講釈令嬢の話は長い
「エリザベッタ=クラリスロキサシーネ公爵令嬢、今日、この場限りで、そなたとの婚約は破棄させてもらう。」
王立貴族学園の定例行事である、全生徒、全教師参加が義務付けられている舞踏会において、突如、壇上に上がった王太子アレクサンドリーチャ=ミノサイクルメイラード殿下は、そう宣言したのだった。
「いったい、どういうことなんだ。」
突然の出来事に状況を飲み込めない生徒たちは、ざわつき始め、事の重大性に気付いて、何とか収拾を図ろうとする教師たちも、具体的な策が思いつかない。辺りは騒然として、華やかなパーティーの雰囲気はすっかり消し飛んでしまった。
その時、パシンっ!と何かが叩かれる音がした。
続いて、また、パン、パン!という音。
皆がその音に驚き、音のした方を見たところ、なぜか、たった今、婚約破棄を申し渡されたばかりのエリザベッタ公爵令嬢が、これまた、なぜか、忽然と現れた木製の机を、手にした扇子で叩いていたのだった。
「この様な場での突然のお話。」
エリザベッタは一言、言葉を発すると、パン! と、またも威勢の良い扇子の音を机の上に鳴り響かせた。
「前もって、然るべき手続きを踏んだ上で。」
エリザベッタは言葉を続けると、パン! パン!と扇子を叩きつけた。
「私奴に理由をお聞かせいただくのが、筋というものではございませぬか?」
成程、当然の言い分である。その場にいた生徒たち、教師たちも、同様の考えであった。
その空気を、すかさず読み取った王太子アレクサンドリーチャ。
「ええい、控えおろう! そなたの立場で口答えをするとはけしからん!」
立場が上であることを示すべく、そう声高に発したのだった。
しかし、それで怯むエリザベッタではなかった。パン! 扇子を叩きつける音が再び鳴った。
「これはこれは、ご無体な。理由も明かされず、ただ、宣言だけすれば、立ち消えになるような、そんな軽いものであったとは。王家の婚約に対する認識が、そこまで低いということを、私、たった今、たった今、この場で知ること~に。」
パパン!
「そもそも、始まりは、王家の方からのお話でございました。私が3歳の誕生日を迎えた日、王家から我がクラリスロキサシーネ家に届いた1通の手紙。」
パン、パパン!
「それが、私の運命を変えてしまった。のでございます。」
パン!
「そこに書かれていたのは、ご提案というよりも、ご命令に近いものだった。と、私、両親から聞かされておるのでございます。まだわずか3歳であった私には、到底理解などできようもございませんでしたが、いずれ成長の暁には、その身を持って王家に奉仕せよ。との文言が、黒々と、いやもう、黒々と、はっきりくっきり、書かれていた。ということなのでございます。」
パン!
「それからの毎日は、こう申しては何ですが、普通の子どもでいることが許されぬ毎日でございました。わずか3歳にして、遊ぶことも禁じられ、礼儀作法から王家の歴史、我が国の産業、そして文化、他国の言葉も数か国語、ダンスに乗馬に護身術。とにかく、ありとあらゆることを、それはもう、厳しく、き、び、し、く、文字通り叩き込まれたのでございます。」
パン、パパン!
「この場で、その婚約を、たった、たった一言で破棄なさるとおっしゃられるならば、せめて、その理由をお聞かせ願いたい。と望むことは、それほどまでに、それほどま~で~にぃ~。」
パン!
「あ、許しがたきこと。と、言われますのでしょ~ぉう~かぁ~?」
パン!
パチパチパチパチ。
会場中から拍手が上がる。
皆、王太子アレクサンドリーチャが次に発する言葉を、固唾を飲んで見守った。
「エリザベッタ=クラリスロキサシーネ公爵令嬢。」
アレクサンドリーチャは、眉間にその長い指を優雅にあて、沈痛な面持ちで続けた。
「そなたの話は、長すぎる。あと、くどい。」