終章 新たな旅立ち
――二ヵ月後――
アルベールたちは、再び忘れられた港をおとずれていました。ルドルフと天使のソフィアに、ほとんどのイズンを創り変えられたこの町も、フィーネ大陸からの支援もあって、なんとか復興の道を歩みはじめたようです。町の人たちは、フィーネ大陸から渡ってきたイズンと、創り変えられたあとに心を戻したイズンたちと協力して、壊れた建物の修復などにいそしんでいました。
「……それじゃあ、ひとまずここでお別れだな」
船着場で、アルベールがつぶやきました。いつもの旅行かばんを持っていましたが、ソフィアはその中には入っていません。アルベールの右肩に乗っかっています。左の肩には、ギュスターヴも乗っかっていました。
「ソフィア、元気でな、オラ、ソフィアのことずっと忘れないよ」
ダヴィデがソフィアを見あげて、泣きそうな声を出しました。ダヴィデをかかえていたエプロンが、くすくす笑っていいました。
「大げさねぇ、別に永遠の別れとかじゃないんだから。また戻ってくるんでしょ」
「ああ。長い旅にはなるだろうけど、人間になるための禁術が見つかったら、ちゃんと戻ってくるよ」
アルベールたちは、以前トリエステがいっていた、イズンが人間になるための禁術を求めて、フィーネ大陸に渡ろうとしていたのです。それで忘れられた港にやってきていたのでした。
「フィーネ大陸は、沿岸にこそ都市がいくつかありますが、未開の大陸でもあります。ユードラ大陸では忘れられた魔法もたくさん眠っています。そのぶん、危険も増すとは思いますが、とにかくお気をつけください」
「ああ、ありがとうな、セバスチャン。地図まで作ってくれて、大助かりだぜ」
沿岸都市と、その付近一帯の地図を、セバスチャンが記憶を頼りに描いてくれたのです。すんでいたのはずいぶん昔だといっていましたが、その地図はかなり詳細に描かれています。
「それにしてもアルったら、この期に及んで、『地図においしい酒場やレストランの位置も書き加えてくれ』とかいっちゃって。セバスチャンさん、困った顔してたじゃない」
セバスチャンが照れたように笑いました。アルベールの要望に応えて、セバスチャンは覚えている限りのレストランの場所を、地図に書き記してくれたのです。
「フィーネ大陸のレストランも、ユードラ大陸に負けず劣らずおいしい料理を出しますよ。旅の合間に、ぜひ立ち寄ってみてください」
「ありがとう、セバスチャン。エプロンも、ダヴィデもありがとう。いろいろ旅の準備してくれて。みんなも『新・エプロンの出張お菓子の国』しっかり繁盛させてくれよ」
アルベールたちが旅の準備をしている間に、エプロンたちも新しく馬車を作っていたのでした。移動式のキッチンがついた馬車は、先日ようやく完成したばかりでした。
「そのうち準備が整ったら、フィーネ大陸にもお店を出す予定だから、そのときはまたよってね」
エプロンの言葉に、ソフィアとギュスターヴが目を輝かせました。
「行く行く、絶対行く! エプロンのカスタードプリン、甘くてとってもおいしいんだもん」
「ぼくはシフォンケーキのほうが好みだな。甘すぎないし、ほんのり紅茶の香りがして」
「なによ、お菓子は甘いほうがおいしいに決まってるじゃない。ギュスターヴはなんにもわかっちゃいないんだから」
「そんなことないよ、甘ったるいお菓子より、ちょっとあとを引くような、素朴な味のほうがいいに決まってるだろう。ソフィアのほうこそなんにもわかってないじゃないか」
「なによ」
「なんだよ」
アルベールの顔をはさんでいがみ合う二人に、アルベールはわざとらしくため息をつきました。
「お前らなあ、人の肩の上でけんかするのはやめてくれよ。そんなことなら置いていくぞ」
アルベールにいわれて、二人はまだにらみあっていましたが、しぶしぶ口をつぐみました。そうこうしている間に、出航の準備が整ったのでしょうか、アルベールに船の船長である男が話しかけてきました。
