第106話 ココメル防衛戦
☆
「ライフル隊、射撃始め! 撃ーー!!」
タンッ! タンッ! タタンッ! タンッ!!
号令とともに、魔導ライフルがつるべ打ちで火を噴く。
距離四百メートル。
波のように迫る先頭のゴブリンたちがパラパラと倒れる。
だが、何事もなかったかのようにそれらを踏み越え、一心不乱に押し寄せる魔物の大群。
その数と勢いに、圧力に、背筋が寒くなった。
今、私とアンナは北の市壁の中央部に降り立ち、迫り来る敵を睨んでいた。
台形状の盛土によって作った誘引路は、西、中央、東の三箇所。
虎の子の重機関銃二挺は東と西に配置し、それぞれグレアム兄さまとお父さまが指揮を執っている。
これは重機関銃の長射程を利用して、東西から回り込まれるのを防ぐための措置だ。
反面、中央は手薄となるため軽機関銃を多めに配置し、さらに『拡散射撃』ができる私がここを守ることになっていた。
目の前の敵は、雲霞のように押し寄せてくる。
「これだけ敵がいれば、外すこともないわね」
「はいっ!」
私の強がりにアンナが応える。
私は魔導ライフルを構え、クマたちに呼びかけた。
「ココ、メル、––––『魔力安定化』」
「「はーいっ!!」」
二人の手に魔法陣が浮かび、私の身体に魔力が還流される。
魔力酔い対策も完了。
ここからは全力射撃だ。
半分だけ引き金を引く。
ブンッ
銃口の先に浮かぶ十個の光弾。
そして、大小二つの加速魔法陣。
私は正面の敵に狙いを定めると、
「––––吹き飛びなさい」
引き金を引いた。
ドンッ!
体を揺らす反動。
拡がるように発射された光弾。
––––ドドドドドンッ!!!!
ギャーーッ!!
敵の先頭で、真ん中で、ほぼ同時に複数の光弾が炸裂し、多数のゴブリンとオークが爆散し宙を舞った。
「「おおっ……!!」」
兵士たちから感嘆の声が上がる。
––––これで少しでも士気が上がると良いのだけど。
私はそんな思いとともに、再び引き金を引いた。
☆
グガァアアアアアアアア!!!!
不気味な叫び声をあげながら押し寄せる魔物たち。
それらはあっという間にその赤い目が見分けられる距離にまで達し、波のように私たちが作った台形の土塁にぶつかった。
だが…………
「うそ?!」
私は愕然とした。
驚いたことに魔物たちは、盛土の傾斜も、そこに張られた有刺鉄線の障壁をもものともせず、そのまま急な坂をかけ上がって来たのだ。
もちろん誘引路にも敵は殺到している。
だけど『そんなことは関係ない』とばかりに、敵の波はほとんど勢いを削がれぬまま、面で押し寄せてくる。
有刺鉄線に引っかかったゴブリンを踏み倒し、そのまま突き進むオークたち。
同族の骸を踏み潰してゆくゴブリンの群れ。
それはもはや狂気でしかなかった。
「総員、全力射撃っっ!!」
後ろで指揮をとる領兵隊長のライオネルが叫んだ。
タタタタタタタタタタタタタタタタッ!!
ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!
ドドドドドンッ!!
軽機関銃が押し寄せるゴブリンを薙ぎ払い、魔法剣から放たれる火球と私の魔力収束弾が炸裂してオークを吹き飛ばす。
だが魔物たちは、倒しても倒しても押し寄せて来る。
そして敵はついに土塁の頂上に到達し、そのまま市壁との間に設置した通路に雪崩落ちて行った。
そこは私たちが用意した、最後のキルゾーン。
パンッ! パンッ! パンッ! パンッ!
タタタタタタタタッ!!
土塁の下に掘った掩蔽壕と、市壁と結ぶ塹壕からの十字砲火が、キルゾーンに落下した魔物たちに集中する。
ギャァアアアアアアッ!!!!
絶叫をあげて倒れてゆく魔物たち。
掩蔽壕や市壁に取りつこうとした個体も、すぐに血飛沫をあげて吹き飛ばされてゆく。
「……大丈夫。ちゃんと戦えてるっ!」
市壁の上から下を覗き込んで戦果を確認した私は、そう自分に言い聞かせると、押し寄せる魔物に向かい再び引き金を引いたのだった。
☆
それから一時間あまり。
私が考案してみんなで作った陣地は、概ね良好に機能していた。
だけど––––
「くそっ! こいつっ!!」
傍らの兵士が、市壁のへりにまで登ってきたゴブリンを剣で叩き斬る。
「おらああっっ!!」
タタタタタタタタッ!!
