第十一話 「機械と道具とその決意」
「すごーい! ほんもののネズミさんみたい〜」
修一が狭い迷路の中を駆け巡りながら出口を探し当てて出てきた小型のマシナリーを見て喜んでいる。確かにすばやく非常に滑らかな動きだった。金属光沢を持つ外装を変えてしまえば生き物と見間違うだろう。
「これだけじゃないですよー」
マシナリーが出口に現れると今度は迷路を構成する壁が収納されリセットされた。再度壁が現れ、先とは全く異なる迷路を作り上げた。また、一部通路がマシナリーのボディよりも細くなっていた。通行可能と行き止まりが判別しにくく、難易度が上げられている。再びマシナリーが入っていく。先程のように滑らかな動きで、同じ道を二度通ることなく進んでいく。細くなった部分に到達するとボディを90度回転させた。確かにこのマシナリーは横幅と体高とでは体高の方が径が小さい。難なくすり抜けていった。生きた鼠と見間違うほどすばやかった。
「すごいでしょう? これは我が社のラボの技術の高さを知らしめたマシナリーの一つで」
「パパ、これほしー!」
途中から修一は話を全く聞いていない。確かにこれだけの小型のマシナリーでこれほど高度な運動性とセンサーを有している物を作り上げた技術は世界から高い評価を受けるだろう。
「……。でね、このマシナリーは、修一君のお母さんが作ったんですよ。まだ修一君が 生まれる前の話ですけどね。他にもたくさん優秀なマシナリーを」
「え! すごーい! ママ、すごーい! これほしー!」
自分の母親の意外な一面を知り、そしてそれを心から尊敬する純粋な瞳。我が子の喜ぶ姿を見て親は嬉しく思う。だがお母さんの見せた笑顔はどこか歪んでいたように見えた。苦笑いだろうか。
「そーだな。でも、これは会社の大事な物だからこれはダメだぞ」
「でも、これがいいー。ママがつくったこれー!」
「だから、ダメだぞ。おもちゃ屋さんで買ってやるから違うのにしような」
お父さんにたしなめられ、渋々諦めたようだった。だが後ろ髪を引かれるのか、ずっとちらちらとネズミ型マシナリーを見ていた。
「…奥様は才溢れる機械工学者です。我が社としてもぜひ戻っていただきたく」
「その才をまさかあんな形で使われるとは思わなかっただろうね、沙都も。純粋に生き物の偉大さに少しでも機械を近づけようとしたかっただけ、と散々泣かれたのを思い出したよ」
言わなくてもいいのに、と今度は照れ笑いしながらお父さんの肩を叩いていた。
「もういいの。過ぎてしまったこと、事実はどうにもならないものね…。ただ私は、こういう顔が見たくて、この子達を作ってきた。それだけで良かったのに。噛み合った歯車の中ではそうも行かないのが現実なのね」
ずっと迷路を攻略し続けているマシナリーの入っているケースを触って見ていた修一をたしなめて膝元に呼び寄せる。修一はやっぱりケースの方を見ている。相当お気に召したようだ。それを見ていたお母さんの顔は先と同様に単純な笑顔ではなく、悲しそうであり謝罪しているようであり、しかしやはりうれしそうだった。
「ごめんなさい、ここでその話をしてもしょうがないわよね。もう何年も前に上と散々話をして、今に至ってるんだし」
「いえ… こちらこそすみません。ただ奥様の作り上げたマシナリー技術の多くが」
「知ってるよ。最先端のカタマリだものな、軍需は。わかってるよ、それに採用されることがどれだけ難しくてどれだけ栄誉があって、どれだけ不毛なことなのかってことまでね」
……。
「だからせめてコイツだけはそうしないでやってくれ。今回のプロジェクトはそのためでもあるんだから」
私の肩を叩き、名残惜しそうにしている修一を膝元に寄せる。さあ次に招待してくれ、といったお父さんの声は、冷静に明るく振舞おうと努めているようだった。
……
……
その日一日の会社見学も無事に終わり、私も今は自分のカプセルの中に居る。隠していたわけではない、とお父さんが謝っていた。お母さんもあのラボに勤めていたことはこちらに搬入される前から情報として得ていたのでそのことではないだろう。
マシナリー技術の兵器流用。最新鋭のマシナリーは機械技術の結晶ゆえ、それは逃れることの出来ない現実だ。私を作り上げている技術のどれもが兵器としての機能を十分に果たす。お父さんがそのことをあえて隠していたのだとしても何度も繰り返してきた思考の中で独自に行き着いており、誰を責めるつもりもない。
「コイツだけはそうしないでやってくれ」
お父さんの一言が私のメモリーの中で何度も再生されている。私は決して兵器として動かない。
私はそのための実験機なのだ。