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第十二話 「日常はいつも突然に」




「それじゃあ、準備が出来てたらお遣いに行ってきてもらおうかな」

「はーい!」

「お財布は?」

「カバンの中! ほら!」

「メモは?」

「おさいふの中!」

「何を買ってくるの?」

「ぎゅうにゅうと、こむぎこと、ベーキングパウダーと、メープルシロップと、えーと、えーと… なんとかバター」

「むえん、ね。無塩バター。わからなかったらお店の人に教えてもらうのよ。もし買ってこれないと〜?」

「きょうのおやつがありません! ヤだ!」

「それじゃあ、頑張るのよ」



 勢いよく右手を振って小さなご主人は出かけていった。それじゃあよろしくね、とお母さんが私の目を見て笑顔で依頼する。私も承諾の返事と共に表情を和らげた。

 ひとりで街まで出かけていき、買い物をしてくる。ごく日常の光景だが、修一は今日はじめてそれをする。修一が出かける時はいつも私がついていたが、自分ひとりで行くのだと言って聞かなかった。どうもその事を「たっくん」にからかわれたらしく、そのことがしゃくさわっているらしい。

 意固地になっていた小さなご主人に対してお母さんもそろそろいい時期かしら、と呟いて彼の意見を受け入れ、自立心の育成のために今回私は同行しないように命じた。

「よろしくね」

 修一が出て行った際、私にかけられた言葉はその一言だけだった。だが私には真意が分かる。修一が出かけ、修一の靴音が家から十分離れたところで私も靴を履いて彼の後を追っていった。




 今日は集音センサーと熱源センサーをそれぞれ最大半径である半径125mと半径70mに設定し、修一の識別と位置の把握および周囲の警戒を行う。あくまでセンサーの有効範囲は私を中心とした半径であり、修一は私から60mほど離れている。熱源センサーは彼がそこにいることを確認するためのものでしかなく、彼に近づく危険性への警戒はもっぱら集音センサーに依存する形となった。

 いつものアーケード街に到着するまで大きな危険はなかった。不審な者の接近もなく、修一はちゃんと赤信号で止まって青になってから横断歩道を渡り、道に迷うことなく目的のスーパーマーケットに到着した。

 店でカバンを開き、財布を取り出した。財布からメモを出し、ひとつひとつ探していく。今私も各センサーの検出範囲も狭め、他の客達に紛れて店内にいる。店内全域を範囲に指定してもフリーズするほどの情報量になることはないだろうが、警戒が散漫になって避けられたはずの有事を招くことになっても仕方がない。それに車に代表されるような移動する高熱源は店内には存在しない。私の前方、修一に接近する物だけに対象を限定している。


 途中修一が泣き出しそうになった。重くて疲れたのか、買い物カゴを床に置き、ちょっと目を擦っている。牛乳と小麦粉は以前お母さんと買い物に来た時にある場所を覚えていたようで、バターは牛乳と近い陳列棚に並んでいたのですぐに見つけたようだが、ベーキングパウダーが一向に見つからず、嫌になってしまったようだ。メープルシロップもまだ手に入れていない。いつもなら私がなだめ、荷物を持ち、再び笑顔で歩き出す。だが今日は修一が自分自身で名乗り出てここに来た。そのことを自覚しているようで、すぐに買い物カゴを両手で持って再度探索に乗り出した。

 店のロゴの入ったエプロンを身に着けた中年の女性を呼び止め、メモを見せる。女性店員は修一の目線まで体を屈めて、目的地方向を指差しながら商品のあるところへの行き方を指示した。礼を言って修一が歩き出す。私も修一に見つからないよう、その区画へと向かった。

 私が修一を視覚的に捕捉した時、彼はベーキングパウダーとメープルシロップの両方を手に入れ、とても嬉しそうにカゴに入れていた。やったー、と叫びそうだったが、喜びは胸のうちにしまったようだった。そしていつもお母さんがしているようにレジへと会計に向かい、精算を終えて店の外に出て行った。何事もなく、後は帰るだけだ。外に出た修一の安全を確認するため、センサーの検出範囲を最大にまで上げることにしよう。


 修一が自動ドアで立ち止まる。外に出ようとしたところで急に振り向いた。私の方を見て手を振る。右手に持った買い物袋の中の牛乳が重いのか、いつものように走ってではなく、体を左に傾けながらこっちに近づいてくる。


「お兄ちゃんがきてたのしってたよ! でもひとりでやるってきめたからやれたよ! 

ぼくだってひとりでおつかいできるもんね。たっくんに言ってやるんだー」


 いつから気付いていたのだろう。子供の直感は我々マシナリーの有する機能よりも鋭敏に働くことがあるのだろうか。これは驚嘆に値する。


「なんとなく。いるかもーって」


 確証は無かったようだが、私なら自分をいつも見ているという信頼の表れなのだろう。私に理解され始めている嬉しいという感情。まさにこのような状況を言うのだろう。私は修一の頭をくしゃくしゃと撫で、表情を和らげた。そんな私に、修一はもっと嬉しそうに破顔で答えた。








 帰路の途中、私はセンサー有効範囲を最大のままにしていた。アーケード街を出てやや大きめの、この地域の幹線道路の歩道を歩く。修一が重いと言ったが、お遣いだから自分で持つようにといさめた。現在地は家までの行程の半分ほど来たあたりだ。

 熱源センサーにアラート(警告)が入る。センサーの感知する範囲の中心、つまり私へと向かう物が後方より接近してきた印だ。確認するとタンクローリーがこちらに制限速度超過で向かってくる。何もしなければ4秒以内に激突する。私たちの左側はコンクリート壁だ。ほぼ確実に巻き込まれる。私だけならばまだしも、修一がいる。


 一瞬の判断で出力を全開にし、壁の一部を破壊して穴を開けた。開けた穴に修一を放り込み、外界に背を向けて開いた穴を塞ぐように最大出力のまま立ちはだかった。何が起きているか分からないと言った、修一の戸惑った顔が目に入る。


その2秒後、強い衝撃と共に私の機能は一時停止した。






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