別の兵士が、壁にしがみつき半身を現したオークの顔面に、至近距離から軽機関銃を叩き込んだ。
ガァアアアアッ!!!!
瞬く間に穴だらけになり、血煙とともに後ろに倒れ落ちてゆくオーク。
魔物たちは壁の前に積み上がった仲間の屍を足場に、市壁の上に這い上がり始めていた。
最早、掩蔽壕の前も死体の山となり、キルゾーンもあまり機能しなくなってきている。
「お嬢っ!」
呼びかけに振り返ると、領兵隊長のライオネルが険しい顔で立っていた。
「なに?」
尋ねた私にライオネルは言った。
「グレアム様が守る東がヤバい。市壁は持ちこたえてるが、陣地構築が不完全な丘の方にまわり込まれてる」
「防げそう?」
「あそこは突貫工事だ。人員も魔導剣と魔導弓が中心で、軽機関銃はほとんど置けてない。このままじゃ長くはもたんだろう。そこで……」
市壁から下を見下ろすライオネル。
「土塁の中にいる連中を引き揚げさせて、東に重点的に配置したいが、構わないか?」
なるほど。
すでに掩蔽壕によるキルゾーンは大きくその効果を減じている。
それなら、東の丘への救援と、市壁の防衛に人員をまわした方がいいだろう。
「分かったわ。すぐに部隊配置を転換して」
「承知した!! ––––おい! 伝令を出すぞ!!」
こうして私たちは盛土で造った土塁を放棄することしたのだった。
☆
さらに一時間ほどが経った。
状況は悪化する一方だった。
私たちの目の前には、一時間前と変わらぬ魔物の絨毯。
おまけに、ゴブリンやオーク以外の魔物も混じり始めていたのだ。
ドオンッ! ドオンッ! ドオンッ! ドオンッ!!
「サイクロプスが突っ込んでくるぞー!!」
地響きをたてて街に迫る一つ目の巨人。
その背の高さは、市壁を軽く超えている。
「……っ!」
私はライフルの右セレクターを『1』に合わせ、魔力収束弾を多重加速モードに切り替える。
「ココ、『中距離射撃モードON』!!」
「りょーかいっ!!」
右目の視界が拡大され、照準が浮かぶと同時に引き金を引く。
ドンッ!!
銃口から放たれた光の矢は、五つの魔法陣で加速されて一直線に飛ぶ。
そして、
ドカァアアアンッ!!
巨人の右胸元に着弾して爆発する。
ガァアアアアアアッ!!
右肩から先と、顔の右の一部を吹き飛ばされた巨人は恐ろしい雄叫びをあげて膝をつく。
が、そのまま倒れてはくれなかった。
ウガァアアアアアアッ!!
吠えた巨人は再び立ち上がると、大量の血を噴き出しながら、鬼の形相でこちらに向かって走り始めたのだ。
「お嬢さまっ!」
「分かってる!!」
もう一度狙いをつけ、撃つ。
光弾が再び巨人に突き刺さり、腹部で爆発した。
吹き飛ぶ四肢。
巨人は今度こそ立ち上がることなく、バラバラになって大地に転がった。
「はあっ、はあっ……」
目がまわる。
巨人を相手する直前まで、拡散射撃モードで撃ちまくっていたのだ。
その直後の多重加速モードの二連射。
魔力安定化の魔法が、追いつかない。
「ちょっと、休憩……」
そうして私が膝をついた時だった。
「うわぁああああっ!!」
タタタタタタタタッ!!
左手であがる悲鳴と連射音。
私が振り返ると、巨大な虎が市壁に脚をかけていた。
軽機関銃を持った兵士が腰をぬかし、銃を連射している。
が、虎の毛皮は銃弾のほとんどを受け止めてしまい、魔物は動じることなくゆっくり兵士を狙おうとしていた。
「下がれっ! 剣牙虎だ!! 生半可な攻撃じゃダメージが入らんぞ!!」
叫ぶライオネル。
その間も巨大な虎は動き続け、ついに市壁上の通路に完全に上がってきた。
「下がって……!」
私の言葉に、アンナが反応する。
「みんな、射線をあけて!! お嬢さまが攻撃します!!」
慌てて下がる兵士たち。
そうして射線が通った瞬間、虎が私を見た。
目が合う。
「……バイバイ、猫ちゃん」
私はひざをついたまま、引き金を引いた。
閃光。
爆発。
そうして私は崩れ落ちた。
––––レティっ!!!!
閉ざされゆく視界の中で、
遠ざかる意識の中で、
誰かが私の名を呼んだ気がした。