第三話 「機械と日常」
「ほんとに助かるわ。ものすごく力持ちね」
私の両腕には大きな買い物袋が計4つ下げられている。
「…こんなに買い込むことなんて無いんだけどね。おにいちゃんが居ると安心して買いすぎちゃう。すごく助かるわ」
「ありがとうございます、お母さん」
またそんな改まって、と笑って言われた。私は口元を上げやや目を細めて笑顔を作った。
買い物に出かける数時間前、この一家の主は私を製造したラボへと出勤し、ひとり息子は幼稚園へと送られた。家に残った主婦である彼女の行っている家事の様子を付きっ切りで見て、どのようなことをしているのか記録していった。
「…そんな風に見られてると監視されてるみたいで落ち着かないわ」
「ご心配なく。これはあらゆる行動を記録することで今後の私の行動へとフィードバックする目的以外に使われません」
「そういわれても、じーっと見られてることが気になるのよ。もう少し遠目からさりげなく、って出来るようだったらたすかるわ」
ラボで初期登録された人間の行動様式に無い行動は、注視しその動作を記録して行くようにあらかじめプログラムされている。当然私がこの家庭に送られるまでの期間、ラボの中でも初期登録内容以外の行動は数多くあってそれを今のように記録していった。
あの時のラボ職員達の表情はデータベースと照会すると満足から納得、あるいは無関心と言ったネガティブではない反応だった。間違った行動はないと判断され今回もそのプログラム通りにしていたのだが、それを快く感じないという。
「わかりました。沙都さんの言われるようにプログラムを改変します」
「ありがとう。あ、そうそう。沙都と呼ばないでお母さんって呼んでちょうだい。修一があなたをおにいちゃんって呼んでるんだから。あなたはここに居る間、私の息子よ。」
「わかりました、お母さん」
よくできたわね、と言い彼女は私の頭部をなでた。
お母さんこと沙都さんは家事を一通り終えた後、本日の新聞に入っていた量販店の折り込みチラシに注目していた。複数店のものを並べて赤い油性マジックで丸を付けて比較していく。牛乳218円、牛豚合挽肉100g108円、卵1パック158円、もやし3袋138円。
「いろいろ高くなったわよねー。ん、ティッシュまた高くなったわね…。3箱で350円って高いわよ」
広告としばらくにらみ合いながら不満を口にするお母さんが顔を上げ、私を呼ぶ。
「さて、あなたはこの家の家族。私の息子よね」
「はい」
「それじゃあ、お手伝いをしてもらおうかな。それに外にも出ていろいろ見た方が多角的な判断、情報の統合、トラブルへの対処の学習にもなるわ。一石二鳥ね」
「ええ、まったくです」




