大切なものなのか。
肩を押さえていた血まみれの左手をその球に伸ばす。
だが球は無情にもコロコロと転がって彼から離れてゆく。
慌てて立ち上がり、追おうとする男。
だが、
「動くな」
アンナの声が辺りに響く。
地上に降りた私とアンナは彼の前に立ちはだかり、銃を突きつけた。
「両手を頭の後ろに。向こうを向いて、そのまま跪きなさい」
侍女の言葉に顔を上げ、目を見開く小柄な男。
すでに被っていた毛皮のフード部分がはだけ、禿げた頭と皺だらけの顔、そしてゴブリンのような三角の耳が露出している。
「早く!」
アンナが引き金を半引きし、加速魔法陣を起動する。
だが––––
「……ふっ」
男は皺だらけの顔で微かに笑い、何かをぶつぶつと呟いた。
「え?」
聞き返した私。
だけど彼は私の言葉を無視し、私を見据えたまま知らない言葉で話し続ける。
「ダ、ドド、ダーダー、ダ……」
(––––どこの言葉?)
私は知っている限りの国と地域の言葉を思い出してみる。けれど、そのどれとも一致しない。
「アンナ、何て言ってるか分かる?」
「いえ。聞いたことのない言葉ですね」
北大陸の言葉とは明らかに違う、原始的な言語。
「待って。大陸標準語は話せないの?」
私の言葉に男は首をすくめて『分からない』のジェスチャーをする。
––––その間も、謎の言葉を喋りながら。
私は迂闊だった。
知らない言葉を喋り続ける男の目的に、ことが起こるまで気づけなかったのだから。
その言葉に明確な意図があることに気づいたのは、男の体を強い魔力が駆け抜けたときだった。
「◯×△◻︎!」
叫ぶと同時に、魔力が左手の指に嵌った指輪に集まり、弾ける。
バッ、バババッ、ババッ、バッ––––!!
強力な魔力が連続して放出される。
さらに溢れた魔力は男自身を包みこみ––––
「っ!!」
––––攻撃される。
そう思った私は、躊躇なく引き金を引いた。
タンッ!
至近距離からの発砲。
私が撃った銃弾が、敵の左肩に命中する。
後ろに倒れる男。
次の瞬間––––毛皮を被った『それ』は全身から閃光を放ち、爆発した。
☆
「お嬢さまっ!! お怪我はありませんか???」
虹色に光る自動防御の防御膜の中。
突然の爆発に思わず腕で顔を庇った私。
慌てふためくアンナに、私は腕を下ろして頷いてみせた。
「私は大丈夫。アンナは?」
「私も大丈夫ですっ」
力強い返事にホッとした私は、黒煙が立ち込める前方を見る。
「今のは危なかったわ」
私たちのすぐ前の地面には、ぶすぶすと燻り煙をあげる半径五mほどのクレーターが残されていた。
その外周には、男が被っていたものと思われる血まみれの毛皮の破片。
「さすがにアレを調べる気にはならないわね」
「後ほど検分するよう、領兵隊長殿に伝えますね。––––それよりお嬢さま、あれを!」
アンナが指差す方……ココメルの街を振り返る。
そこには、驚きの光景が広がっていた。
狼狽え、逃げ惑う魔物たち。
ゴブリンも、オークも、剣牙虎も、巨人も。
それまでの攻勢が嘘のように、狂乱状態で街に背を向け逃げ惑っていた。
それらを市壁の上から攻撃し続ける、私の仲間たち。
「どうやら、終わったわね」
私が息を吐いてそう呟くと、私の侍女は「はい」と頷いた。
「ところでお嬢さま。コレはどうしましょうか?」
そう言って彼女がハンカチごしに掴んで見せたのは、例の黒い球体だった。
「ちょっと、不用心よアンナ! むやみに触って爆発でもしたらどうするの!?」
「申し訳ありません。次から気をつけますね。––––それで、これはどうしましょうか?」
悪びれる様子のない確信犯の侍女。
どうせ『放っておくと私が自分で拾ってしまう』とでも思ったんだろう。
まあ、その通りだけど。
私はため息を吐くと、彼女に言った。
「もちろん持ち帰って分析するわ。––––みんなのところへ戻りましょう」
「はいっ!!」
そうして私たちは、再び空に舞い上がったのだった。