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第七話 「今日という日」

「へぇ、世界をいつもより明るく感じたのかい」

「ええ。採光量を調節したわけではありません。計算してみたのですが、太陽の位置とも無関係です。何より、数値として変化がありません。ですが、確かに明るさが増したようでした」

「そうか…… その直前に、何か変わったことは無かったかい?」

「修一の友達と会いました」

「何をしてた?」

「私は周囲の警戒をしながら修一の様子を観ていました。修一は友人とすべり台で遊んでいました」

「B-012、君はただ観ていただけかい?」

「はい。……いえ、修一の友人の兄と話をしました」

「どんな?」

「修一の友人の兄は、修一の友人……弟は『兄』になりたがっている、と言っていました。兄と言う存在に憧れているようです」

「ふむ……」

「人間の持つ感情とは、良いものですね。彼のような笑顔を自然に生むことが出来るのですから。私も早く心を理解したいです」


 私は今、私を開発したラボの研究チームの一員である水無月家の主人、お父さんことつかささんの書斎にいる。もう少し細かく言えば、お父さんの机のサイドに置かれた私を収容しメンテナンスを行うカプセルの中に起立した状態で入っている。

 観音開きとなっている強化アクリルで作られた前面から私はこのカプセルに出入りするようになっている。今はまだ閉じられていない。私の主電源は家庭用電力による充電ではまかなうことが出来ないため、一日に一度メンテナンス時にカプセル内で交換してもらっている。このカプセルに収容されている間の電力供給は50/60Hzの交流電流、つまり一般家庭のACコンセントから電気をいただいており、省電力のために極端に身体機能を制限され、頭部しか動かせない。主電源交換はお父さんに任せている。これも仕事のうち、と笑って引き受けてくださった。

 日々夜になるとお父さんとこのように日中にあった出来事の報告を行っている。私を収容するカプセルには私の採取したデータのバックアップを取るための端末も備えられているので、仕事から帰ってきたお父さんにいちいち直接報告をしなくともよいのだが、こうやってコミュニケーションをとることも私のプログラム成長を促すことにつながるのでお父さんの時間を割いていただいているのだ。


 しばらく無言の時間があった。

「そう言えば、今日はじめて私は突発的に笑いました」

 お父さんが軽く声を上げ、驚いた表情で私を見た。

「はい。発声機能を使用するつもりは無かったのですが、気がつくと。おそらくこちらに来てから様々なインプットに対するアウトプットの統廃合を繰り返し行ってきた影響と推察されます」

「そうか…… いろんな経験、思考を通して君の中の回路も僕達が想像していた以上に高度で複雑になってきているんだね。いや…… 簡略化されているのかな」

「おそらく両者ではないかと」

 お父さんは目を瞑って二度頭を縦に振った。

「いいかい、B-012。今日君が遭遇した不可解な状況、やっぱりそれは君の中で変化があったからだと思う。それを言葉で表すなら、『嬉しい』、だろう」

 私もそう結論付けている。お父さん達人間は皆、嬉しい時、感情が高ぶった時に笑いを声に出す。あの時の私は自分の中で満足いく解答が導き出されなかったフラストレーションにあり、その答えをもらった瞬間だったのだ。この状況を溜飲が下がると言うのだろう。それに対する反応であれば、笑うという行動は至極自然であった。

「笑ったことだけじゃない。世界をより明るく感じたことも、きっとそこから来ているんだろう。僕達人間はね、気分の浮き沈みで周りの見え方が変わるんだ。僕は経験したことがないからおかしな話だと思うけれど、色盲じゃないのに突然世界がモノクロに見えてしまうなんて人もいるらしい。そう言う事を科学的に説明してしまうと、とてもつまらないことなんだけどね。

 落ち込んでいればうつむいたりして視野が狭くなって、すっきり爽快な気持ちのときは顔を上げて色んなことに目を向ける余裕ができる。物理的、機能的に何も変わっていないのに、ちっぽけなことで大きく変わってきてしまうんだ」


 私は静止したままお父さんの話を聞き続け、そして記録し続けた。丁度その時、メンテナンスが終了した電子音が鳴った。オールグリーン。


「変わりなし、だね。……まったく異常の認められない君の機能に若干ながら影響を与えた何か。それは一つの答えに繋がっていると言える」


 そう、おそらくお父さんは私と同じことを考えている。だがマシナリーである私はそれを検証する術を持ち合わせていないため、確証を得ることが出来ない。だから、お父さんの一言を待った。


「間違いなく君の中に感情が理解され始めている。僕達が、それに何より君が待ち望む答えに、決して遠くない未来にたどり着くための一歩が踏み出されたんだ」


 私は記録を止めない。この記録は消去されることの無いよう、幾重にもプロテクトをかけて保護し続けると決めた。


「……おめでとう。きっと明日からもっと世界の見え方が変わってくるよ。今日は本当にお疲れ様。ゆっくり休みなさい。それじゃあ、また明日」


 穏やかに一言をかけて、うなずきお休みの挨拶をした私に微笑みかけながらカプセルの蓋を閉めた。もう後四十三秒でスリープモードに移行する。現在透明のこの強化アクリルの蓋も徐々にスモークが入り、スリープモード移行十五秒前に完全に不透過性となり外界から中を遮断する。もちろんこちら側から外を見ることもできない。


 今日という日はとても記念すべき日となった。しかし、一点注意しなくてはいけない事項が追加された。感情が機能発揮に影響をもたらすと言う。そうであるならばとても厄介なものだ。プラスにもなるが、マイナスに働いた時は危険にもなる。そのような情報は登録されていなかった。お父さんを含めてラボの人間があえて入れなかったのか、それとも登録し忘れた情報なのかそれはわからない。

 


 だがもし、心から生み出されると言われる感情が負の要素に働くことがあるとしても、私は知りたい。そのためだけに在り、そして私が心を得る時を望む人々がいる。



 外界から光が全く入らなくなり、完全な闇が私を包んだ。今の思考をテンポラリーメモリーとして保留しておく。また明日、光のある世界に出た時プロテクトをかけて保存し、バックアップも取ることにしよう。



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