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第22話 火蜥蜴の月

 ここサンティカでは、暦の月に十二の精霊の名が冠されている。

 天空に浮かぶアメジスト色の月の廻りに合わせ、季節ごとに分かれた呼び名がある。

 中でも、1年の中で最も気温の高くなる季節を火の精霊に擬えて呼ぶ。


 雨季が明けた本日は、火蜥蜴(サラマンダ)の月。

 つまり──────


 闘技会(グラディア)の開催月だ。



「皆さん、短い間でしたが、大変お世話になりました」



 俺は訳2ヶ月半もの間お世話になった中央の獣人診療所で、獣人医の先生に退職の挨拶をした。

 と言っても、最終日の夕方になって簡単に済ませただけなのだが。

 俺が借りていた白衣を綺麗に畳んで差し出すと、受け取った若い獣人医の先生は、どこか寂しそうに微笑んだ。



「本当にお疲れ様でした。この2ヶ月ちょっと、君が居てくれたお陰で随分助かりましたよ」


「いえ、未熟者の俺ではあまりお役に立てなかったでしょうが、そう言って頂けると嬉しいです」


「いやいや、本心からですよ! アレン君は栄養学の知識もありましたからね、最後の方には入院患者の献立作りまでやってもらっちゃって……本当に大助かりでした。君のようなゼネラリストはこの業界では大変貴重で……できればこのまま、ここでずっと働いて貰いたいくらいなんですけどね!」



 受け取った白衣を自身のデスクの上に置きながら、先生は普段の激務の疲れも感じさせないような雰囲気で話す。

 サンティカ中の獣人医療を一挙に受けている先生だが、市民からの評判が良いのも頷ける。 



「いやぁ、体力もあるし、雰囲気も優しいし……本当に姉さんが言っていた通りの…………あ゛っ」



 思わず口を滑らせたのか、若き獣人医…………アンセーラ先生の弟さんは、鋭い八重歯が覗くほどに口を開けて固まってしまった。

 みるみるうちに、先生の鼻の頭に汗が噴き出て来るのが見える。 

 



「い、いや、僕が姉さんに言ったとかじゃなくて、その……姉さんはもう知ってて……ええぇぇと」


「……先生、大丈夫です。先生がキャドリーさんのご指示の通り、俺の事を他言せずにいてくれたのは知ってますから。アンセーラ先生には、雨季の豊穣祭のときにバレました」



 笑顔で返す俺を見て、先生の弟さんは心底安心したかのように胸を撫で下ろした。

 なんと言うか、やはり本当にアンセーラ先生とは似ても似つかない性格の弟さんだな。

 どこかひょうきんな、ほんわかとした雰囲気のある弟さんは一緒に仕事をしていてとてもやりやすかった。

 2人とも凄腕の獣人医である部分は共通しているが、こんなに穏やかな弟さんには是非ともいつかアンセーラ先生の仕事風景を見て貰いたい。


 そんな事を考えながら、俺はそのままひっそりと()職場を後にした。




 ◆ ◆ ◆ 




「お疲れ様でした、モルダン様。今日がお約束の日でしたね」



 退職の翌日、2ヶ月半前と同じように豪華絢爛を絵に描いたような部屋へと通された俺は、以前と全く同じ席でテーブルを挟んでキャドリーさんと座っている。

 相変わらず目眩がするほど煌びやかな部屋だが、よく見れば壁に掛けられている絵画が変わっている。

 2ヶ月半前はサンティカの遠景を描いたものだったはずだが、今日は白い髪の美しい女神を描いたものになっていた。

 恐らくこの絵も、とんでもない値段がするんだろうな。



「ありがとうございます、キャドリーさん。お手配を頂いたお陰で、この2ヶ月半の間ずっと集中して勤務できました」


「いえいえ、それはモルダン様の勤勉な精神があってこそ出来たことでございますわ。診療所の職員からも、モルダン様の働きぶりに関して大変な好評を伺っております(ゆえ)。ある看護の職員からは『なぜ2ヶ月だけなんだ、正規配属してくれ!』と要望まで出ている有様ですよ、ほほほ」



 上機嫌なキャドリーさんだが、今日はテーブルの上にはブランデーが置かれていない。

 その代わり、革の外装に金属で縁取られた、四角い大きな鞄が置かれている。



「では、早速ですが報酬をお渡し致しましょう。まずはこの2ヶ月余りの診療所勤務に関する賃金ですが、ひと月あたり40万とし、計80万です。それから以前にお話し致しました、私個人からの贈与が50万、そして────────」



 手元にあるメモを読みながら、キャドリーさんは金額を読み上げていく。

 はて、今読み上げて貰った額で満額のはずだが……?

