ゴールドの章 その4
アルベールは身をよじりながら、ルドルフに聞きました。
「百年も昔のことなら、お前はとうに寿命をむかえているはずだ。それなのにどうしてまだ生きているんだ?」
「『暁の魔法使い』を見くびるでない。寿命を引き伸ばすことなど簡単なことだ」
にべもなく答えるルドルフに、アルベールは矢つぎばやに質問しました。
「じゃあお前が、ソフィアの創り手を殺した魔法使いなのか?」
「ああ、リリーのことか。わしの愛弟子のイズニストだったのだが、こともあろうに戦争兵器に情を移して、その力を封印しおったのだ。そこの戦争兵器が力を封印されていなければ、ユードラ王国はフィーゴ王国をすぐにけちらしていたものを、あの女が余計なことをしてくれたおかげで……」
「それであなたが、ママを殺したの? ママはただ、平和を愛しただけなのに、ママを殺したの?」
ソフィアの問いかけに、ルドルフはにやりといやらしい笑いをうかべました。
「そのとおりだ。現にあの女が余計な情を持ったおかげで、わしらの祖国は滅んだのだ。平和を愛しただと? そのおかげで、わしのような魔法使いたちはうとまれ、迫害されたのだ!」
「余がおらぬ間に、我が臣民たちはずいぶんとこしぬけになったことよ。だが、それも余が変えてみせよう。世界は再び、ユードラ王国に支配されるのだ」
「それはどうかな」
アルベールがギュスターヴを両手でガシッとつかみあげたのです。
「バカな、貴様、ルドルフの魔術で縛り上げていたはずなのに」
「あいにくおれはもと盗賊だからな。魔法のなわだからうまくぬけられるかわからなかったが、なんとかなわぬけできたってわけだ」
へへっと笑い、アルベールはルドルフに向きなおりました。
「さあ、どうする? あんたの大事な殿下はおれが捕まえたぜ。おっと、少しでも魔法を使うそぶりを見せてみろ、殿下をこのままにぎりつぶしちまうぞ」
しかし、ルドルフはまゆ一つ動かさずに、くっくと笑いはじめたのです。
「なにがおかしい?」
「いやなに、わしの魔術からぬけだしたまでは驚いたが、こともあろうに殿下を手で押さえつけただけで、勝ちほこるとはな。それどころか、にぎりつぶすなど……。イズンにたましいを移した理由が、半永久的な命を得るためだけだと思ったのか?」
そのとたん、ギュスターヴのからだから、金色の光があふれ出したのです。アルベールは目を見開き、押さえつけていた手に力を入れようとしましたが、遅すぎました。
「フンッ!」
ギュスターヴは軽々とアルベールの手から抜け出し、一瞬でアルベールの頭を剣の柄でたたいたのです。アルベールは崩れるようにその場に倒れこみました。
「アル!」
悲鳴をあげるソフィアの前に、ギュスターヴが立ちふさがりました。
「むだだ、気絶させた。殺さなかっただけありがたく思え。……だが、お前の返答しだいでは、その男は殺す。さあ、もう二度はいわぬぞ。余に従うのだ」
ギュスターヴが、冷たくいい放ちました。ソフィアはふるえながらも、ギュスターヴと向かい合いました。
「あなたに従えば、アルは助けてくれる?」
「ああ。案ずるな、約束は守る」
ギュスターヴはソフィアに、きらきら光る宝石を渡しました。イズニウムでした。
「まずはエネルギーを補給しろ。お前のイズニウム、すでに輝きを失いかけているではないか」
ソフィアはイズニウムをぎゅっと抱きしめました。
「このイズニウムは、誰のものなの?」
「ああ、がれきに埋もれていたイズンのものだ。余が先にエネルギーを吸収したが、まだ少しは残っているだろう」
ソフィアが、イズニウムからギュスターヴへと視線を移しました。わずかに声をふるわせて、ギュスターヴにたずねます。
「あなたもなの? あなたも、ほかのイズンからエネルギーを吸い取るの?」
「そうだ。余もお前と同じで、他のイズンのエネルギーを吸い取ることができるのだ。余の場合は、お前と違って燃費がいいので、エネルギーを吸収しなくてもいいのだがな」
息をのむソフィアに、ギュスターヴは不思議そうにたずねました。
「なにを驚いている?」
「どうして他のイズンを? だって、あなたはエネルギーを吸収しなくてもいいんでしょ? それなのにどうして」
ハッハッハッと、ギュスターヴは豪快に笑い出しました。
「そこに弱者がいて、その命を終わらせることに、なぜ喜びを感じないのだ? それに、確かに吸収しなくてもいいが、王である余の一部となれるのだ。他のイズンどもは喜んで余に吸われることだろう」
言葉を失うソフィアに、ギュスターヴは続けました。
「どうした? 早くエネルギーを吸うがいい。それともこのままここで爆発することを選ぶのか?」
ギュスターヴがアルベールに剣を向けました。ソフィアはくやしそうに、持っていたイズニウムのエネルギーを吸収しました。
「あなたは、絶対に許さない……」
「フン。さあ、エネルギーも吸収したようだし、ルドルフ、ユードラ王国の秘宝に禁術をかけろ。ルドルフ?」
しかしルドルフは返事をしませんでした。なぜならその場に、ぐったりと倒れていたからです。
「ルドルフ! いったいなにが」
いい終わらないうちに、ギュスターヴを真っ赤な炎が襲ったのです。ギュスターヴは目にもとまらぬ速さで剣を振り、炎を真っ二つに裂きました。
「お前は、さっきの下級市民!」
そこにはアルベールが立っていました。赤い髪が、まるで炎のようにちりちりと、音を立てながらゆらめいています。目からは燃えるような光があふれています。
「なんだ、そのすがたは? いや、そのすがた、余は以前に見たことがあるぞ、ぐっ、頭が……お前は、お前はいったい……」
ギュスターヴは顔をしかめて、頭を押さえます。獣のようなおたけびをあげ、アルベールがギュスターヴに襲いかかりました。手が炎に包まれ、ギュスターヴに殴りかかります。剣で受け止めましたが、ものすごい勢いで吹き飛ばされました。
「グフッ!」
うめき声をあげるギュスターヴに、アルベールがけりを入れます。なすすべなくけりとばされ、ギュスターヴはがれきに激突しました。
「くっ、ルドルフ、ルドルフ!」
ルドルフがよろよろと起き上がりました。
「コロ……ス……」
アルベールが胸に手を当てると、胸から真っ赤に燃える剣が現れたのです。その剣を手にして、アルベールはルドルフのところへ歩いていきました。
「アル、ダメ! 殺さないで!」
ソフィアの言葉に、ゆっくりとアルベールが振り返りました。
「今だ、ルドルフ、逃げるぞ!」
ギュスターヴがルドルフのそばにかけよると同時に、二人のからだは青い光に包まれ、そして消えていきました。それと同時に、アルベールの目が、いつもの目に戻っていきました。手に持っていた炎の剣も、けむりのように消えていきました。
「アル、よかった、もとに戻ったのね」
しばらくそのままつっ立っていましたが、やがて、アルベールは目をぱちぱちさせました。
「あれ、おれは、いったい。そうだ、あいつらは? あのギュスターヴとかいうイズンは?」
ソフィアは首を振りました。
「いいのよ、もう、終わったから。……ありがとう、アルベール」
ソフィアの言葉に、アルベールは首をかしげるばかりでした。