第107話 小さな援軍と、蠢くもの
今回あとがきにてご報告があります。
☆
どれほど気を失っていたのだろうか。
飛び交う怒声。
機関銃の発砲音。
魔物の断末魔の声。
そして––––
「お嬢さま……」
聞き慣れた侍女の声。
顔にかかった髪をよけるひんやりした手の感触に、私はなんとか目を開けた。
「アン……ナ?」
「お嬢さまっ」
目の前に、泣きそうな顔があった。
「お体は大丈夫ですか???」
私のことを心配する彼女に、なんとか笑おうとしてみせる。
「……だいじょうぶ。魔力酔いが酷かっただけだから」
そう言って体を起こそうとする。
「お嬢さまっ!」
が、くらっとして再びアンナの膝に倒れてしまう。
「お嬢さま、まだ立つのは無理ですよ。もう少し休んでらして下さい」
「でも、私が戦わないと、みんなが……」
「大丈夫です。小癪な誰かがなんとか防いでますから」
「誰か……?」
私は、微妙な顔で市壁のへりの方を見たアンナの視線を追う。
そこには––––
「……テオ?」
私の魔導ライフルを構える、黒髪の少年がいた。
彼は引き金を半分だけ引き、ゆっくり銃口の魔力収束弾を大きくすると、引き金を引いた。
ドンッ!
閃光。
そして爆発音。
一発撃ったテオはその場で屈み、自分の胸に手を当てて魔力循環を整えると、再び立ち上がって銃を構えた。
「なんでテオがここに?」
私の問いに、アンナが不機嫌そうな顔をする。
「今回の話を聞いて、お嬢さまを追いかけてきたらしいですよ。気持ち悪いですけど、今は役に立ってます」
「そう、なんだ……」
私は目を閉じた。
––––あんなに酷いことを言ったのに、来てくれたんだ。
胸の奥が、あったかくなる。
私は両手を胸に当て、さっきテオがやっていたように体内の魔力循環を整える。
私が気絶している間も、ココとメルは『魔力安定化』の魔法を使い続けてくれていた。
大分落ち着いてきたけれど、あそこまで乱れると最後の仕上げは自分の魔力操作でやらなければならない。
しばしそうやって自分の魔力をメンテナンスすると、私は目を開け、上体を起こした。
「テオ」
私が声をかけると、座り込み魔力を整えていたテオが、はっとしたように顔を上げた。
「レティっ!」
立ち上がり、よろめきながら私のところまでやって来るテオ。
「レティ、大丈夫か?!」
「うん。もう大丈夫」
「そうか。よかった……」
テオはそのまま、へなへなとその場に座りこむ。
そんな彼に、私はなんとも言えない気持ちになった。
「……ありがと。来てくれたんだね」
「ああ。話を聞いて居ても立っても居られなくなった。それで、君がくれたこれで飛んできたんだ」
そう言って彼が指差したのは、以前私が贈った飛行靴だった。
「でも、大丈夫なの? こんな危険なところに一人で来て」
「あ、ああ。まあ大丈夫だろ。書き置きしてきたし」
そう言って目を逸らすテオ。
「やっぱり……」
私は頭を抱えた。
これは、外交問題になるかも。
そんなことを思っていると、テオはわざとらしく明るい声で言った。
「まあ、なるようになるさ! それより今はアレをなんとかしないとな」
そう言って振り返った先には、こちらに向けて咆哮する巨人。
「そうね」
私はテオの手をとって立ち上がる。
「テオ、私の銃を」
差し出した手を見て、一瞬躊躇うテオ。
「……大丈夫か?」
「ええ。無理をしなければ、ね」
「分かった」
テオは肩に背負っていた銃を私に渡す。
「武器を借りられるか?」
「ええ。––––ライオネルっ、テオバルド殿下に軽機関銃を!」
テオの魔力量なら、魔石を使わなくても射撃できる。
魔石交換の時間的ロスを無くせるだろう。
こうして私たちは、再び押し寄せる魔物の波に向き合ったのだった。
☆
