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前編 ――婚約破棄

「アナスタシア=ドラグニル。貴君との婚約を破棄させてもらう!!」


 ミューラン学園の最期の披露宴。

 上級貴族の集まるセレモニーで高らかに宣言されるレイブン=グレゴニル殿下の言葉に誰もが息を呑むなか、

 わたし、アナスタシア=ドラグニルは1人小さく息をついていた。


 今日は聖王国ディスティニアの建国400年を迎える建国パーティ。

 学園を卒業する聖女のなかから国の象徴である『大聖女』を選定する大事な日であり


 何か一波乱起きることを覚悟していたがまさかこんなことになろうとは思いもしなかった。


 なにせ、大聖女降誕の和やかな祝福ムードが流れるかと思いきやの突然の婚約破棄だ。


 なにをやっているんだ殿下は、と頭を抱えたくなるが、どうやら自分は最後まで無関係ではいられないらしい。

 わたしが活躍する場など、それこそ不吉なことが起きると決まっているのに。


 ふと周囲を見渡せば、ざわめく貴族や同級生の視線がわたしとレイブン=グレゴニル殿下に注がれ、どう事が進んでいくのか落ち着かない様子だった。

 おそらく腰に陛下から賜ったであろう宝剣を振り回さないのか警戒しているのだろう。


 わたしだって今すぐこんな居た堪れない現場に立ち続けるのは御免だ。

 でもそれ以上にわたしの心を締めるのは驚きより納得の感情が大きく、思うように身体が動かない自分がいることに驚いていた。


「(……意外、でもないのでしょうねきっと)」


 天井のシャンデリアを見上げ、もう一度小さく息をつけば、心のうちに吐き出した納得の言葉が静かにしみわたっていく。


 衝撃を受けなかったと言えばもちろん嘘になるかもしれないが、それでも周囲の反応以上にショックを受けていた自分がいることにわたしは驚いていた。


 所詮は親同士が決めた政略結婚。


 わたし自身が『彼』に魅力を見出せない以上、真剣に恋などできるはずもなく、またわたしの仕事柄誰かを愛する心など忘れてしまっていたと思っていた。

 故にそんな機械人形のような冷たい心に愛など芽生えそうもないと思っていたのに……


「(いつのまにか惹かれていたと、ふふっ、失って自分の気持ちに気づくなんてなんて滑稽なのかしら)」


 自分の鈍感さにつくづく度し難い嫌悪感を覚える。

 

 それこそ異性にあまり興味のないわたしから見ても、レイブン殿下は学園内でも次の王座に最も近い英雄として期待されてきた尊い御方だ。


 その経歴は政治的手腕だけでなく学業にも優れ、砂漠王国アジールの緑化計画や亜人族との共生宣言、黒死病の治療法の発見など数多の功績を残しているのだ。

 それは戦うしか能のないわたしが婚約者でもなければ、誰もがもったいないと思うほどの『好物件』だったに違いない。


 そう、物件。


 レイブン殿下には申し訳ないが所詮は父上とレイブン殿下の御父上――サラザール陛下が結んだ形だけの婚約だ。

 父の死後、傾いた借金を補填するのに使える程度としか見てこなかったわたしにしてみれば、なるほど確かにわたしなんかにはもったいない相手だったのだろう。


 この場で婚約破棄を申し出るとはいうことはきっと彼も嫌々ながらわたしとの逢瀬を重ねていたに違いない。


「(そもそも『武勲』と『家柄』しか誇れるものがなければ、誰がこんな不愛想な『怪物』を娶りたいと思うはずがないか。つくづくうぬぼれていたのだなわたしは……)」


 今更と言えば今更すぎる宣言だし、色々と思い当たる節はある。でも――


「殿下。貴方はいま自分がなにをおっしゃっているのか本当に理解しておいでですか? 婚約破棄の意味。そのお言葉が冗談でしたなどと軽々しく口にできるような立場でないことをお忘れですか」


「もちろんだ。我が婚約者アナスタシア=ドラグニル。俺は全てを覚悟の上でここに立っている。その上で貴様との婚約破棄を宣言しているのだ」


 そこまで考えて一瞬だけフリーズしていた思考を整えて顔を上げれば、依然とざわつく会場は、可哀そうなぐらい重苦しい空気に満ち満ちていた。


 どうやら相当長い時間、物思いに耽っていたらしい。


 一度思考のタガが外れると戻れなくなるのは良くない癖だが、

 こんな戦うことしか能のない不愛想な女など見捨てられても仕方がないのかもしれない。


 僅かに剣呑な表情で殿下を睨みつければ、尊大ともとれる堂々とした言葉が返ってくる。

 ざわつく観衆の前でのこの発言。どうやら本気のようだが……、


「なぜですか殿下!」


 しわがれた声が宮殿会場に響き渡り、おくれて黒い燕尾服に身を包んだ初老がわたしの正面に立つレイブン殿下に縋りついた。


「恐れながら申し上げますが、貴方とて王の称号を戴くかたのはず! そのような方がこの国の繁栄を決める大切な大聖女の選定式を前にして大々的に婚約破棄を口にするなどどういうつもりですか」


