(1/3)デートに誘えたまでは良かったが
隣に中原さんがいる。オレは信じられない気持ちだった。
1年の片思いを経て、先週デートの誘いに成功したオレは中原さんと映画に行くことにしたのだ。
中原さんというのは会社の同期で、とにかく豪快な人で、オレみたいな小市民は相手にしてくれないはずの人だったのだ。
この1週間会社で顔を合わせてもなんとなく気恥ずかしかったりして、声もかけなかったし、向こうからもかけられなかった。
『中原さん廊下歩いてるなー』とか『社食で焼きうどん食べてるなー』とか思ってもサッと目を外してたし『あの中原さんがなぜオレとデートを?』と思うと自分でも意味わかんなくてどんどん不安になってしまうのだった。
だから待ち合わせの場所に待ち合わせ時間通りに中原さんが立ってたときは思わず頬をつねってしまったんである。
昭和だ。もう令和だっていうのにリアクションが昭和だ。思わず昭和になっちゃうくらい意味がわかんなかったのだ。
まず、中原さんがワンピースだった。
中原さんのワンピースなんて見たことなかった。
それもそうでオレたちは単なる同期。会社でしか会ったことなかったし、帰りに飲みに行くような仲でもなかった。まあほぼ他人。
中原さんはいつもパンツスーツ。腰まである茶髪をキリッとポニーテールに結んで。眉毛もキリリっと上げ気味に描いてて。「働きまっせ!」って感じだったのだ。
実際中原さんはすごい働いてたし、帰りは同期の女子や同じ部署の人とそれこそ浴びるように酒を飲んでたらしいし、もうバリバリのバリキャリでオレごときが声をかけられる感じでもなかった。
その中原さんがワンピース! しかもフェミニンな柄! マジですかと。
アイボリーの生地。裾の辺りに赤の細かくてよくわかんない柄がついてるやつ。ネックレスとピアスが赤い宝石で(レッドトパーズって言うらしい)帽子にまで赤のコサージュが付いててなんでオレみたいな小市民のためにこんなキメてきてくれたのかなぁと。
それから靴を見て
『あああ~。やっぱりペッタンコのやつ』
とテンションが下がった。
こんなことは言いたくないんだけど。いや、言わなきゃいけないから言うけど。いやほんとに言いたくないんだけど。
オレは165センチだった。
『165センチなんて普通じゃん?』と思うよね。そう普通。今までの彼女とも特に問題もなかったしコンプレックスに思ったこともなかった。
問題は中原さんが178センチだったことだ。
社内健康診断の手伝いをした総務部の友達を抱き込んで聞いたから間違いない。初めて中原さん会ったのは入社式だった。メッチャ印象に残った。
デケェー!
と言うのがオレの第一印象だったのだ。
◇
中原さんとオレが並ぶとほんと凸凹コンビって感じで、もう中原さんがペッタンコの靴を履いてくれたくらいじゃカバー出来なかったんだけど。そういう気持ちが嬉しいじゃない? オレも極力気にしないことにした。
いやほんと言うとメッチャ気にしててデートが決まって真っ先にやったことがネットショッピング。『シークレットブーツ』を探したりして。
笑い事じゃないんですよ。
13センチも差があると、ずっと中原さんを見上げて歩くことになるんですよ。
くそっ。
なんでオレは学生時代にバスケ部入るとか、牛乳を毎日1リットル飲むとかしてなんとかしてこなかったのか。いや、そんなことしたところで父親の身長が165センチで母親の身長が150センチ。遺伝子はいかんともし難いじゃないかくそっくそっくそっ!!
……という気持ちを微塵も見せないようにしてエスコートを頑張ったのであった。
2020年7月11日初稿