テオ、私、アンナが並んで射撃を始めて間もなく。
私はあることに気がついた。
「……なにか、おかしなのが混じってる」
「え?」
空になった弾倉を交換していたテオが顔を上げる。
私は北から迫る魔物の波のほうを指差した。
「––––あのあたり。他の魔物の気配に紛れて、変な魔力が出てる気がする」
「魔力?」
眉をひそめ、私の指差す方に目を向けるテオ。
その先にいるのは、一体の巨人。
他の同族よりひと回り大きなそれは、魔物たちの最後方に仁王立ちになり、周りを睥睨するかのように微動だにしない。
「あのサイクロプスか?」
「うん、たぶん…………いえ、ちがうっ! その足元の方っ!!」
私の叫びに、テオとアンナが目を凝らす。
「……くそっ、ゴブリンどもがウヨウヨしてて見えねえ」
「目視だと厳しいかもね」
実際、私も目では見えていない。
だけど視界と魔力感知の方向を重ね合わせると、たしかにサイクロプスの足元付近から断続的に波長が変化する奇妙な魔力が発せられているのが『見え』る。
「––––ひょっとすると、あれが敵の司令塔かもしれない」
「どういうこと?」
「魔物たちを操っている『何か』がいるんじゃないか、ってこと! ––––アンナっ」
「はいっ!!」
どこか嬉しそうに、元気に返事を返す私の侍女。
「援護をお願い。飛んで行くわ。––––テオ、ちょっとの間だけここをお願いね。すぐに戻るから」
「え? ちょっと、レティ?!」
私はアンナが彼女のクマに『飛行補助』を発動させたのを確認すると、
「行ってきます!」
アンナとともに市壁から飛び上がった。
押し寄せる魔物たちの頭上を飛び越し、問題の魔力を目指して飛ぶ。
ギャーッ!!
飛び上がった私たちを狙って、生き残りのカラスたちが襲ってくる。
「『自動防御』!!」
ブンッ
ココとメルの魔法が発動し、それらを至近で絡めとる。
「このっ!!」
タタッ! タタッ! タタタッ!!
防御膜に引っかかったカラスたちに、指切りの連射を叩きこむアンナ。
実は彼女の銃は、軽機関銃化改造の第一号。
私の援護をしてもらうためには、絶対必要だから。
迎撃を続けるアンナを引っ張りながら、戦場の空を駆ける。
時速100㎞で飛べる私にとって、それは一瞬のこと。
「––––見えたっ!!」
棒立ちする巨人。
その後ろに隠れるように、問題の何かがいた。
黒く蠢く、毛むくじゃらの何か。
『それ』が顔を上げる。
目が合う。
「っ!!」
息をのむ。
見間違いようもない。
その目は、街を襲う魔物たちの赤い目とは全く違うものだった。
白い眼球に、黒い瞳。
至近距離まで近づいた私を見て見開かれた、人間の目。
次の瞬間、その毛皮の内側から、にゅっと黒い腕が出た。
その手には、木でできた短い杖。
杖の先端が指す方向は……私っ!!!!
「くっっ!!」
身構える間もなかった。
ビンッ
一閃する紫電。
ドンッ!!!!
その瞬間、紫の閃光が爆発した。
☆
またしても更新遅くなりました。
申し訳ありません。
12/15(金)発売の本作書籍2巻ですが、私の作業はこの数日でほぼ終わり、あとは最終報告を待つばかりとなりました。
まだ書影は出ていないのですが、↓の通り一二三書房さんのWebサイトでも紹介ページができておりますので、きっと無事出る! はず!!
https://hifumi.co.jp/lineup/9784824200730/
さて、↑のページを見て頂いた方はお気づきでしょうが、やっっっと!! ご報告できます。
本作のコミカライズが、いよいよ始まります!
書籍2巻刊行と同時連載開始です!!
漫画家さんの情報などはまだお知らせできないのですが、12月初旬頃にはご報告できると思います。
引き続き応援よろしくお願い致します!