「ふっ、俺らしくもない、と言いたそうな口ぶりだなセバスよ。たしかに貴様には俺が血迷っているように見えるだろう。だが……このような場だからこその婚約破棄なのだ!!」


 おそらく専属執事のセバスですら初耳だったのだろう。

 問い詰めるように近づくセバスを押し退け、会場を見渡すように睥睨してみせた。

 そして――


「ここにいる者も俺の発言に困惑している者も多かろう。ふん。そう騒めかずとも知りたいのなら聞かせてやろう。

 いいか皆の者、よく聞け。俺は今宵この場でエレミア=バーミリオンに求婚する!!」 


「――ッ!? 殿下とエレミアさまが、ですか」


「ああ、俺は生まれて初めて人を愛すことを知った。それがエレミアなのだ」


 息を呑む王侯貴族の面々の言葉を一身に受け

 王家の紋章があしらわれたマントを翻し、頷いて見せるレイブン殿下。


 その自信に満ちた宣言ははたまた傲慢か、それとも慢心か。


 とにかく堂々と会場にいる国の運営に携わる上級貴族たちの前でもたらされる求婚宣言は想像以上の破壊力を締めていた。


 当然、初耳な出来事にわたしも珍しく面を喰らったような格好だ。


 その時の衝撃をなんと表現すればいいだろうか。

 まるでオーガキングの金棒で頭をぶん殴られたような衝撃だった。


 あの誰にも微笑まず、ストイックに職務を全うするレイブン殿下がエレミアと恋仲に……

 いや、確かにお似合いのカップルかもしれないが、


「ふん、俺とエレミアが知り合いであることがそんなに不思議かアナスタシア」


「ええ、少なくともあの娘と殿下が知り合う機会などなかったはずだと記憶していますが」


「たしかに聖女の庭園に男が立ち入ることは許されていない。それは王位継承権を持つ俺でさえ同じだ。だがな! 戦争の準備にカマかけていたお前は知らぬだろうが、俺が魔女教の手で瀕死の重傷を負ったランドル海峡の戦いの際にその場に居合わせたのが彼女だったのだ!!」


