第六話 「機械と兄弟」
「へー。しゅういちくんのお兄ちゃんなんだ」
「そーだよ! おにいちゃんがきてくれたんだ! でもほんとうは、えーっと? おとうさんの…… なんだっけ?」
「ええ、実の兄ではなく修一の父の弟、血縁上は叔父という形に成ります。修一がお兄ちゃんと呼びたいと言うものなので叔父ではなく兄と呼ばせています」
「??」
「そうだね…… おじさんって呼ばれるのがイヤだから二人もお兄ちゃん、って呼んでくれよ」
今日は修一と一緒に公園に来ている。私の自立型としての機能に十分信頼していただき、修一の保護者として二人だけで外出させてもらっている。この日本という国は今も非常に安定しており、日中めったなことで危険に晒されることはない。だが突発的にハプニングに巻き込まれる確率が完全にゼロということにはならない。家を出た時から私を中心に半径20メートルを集音センサー、熱源センサーの検索範囲に設定し、常に変化が無いかデータを集め続けている。
今私の正面に居る子供が「たっくん」という少年だ。その「たっくん」のすぐ傍には十歳そこそこの少年が居り、状況から見てこの少年が「たっくん」の兄である。私が予測したとおりだった。
修一は「たっくん」とその兄の関係を非常に羨んでいた。この二人の関係を観察することで何らかの情報を得ることは今後修一とより良好な関係を得ることにつながるはずである。修一の感情の変化などの記録は、私の目的である心が発生する過程の解析に非常に大きなウエイトを占めてくることが予測される。私は今日のこの機会を十分に生かす必要がある。
たっくんと修一が走り始めた。砂場を越えてその先にある滑り台にたどりつく。我先に、と昇ってはいかずその場でじゃんけんを始めた。
修一がグーで、たっくんがチョキ。勝った修一から昇っていき、楽しそうな声を上げて滑り降りていった。また戻ってきて、下に残っていたたっくんとまたじゃんけんをする。グーの修一とチョキのたっくん。先と同様に修一が楽しむ。また戻ってきた。修一がグー、たっくんがチョキ。また修一の番だった。
確かにじゃんけんにおいて無意識で一番出しやすいのがチョキだとデータにある。だがそれも所詮確率論的に言ってわずかな差であるし、繰り返すたびに人間の思考が入り込んで連続で出すことはしなくなる。
たっくんの兄に聞いてみた。
「しゅう君、始めは必ずグーを出すんだ。弟が気付いて、自分の方が年上だから順番をじゃんけんで決める時はチョキしか出さないんだ、って言ってた。一コしか違わないくせにあいつアニキ気取りしてるんだよ」
なるほど、まだ小さな子供とはいえ他者を慈しむ感覚がしっかりとあるようだ。だが疑問が残る。たっくんが修一の兄として振舞いたい動機だ。
私において優先保護順位は水無月家の人間が最上位であり、その中で更に幼年で自衛力の乏しい修一が上位に来る。これは私が護る物としての機能を有しているため、その護衛機能を円滑に動作させるためには必要な情報である。そうなると、水無月家の家族に入った私が果たす役割は、修一に初めて呼ばれたように「お兄ちゃん」という事になる。
このたっくんは年齢もほとんど修一と変わらず、自身も守られなくてはいけない弱い存在であるにもかかわらず血縁にも無い他者である修一の兄、保護者であろうとする。なぜだろう。
野生の生き物であれば、順位がより上位の者が下位に対して優位に振舞うことが出来る。我々マシナリーも登録された優先順位に従って行動する。しかし人間は逆に下位の者を上位の者が自己を犠牲にして守ることも多い。そんな不利な状況にあえてなろうと言うのは、子供ならではの無知から来ているとも考えがたい。
ここにいる者全員の安全を確認しながら私は様々なケースをシュミレートしていた。だがどのケースにおいても「たっくん」が幼年期の少年であり、複雑な思考経路を通しているとは想定されないことからすぐに破綻していく。
……
……
そろそろ15時になる。結論は出ないままだったがお母さんに「3時頃には帰ってくるように」と指示を出されていたので修一を連れて帰宅することにした。
「やーだ、もうちょっとあそんでくー!」
たとえ修一が駄々をこねようと、より上位の人間の指示が私の行動規範において優先される。頭をなでて抱きかかえてしまうと抵抗を止め渋々とだが私に従ってくれた。
「よかったねー、しゅういちくん。おっきなお兄ちゃんがきてくれて」
「タクも抱っこしてやるよ?」
「えー、にーちゃんにはむりだよ」
「何だとー?」
とてもにこやかにしていて、この兄弟は非常に仲が良い。別れの挨拶をして、帰宅する直前に私は聞いておきたかったことを質問した。
「え? だってお兄ちゃんって、かっこいいじゃん!」
はは、そうか。何とも単純な答えだった。子供らしく、深く考えない純粋な感情。憧れが解答。
これが、これこそが人間なのかもしれない。ならば、私も人間になりたい。皆が望むように心をいち早く理解し、早く人間になりたい。
……
……そう言えばさっき私は笑ったのか? 答えを得たことに対し、生物の神経の持つ反射のように。メインCPUの処理に上がらないまま感情表現へ対応したことは初めてだ。微々たる速度だが、目的地に近づいているのかもしれない。お父さんもお母さんもそのことを知ったら喜んでくれるだろう。
いつか来るその日を待ち望みながら帰路に着く。帰る途中の世界がいつもより明るく感じたのは日光の加減だけでは説明が付かなかった。