第10話 クレーム
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工房の受付では、カウンターを挟んで体格のいい二人の男が睨み合っていた。
細身の青年がその横でワタワタしている。
「修理から戻ってきたばっかなんだぞ! 何で一度使っただけで壊れるんだ?! 手抜き修理じゃねーか!!」
客と思しき冒険者風の男性が、拳でドンッとカウンターを叩く。その衝撃で、カウンターに置かれた鞘入りの剣が飛び跳ねた。
「なんだと? もう一度言ってみろ!! うちの仕事にケチつけようってのか?!」
カウンターの内側にいる無精ヒゲの職人が、こちらもドンッとカウンターを叩いた。
再び飛び跳ねる剣。
むしろカウンターさんが可哀想だ。
「や、やめて下さい! お二人とも!!」
必死で二人の間に割って入る、店員と思われる細身の青年。
「…………」
なるほど。
なんとなく状況が分かってしまった。
男二人の言い合いは、入店した私とアンナをまるで無視して続いていく。
ただ一人、細身の店員だけがすまなそうに『申し訳ない』というジェスチャーをこちらに送ってきた。
「こっちはコイツが壊れたせいで危うく仲間が死ぬところだったんだぞ!」
「魔導具はあくまで補助だ。てめえの腕のなさを武器のせいにしてんじゃねえ!!」
「なんだとこの野郎!!」
もはや一触即発。
幅広のカウンターがなければつかみ合いのケンカが始まっていただろう。
––––うちの店で揉めごとを起こさせる訳にはいかない。
私はつかつかと二人のところに歩いて行き、客の男に話しかけた。
「少々よろしいでしょうか、お客さま」
「あん? ……なんだあんたは。店の手伝いか?」
値踏みするような男の視線。
どうやら私のことを掴みかねているようだ。
まあ、突然工房で妙な格好の娘に話しかけられたらこういう反応になるだろう。
さすがにドレスで工房に来る訳にはいかないので、今日は私専用の作業服……飲食店の給仕服を上品にしたようなもの……を身につけていた。
一見して貴族には見えないけれど、ただの町娘にも見えない。かと言って有力商人の娘にしてはデザインが実用的すぎる。
そんな微妙な服だ。
閑話休題。
彼の質問にどう答えたものだろう。
工房の関係者なので『店の手伝い』と言っても間違いではないかしら?
一瞬迷って、私は笑顔で頷くことにした。
「……ええ。お手伝いのようなものです。それでそちらの魔導剣ですけど、私にも見せて頂けませんか?」
「別にいいぜ」
客の男性は、鞘入りの剣を私の前に押しやった。
私がその剣の柄の部分を覗きこもうとすると……
「おい、お前! 何勝手なことやってんだ」
無精ヒゲの職人が、私に怒鳴ってきた。
男はカウンターごしに威圧する。
「関係者でもない人間が、何を出しゃばって––––」
「親方っ、だめです親方っ!!」
慌てて職人を制止する細身の青年。
彼に『親方』と呼ばれた男は、今度は青年を睨みつける。
「ンだよ、おめえ。部外者に首突っ込まれてんだぞ! 何がダメなんだ?!」
ガラが悪いなあ。
私が顔をしかめていると、青年が必死にアンナの方を指差した。
「ほら親方、あれを見て下さい! あれ!!」
「ああん?」
言われた親方は怪訝な顔でアンナを見て…………その顔からさぁっと血の気が引いていくのが分かった。
「…………?」
なんだろう。
アンナの方を振り向いた私は、理解した。
彼女に持ってもらっている工具鞄。
革製の旅行鞄をふたまわりほど小さくしたようなそれには、はっきりとフクロウと蔦……つまりオウルアイズ伯爵家の紋章が彫り込まれていた。
「くっ……」
私がこの工房の『関係者』だということが分かったのだろう。親方は、苦々しい顔で黙り込む。
はぁ、と溜め息を吐いた私は気持ちを入れ替え『彼ら』を呼んだ。
「ココ、メル、手伝って」
『はいよ!』
『呼んだ?』
私が肩がけしているカバンから勢いよく飛び出し、宙を舞うクマたち。
「「おわっ?!」」
突然のことに驚く三人の男性。
「それ…………魔導具か?!」
親方が目を剥いた。
驚く三人を尻目に、私はクマたちを操り、くだんの剣を掴んで目線の高さまで持ち上げた。
そしてそのまま剣の柄の部分を観察する。
「…………ん?」
私は首を傾げた。
柄の握りの部分には細かい溝が彫られ、魔力流路が這っている。
その流路を形作る魔導金属線の太さが、どうにも不ぞろいなのだ。
まるで一度切れた線を、あちこち無理やり継ぎ足したかのように。
「…………」
念のため、ココとメルをぐるりと回して背面側の柄も確認する。
「……これはひどい」
思わず口に出た。
同時に、頭に血が上っていく。
「そこのあなた!」
私は親方を睨んだ。
「な、なんだよ……」
「あなたがここの責任者?」
「そうだが?」
露骨に不快そうな顔をされる。
––––いや、怒ってるのはこっちだから!
「ちょっとそれを見てみなさい」
私はココとメルを操り、剣の柄を彼につきつけた。
「うおっ?!」
目の前に飛んできた剣に、仰け反る親方。
「その修理跡を見て、何か言うことは?」
私の言葉に、彼は不満げにこちらを見ると、しぶしぶ柄の状態を調べ始めた。
そして一言。
「酷えな、こりゃあ」
まるで他人事のような言いぐさだった。
思わず「貴方が管理する工房でやった修理でしょう?!」 と怒鳴りそうになった時、親方は傍の細身の若者を振り返った。
「おいお前。修理した奴を連れてこい」
「は、はいっ」
青年は慌てて台帳を確認すると、工房の奥に消えて行った。
待つことしばし。
修理を行った職人が呼ばれ、店頭に出てきたその姿を見た私は唖然とした。
「まだ子どもじゃない!」
目の前の酷い修理を行ったという職人は、明らかに十代前半と思われる少年だった。私と同い年か、ひとつふたつ年上だろうか。
煤にまみれ服も肌も黒くなった少年は、ちらっとこちらを見るとボソッと呟いた。
「……あんたも子どもだろうが」
ああ、うん。そういえばそうだったね。
つい『児童労働』という単語が頭をよぎってしまったけれど、ここは日本じゃない。子どもでも、生きるためには働かなければならない世界だ。
「おいジャック。こいつの修理、やったのはお前か?」
親方がドスのきいた声で少年を問いただす。
私はココとメルを操作し、ジャック少年の前に剣を動かした。
「な、なんだよこれ?!」
宙に浮かび剣を持つクマたちに驚くジャック。
親方はその問いに答えることもなく「どうなんだ」と詰め寄った。
少年はしぶしぶ剣の柄を確認すると、吐き棄てるように言った。
「……オレの仕事だよ」
次の瞬間、少年が横に吹っ飛んだ。