 呆気にとられたように殿下の言葉を聴衆する貴族たちにまるで当時の出来事を思い起こさせるかのように話すレイブン殿下。

 たしかに、魔女教の襲撃で深手を負ったという話は耳にしていたが、彼女とそんな出会い方をしていたとは……


「彼女は呪いに蝕まれ身元も知れぬ俺に温もりを与え、言葉と慈愛をもって死の淵で彷徨う俺に寄り添ってくれたのだ。あの時の衝撃がお前に分かるかアナスタシア!!」


 まさかあの田舎聖女が殿下の心を射止めるとは――いや、あの可愛げのある純真な娘ならば、たしかにレイブン殿下に相応しいかもしれない。


 現にあまりの展開に狼狽えていた観衆のざわめきが徐々に祝福に変わり、静寂に包まれていたはずの会場に熱狂ともいうべき歓声が上がり始めた。


 それこそこの国の成り立ちから学べば当然の反応で。

 聖王国ディスティニアは『聖女』と『王』と『悪魔』によって支えられている、というのは建国から存在する有名な逸話が存在するのだ。


 『聖女』とは清い心によって奇蹟の力は民に活力を与えるものであり、

 『王』とは民を導く象徴として民を導きものであり、

 『悪魔』とはこの国を守るため、多くの命を殺めてきたものだ。


 その歴代のなかで生まれた完璧すぎる奇蹟の王。

 それがレイブン=グレゴニル殿下だ。


 そして『悪竜』の末裔たるわたしと、『大聖女』となることが確実視されているエレミア。

 民がどちらを祝福するかなど問うまでもなく、


「まったく墜ちるところまで堕ちましたわね我がドラグニル家も……」


 歓声にかき消されるように零れた己の独り言に、僅かに苦笑が漏れる。

 まさか、我がドラグニルの名がここまでの嫌われようとは……。


 でもそれはレイブン殿下の求婚宣言はあくまでエレミアが受け入れる保証があっての宣言のはずだ。

 あの心優しい娘が他人の婚約者を奪ってまで自分が幸せになることを良しとする子でない事はわたしが一番よくわかっている。


 それこそ彼女の父上に持ち掛けられた『契約』とはいえ三年間、彼女の守り人をしてきたのだ。

 その辺の機微はいくら心無いわたしでも理解できる。


 ましてやこの十日間。誰の目にも触れることが許されないエレミアが『それ』を承知で祈祷の間に籠っているとはどうしても思えない。

 それに――


「殿下。貴方は聖女であるエレミア=バーミリオンに求婚するとおっしゃっていましたが『王家』と『聖女』が結ばれてはならない。その誓約をお忘れですか?」


「ああ、だから俺はこの時を待ち続けていたのだ!! 悪竜の末裔である貴様に誅罰(ちゅうばつ)を与えるために!!」


誅罰(ちゅうばつ)、ですか? それはいったい――」


 そう言いかけたところで、ぞわっと不快な感覚が体の芯を駆け巡っていった。

 息を呑み視線を僅かに下に落とせば、そこには赤黒い魔方陣が。

 わたしの足元を不気味に照らす光がまるで足かせのように不気味な文様をわたしの足元に纏わりつき、痺れに似た感覚が神経を支配していく。


「殿下、これは――」


「貴様の悪竜の血を押さえつけるための拘束術式だ。この場から逃げられては困るからな。一時的に仕込ませてもらった」


「逃げる? このわたしがですか?」


 いったい何のために……


「ふん、とぼけても無駄だ。貴様が我が愛しのエレミアを陰湿な嫌がらせで迫害していたこと、忘れたとは言わせんぞ!!」


「わたしがエレミアに? もしやそれが婚約破棄の理由ですか?」


「それ以外にありはしないだろう。この国の聖女に手を出すことがどれほど重罪かは『悪竜』の末裔たる貴様がよく理解していよう!!」


 いや、たしかに聖女の奇蹟で支えられているこの国にとって、聖女を傷つけることがどれほど重い罪になるのかは理解している。

 ただわたしがエレミアを傷つけるなどありえるはずもなく……


「(ああ、なるほどそういうことですか)」


 周囲から聞こえてくるどこか陰謀めいた憶測のどよめきを無視し、意外な回答の真意を吟味すれば、『敵』の狙いが徐々にはっきりしてきた。


 確かに悪竜の末裔であるわたしであれば、このたとえ高速術式を組み込んだ結界内であってもこの場にいる全員を皆殺しにできる自信はある。

 なにせ婚約破棄とくればそれは貴族の名誉と誇りを傷つけるには十分すぎるほどの侮辱行為だ。

 万が一、わたしが逆上してレイブン殿下に襲い掛かると勘違いしているのならこの拘束術式にも納得がいく。


 しかしわたしの知るレイブン殿下はそんな臆病者ではないこともわたしはよく知っている訳で……

 ではなぜこのような措置を取ったか。それは――


「(レイブン殿下をそそのかして、わたしを貶めようとしている者がいる)」


 『聖女』と『悪竜』の性質を考えればこの状況は確かにおあつらえ向きのシチュエーションには違いない。

 おそらく昨夜届いた『脅迫状』もきっとその一環なのだろう。

 

「(いつかこんな日が来るとは思っていたけどまさかこの日に仕掛けてくるとは)」


 周囲を見渡せば、わたしの周りを囲うようにいた人だかりは遠ざかるように大きな円を作り、無関係を装うように顔を背けて避けていく上級貴族たち。

 だけど、そこにはわたしの探し求めた『少女』の姿はなく、


「(このタイミングでエレミアの姿がないということはまだ祈祷の間から戻ってきていないということか。……となれば殿下あたりが手を打ったとみて間違いないでしょうね)」


 問題は――敵の狙いだ。


 血と呪いに塗られた悪竜の末裔にして当主の跡取り娘。


 そんなわたしに初めて『とある聖女の殺害予告』が贈りつけられてきたのは三年も前の話だ。


 それから『彼女』の父親に頼み込まれて

 周囲の悪評を覚悟のうえで遠巻きから関わることで、この三年間で自分なりにエレミアに降りかかる障害を取り除いてきたと思っていたけど……


「どうやら、嵌められたのはわたしのようだな」

「抵抗は無意味だ。大人しく投降すれば危害を加えないことを誓うが、どうする?」


 自嘲気味に唇を歪めてみせれば、一切の油断なく細められるレイブン殿下の瞳がわたしのドレスの腰帯についた愛剣に向けられた。


 半ば強制的に捕縛する気の癖に、どの口が言うのか。


 おそらくこの婚約破棄は、わたしを王族の庇護から引き剥がすための口実だろう。


 いったい誰の企みかは知らないが回りくどい手を使ってくれる。


 だがここで暴れるのは得策ではないのも事実。

 となれば私の取れる選択肢も限られてくる。


「ええ、かまいませんわ。わたしの無実を張らせるのであればどこへなりとも参りましょう」


「ほぅ、素直だなアナスタシアよ。お前のことだから心行くままに破壊の限りを尽くすのだと思っていたが――」


「わたしは王国に忠誠を誓った身。そのようなことがあるはずもございません」


「ふん白々しい真似を。おい、今すぐこの者を拘束し、地下牢にぶち込んでおけ。おっての事情聴取はこの式典が終えてからする」


「賢明ですね殿下」


 エレミアの安全が保障されているのであれば、ここは大人しくレイブン殿下の命令に従っていた方がいい。

 ここで下手に暴れてはせっかくの晴れ舞台の邪魔をしてしまう。

 彼女の晴れ舞台を見れないのは残念だが、そんなもの誤解を解いてからいくらでも謝罪すればいい。


 そう瞬時に判断して観念したように肩をすくめてみせれば、バン!! と本来開くはずのない重苦しい扉が放たれる音が聞こえ、か細く幼い息づかいがわたしの鼓膜を震わせた。


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