第100話 やるべきことを
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魔物の増加数が思った以上に多い。
どうやら夜中も移動しながら合流を続けているようで、わずか半日で倍以上に増えていた。
もっとも、移動する速度自体は相変わらずとてもゆっくりとしている。
このペースが変わらないなら、ココメルへの到達は明後日の午後になるだろう。
準備の時間が長く取れそうなことにホッとする一方で、私は新たに明らかになった問題にため息を吐いた。
(––––夜戦になった場合のことも、考えないといけないわね)
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仲間たちの献身的な働きによって、戦いの準備はすごい勢いで進み始めていた。
昼食を簡単に済ませた私とアンナは、それぞれの進捗を自分の目で確認するため、各現場に足を運ぶことにしたのだった。
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私たちが最初に足を運んだのは、敷地内にある工房だった。
「––––よう、嬢ちゃん。言った通り、ちゃんと図面は仕上げたぜ」
工房長室の机にへばりついて寝落ちしていたダンカンは、私に気づいて顔を上げた。
「ごめんね、邪魔して。……って言うか、なんで仮眠室を使わないの?」
「弟子に作業させてのんびり寝てたら、格好つかんだろ」
「意地っ張りねえ」
「日が暮れて仕事が終わりゃあ、俺も寝るさ」
その言葉に、肩をすくめる私。
「とにかく今日は、もう工具は握らないように。これは命令だからね」
「ほいほい」
私はため息を吐き、「ちゃんと休んでね」と言って部屋を出た。
ダンカンは徹夜で製図を行い、自身の宣言通り昼までに魔導ライフル連射化の図面を完成させていた。
図面はすぐに工房の職人たちに回され、新たな魔導基板と増加魔石スロット、それに軽機関銃として運用するための二脚の製造が始まっている。
弾丸に回転をかけるように改良した量産型魔導ライフルは、約四百メートルまで有効射程が伸びているけれど、連射するとなれば相応の反動を覚悟しなければならない。
初弾こそ当たるだろうけれど、おそらく連射二発目以降の射程は半分以下になるだろう。
それでも、数十倍の数の敵と戦うのであれば、連射できる武器は多ければ多いほど良い。
地面を埋め尽くすほどの数の敵を、まともな大砲もなく迎え撃とうというのだ。
とにかく弾丸をばら撒くしかない。
またダンカンに頼んでいたもう一つのこと……現在ココメル工房に二挺ある『十二ミリ重機関銃』の試作品用の弾丸の量産も始まっていた。
生産に従事するのは、領内の各婦人会の有志。
この重機関銃は、対竜操士の切り札として以前から私とダンカンで開発を進めていたものだ。
有効射程千二百メートル。
発射速度は一分あたり約五百発。
布製ベルトによるベルト給弾式を採用し、パワーソースとして中型魔石四個を使用する。
三脚での運用を基本として、専用の銃架を使用することで二連の対空機関銃としても使えることを目指して開発してきた。
残念ながら対空用の本命『動力付き回転銃座』はまだ設計段階だけれども、銃本体と単装の手動回転銃架についてはほぼ出来上がっている。
たった二挺ではあるけれど、デビルクロウの迎撃だけでなく、地上の敵に対しても『守りの要』となってくれるはずだ。
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工房を出た私たちが次に向かったのは、街の北門だった。
傍らの階段を上って市壁の上の通路に出ると、部下に指示を出していた領兵隊長のライオネルがこちらを振り返った。
「よう、お嬢。視察かい?」
「ええ。現場はどんな感じかなって」
「まあ、見てくれよ。皆、頑張ってるぜ」
ライオネルに促されて市壁の際から外を見下ろすと、大勢の人たちが横七百メートルの市壁に沿って工事を進める光景が目に入ってきた。
街の周りに巡らせる防御陣地については、予定通り午前中に設計が終わり、午後から工事が始まっている。
兵士だけでなく、街の大工さんや地域防衛隊の人たちも総出で作業を進めてくれていた。
ライオネルが見通しを説明してくれた。
「まだ始まったばかりだが、悪くないペースだな。この調子なら、敵さんが来るまでにはある程度形になるだろうさ」
「みんなの協力と頑張りのおかげね」