 いつも笑っているキャドリーさんの口角が、やや締まったのが見えた。



「モルダン様がお父様の品々を売却した古物商がございますな。実はアレも我が商業組合の一角でございましてね」



 メモを閉じながら、キャドリーさんがにやりと口元に笑みを浮かべる。

 紫色に光る瞳が、細くなる。

 どこか冷たさを感じるような美しい顔の鱗が、艶かしく輝いた。



「あれだけの品を入れて頂いたにも関わらず、たしか古物商の店主は5万かそこらをモルダン様にお渡ししたと聞きましたので……」


「え、えぇ……確かそれくらいの値段で買い取って頂いて、お金も既に貰っております。この2ヶ月の生活費でしたので」



 そこまで言って、俺はキャドリーさんの目が全く笑っていない事に気が付いた。

 煌びやかな装飾品に身を包んだ彼女が、どこか恐ろしい雰囲気を纏っている。

 見るものを石に変えると言われる尾蛇獣人(コカトリス)族の瞳。

 少なくとも、俺に向けて怒りをあらわにしている訳ではなさそうなのだが……。



「モルダン様、急な入用とは言え、あれほどの品々をたった5万で手放すのは冗談にも程がございます。書籍の中にはすでに手に入らない貴重な物もあり、また訓練器具におかれましても一品物ばかり。しかし何よりも解せないのは、あれにたった5万ガルドという査定を下した我が組合員の不義理です。富豪から毟り取るならいざ知らず、モルダン様に正当な対価をお支払いしないのは我が組合の名折れ。私自ら赴き、査定額を改めさせました」


「え? えっ??」



 深々と頭を下げるキャドリーさんの言葉を聞き、俺は大いに焦っていた。

 な、何だって?

 査定済みで、お金まで貰っている古物商に、業務改善の命令をしたって事だろうか?

 お、俺の知らないところで、とんでもない事が起こっていたのかもしれない。

 店主の男の無事を祈る……石にされていなければいいのだが。



「ここにその金額を足しておきましたので、どうぞお納めくださいませ。全て合わせて180万ガルドです」


「え…………!? ひゃ、180…………!?」



 俺はキャドリーさんが開けてくれた箱、その中身を見て驚いた。

 そこに入っていたのは金色に輝く10万ガルド金貨が8枚と……滅多に手にすることの出来ない、虹色に輝く100万ガルド白金貨(はっきんか)だった。

 一部の大型通商で使われる白金貨だが、この目で見るのは初めてだ。

 貝殻の内側を思わせるような七色の光沢がある金属で縁取られており、一見して特別な価値のあるコインであると解るほどだ。

 白金貨に限らず、箱の中にある全てのコインがベルベットで作られた艶やかな布の上に置かれている。



 これだけの額があれば、シュトルさんへ満額支払った後もしばらくの間は不自由せずに済みそうだ。



「まさかここまでして頂けるなんて……ありがとうございます、キャドリーさん。何とお礼を申し上げれば良いのやら……この御恩は、いつかしっかりと返せるよう頑張ります」


「ふふふ、モルダン様、どうかお気になさらず。以前も申し上げましたが、私の贈与である50万ガルドも含め、これは慈善や思いつきではなく、れっきとした『投資」でございます(ゆえ)


「投資、ですか。私たちにその価値が生まれるといいのですが……」



 箱を渡し終えたキャドリーさんは、その場で静かに立ち上がる。

 袖から覗く腕には、尾蛇獣人(コカトリス)族の艶やかな鱗が煌めく。



此度(こたび)の取引はミレーヌ様が繋いで頂いた大切な(えにし)でございます。……もし、モルダン様の大願が果たされた際は、是非とも我がサンティカ商業組合をメインで提供源(スポンサード)として頂きたく、つきましては御贔屓(ごひいき)の程……」



 キャドリーさんは胸に手を当て、再び深々とお辞儀をした。

 さすが、サンティカ最大の商業組合理事。

 彼女にとっては50万ガルドなど端金に過ぎないのかもしれないが、その金で俺に恩を売れるとなれば、これは立派な『商談』と言う事だろう。

 元々観客からの人気が高いピノラが、もし何かの奇跡が起きて闘技会(グラディア)で優勝などしようものなら、その提供源(スポンサード)としての位置を確保しておけば莫大な利益を生むのかも知れない。

 お金を受け取った以上、ますます勝たなければならない理由が増えた。



「わかりました、キャドリーさん。その際は是非とも末長いお付き合いをお願い致します。……最後にひとつ、お伺いしてもいいですか?」



 報酬金を箱ごと渡された俺は、受け取りつつキャドリーさんに問いかける。

 


「はい、わたくしに答えられることでしたら、何なりと」


「……ミレーヌさんって、何者なんですか?」



 キャドリーさんは、最上の笑顔を浮かべて即答した。





「モルダン様、それは知らない方がよろしいかと」

 


 

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