私が微笑すると、ライオネルは「まあ、それもあるんだが……」と言って、傍らに置かれているスコップを持って来た。
「お嬢が作った『コレ』がかなり使えるんだ」
そう言って、スコップの柄の先の方にボルト留めされたリング状の部品を指差した。
「あ、『パワーサポートアタッチメント』ね!」
「そう、そのナントカって輪っぱだ」
「輪っぱって……」
苦笑いする私。
彼らが地面を掘るのに使っているのは、私が開発した『パワーサポートアタッチメント』を取り付けた魔導スコップだ。
普通のスコップや鍬の柄の部分にボルト留めするだけで効果を発揮する優れもので、文字通りスコップや鍬の動きをサポートする。
元々、農業や治水工事用にと開発したこのアタッチメントは、構造が簡単で低コストなこともあって、この半年で領内に急速に広まっていた。
堀を掘るにしろ、盛土を盛るにしろ、作業はすべてスコップを使って行う。
私が、少しでも農作業や工事の作業を楽にしようと作ったものが、ここにきて皆の命を守るために使われている。
魔導具師としてこんなに嬉しいことはない。
「お嬢。この輪っぱだが、あるかどうかで作業スピードも作業者の負担も段違いなんだ。できればもう少し数が欲しいんだが、なんとかならないか?」
「––––わかったわ。ソフィアに言って南部の各村で持っているものをすぐに送ってもらいましょう」
「頼んだぜ!」
ライオネルは、にっと笑って親指を立ててみせた。
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その後、私とアンナはロレッタに案内されて街の飲食店に設置された簡易避難所を視察した。
その飲食店では一時的に椅子とテーブルを端に寄せ、空いたスペースを紐とシーツで区切って簡易の避難所としていた。
これは私のアイデアをソフィアが採用し、町会に実現を働きかけてくれたものだ。
やや狭くはあるけれど、かつて日本が体育館などの避難所でやっていたように、ある程度プライバシーを確保できるということで、避難してきた人たちには好評なようだった。
「このような簡易避難所を市内に二十件ほど確保し、小さい子供がいる家庭に優先して入ってもらうようにしています。あとは、公的施設に設置した避難所と、個人宅へのホームステイと、野営用のテントでなんとか……」
最後だけボソボソと口ごもるロレッタ。
おそらく、最後のテントで夜露を凌がなければならない人も多いのだろう。
なにせ、人口五千人のココメルに、北部十村の三千人もの人が避難してくるのだ。
どうしたって、宿泊先が足りなくなる。
「最近暖かくはなってきたけれど、夜と早朝はまだまだ冷え込むわ。体力的にも精神的にも厳しいでしょう。南部への疎開の件は、順調?」
「はいっ! 明日の午前には第一陣の馬車が出発する予定です」
「避難している人たちの負担にも配慮してあげてね」
「もちろんですっ」
ロレッタに頷いた私は、屋敷の会議室に戻ることにしたのだった。
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避難民の受け入れと、戦闘に向けての支援体制については、ソフィアとロレッタが準備を進めてくれていた。
地域防衛隊や婦人会、町会との連携。
避難所の設置と割り振り。
炊き出しの手配。
疎開先の南部各村との連絡調整。
救護所の設置。
二人は王国トップレベルの事務処理能力を如何なく発揮し、次々と発生する無数のタスクを同時並行で処理していた。
会議机の端に座り、次々と指示を出してゆくソフィア。
その姿はまさに『エインズワース領の司令塔』。
彼女がいなければ、私の思いや指示は、絵に描いた餅だっただろう。
☆
私が会議室に戻ってしばらく経った頃。
ココメルに最後の避難者の一行が到着した。
そう。
早朝に会ったナクハ村の人たちだ。
全員、疲労困憊しているものの、脱落者はゼロ。
無事、この街に到着したとのことだった。
ライオネルからその報告を聞いた私たち。
するとソフィアが少し考えて立ち上がり、私のところへやって来た。
「レティシア様。お願いしていた件、二時間後の十八時からでいかがでしょうか?」
「––––分かった。準備するわ」
ソフィアの言葉に、頷く私。
「しばらく書斎にいるから、何かあったら呼んでくれる?」
「かしこまりました」
秘書の言葉を背に会議室を出た私は、アンナと一緒に自分の部屋に向かった。
みんながそれぞれの場所で、必死に準備を進めてくれている。
––––私も、やるべきことをやらなければ。