「さ、乗った乗った。他の乗客たちはもうみんな乗って、あんたたちが最後だぞ。フィーネ大陸までは一週間ほどかかるからな。初めて船に乗るやつにはけっこう地獄だから、気合入れておけよ。いっとくが、イズンでも船酔いになるやつがいるから、肩に乗ってるお二人さんも気をつけろよ。船酔いしてもおれたちはどうにもできんからな」
あっけらかんに笑う船長に、アルベールも胸をドンッとたたいて笑いかえしました。
「ああ、大丈夫さ。それじゃ、行くとしますか」
旅行かばんをつかむアルベールに、ギュスターヴが小声でたずねました。
「でも、アルベルト……じゃなかった、アルベール兄様、本当に見つかりますか? そもそも本当にあるんですか、そんな禁術が。イズンを人間にする禁術なんかが」
アルベールは首をひねって、ギュスターヴを見つめました。
「どうした、もしかして船酔いが怖くておじけづいてんじゃないだろうな」
「そんなんじゃないですよ。ただ、初めての大陸だから、いろいろ不安なだけです」
アルベールはふっと笑って、ギュスターヴを手でなでつけました。
「まあ、おれも不安がないといえばうそになるが、それでも前に進まなければなにも始まらないからな。禁術があるかどうかは、探してみればわかるだろ。それに、お前だって人間に戻りたいって思ってるから、いっしょに来る気になったんだろう」
「それは、もちろんそうだよ。だってぼくは、もともと人間だったんだから。やっぱりできることなら人間に戻りたいよ。でも、そういえばどうしてソフィアは人間になりたいって思ったの? そりゃあ、まだせんそ……、ソフィアがその、大変だってことはわかってるけど」
ソフィアがじろりと、ギュスターヴをにらみつけました。ギュスターヴがびくっと身をふるわせて、ちぢこまりました。
「別に変ないいかたしなくてもいいわよ。まだ戦争兵器としての力は失われていないってことぐらい、わたし自身よくわかってるもん。まあ、理由はそれもあるわ。でも、本当は……」
ソフィアが口をつぐんだので、ギュスターヴが首をかしげました。ソフィアは自分の胸に手を当てて、ちらりとアルベールを見あげました。
人間になれば、戦争兵器としての危険性もなくなるから。ソフィアが今回フィーネ大陸への旅を決めた表向きの理由はそれでした。
――でも、本当の理由は、いえないわ。特にアルには――
「よし、それじゃあおしゃべりはこのくらいにして、船に乗りこむとするか。なにげにおれ、船に乗るの初めてだから、楽しみなんだ」
能天気なセリフとともに、アルベールが船長のあとに続きました。渡し板を渡って、船に乗ったとたんに、アルベールのからだがぐらりとよろめきました。ソフィアとギュスターヴが転げ落ちないようにしがみつきます。船長がハッハッハと豪快に笑いました。
「なんだなんだ、そんなことじゃ先が思いやられるぞ。海に落ちないように気をつけて歩きな。あんたたちの部屋は、そこのはしごを下りてすぐ右だよ」
「はは、こりゃあ思った以上だ。ありがとう、とりあえず気をつけるよ」
船長に手をふり、アルベールははしごを下りていきます。ソフィアがはぁっとわざとらしく肩をすくめました。
「もう、お気楽なんだから。もしかしたら、またルドルフのやつがなにかしてくるかもしれないんだし、気を抜いちゃだめだよ」
瞬間移動でアルベールたちから逃げたあと、ルドルフのすがたはまったく見かけなくなってしまいました。町の復興の手助けをしている間に、旅の商人たちに、それとなくルドルフらしき魔法使いのうわさがないか、聞いたりもしました。ですが目新しい情報は、ラウル帝国が不穏な動きをしているくらいしかありませんでした。ラウル帝国の兵士たちを殺したルドルフが、その帝国と手をむすべるとは思いませんが、用心に越したことはありません。
「ま、そんときゃそんときさ。あんまり気がまえても、疲れるだけだぜ。なるようになるんだ。出てきたらやっつけてやればいいさ。ソフィアのタロットだって見つかったんだし、ギュスターヴもいる。今度こそやっつけられるさ」
アルベールがいったとおり、ソフィアのタロットはいつの間にかエプロンドレスのポケットに戻っていたのです。覚醒する前に「悪魔」のカードを引いてしまってから、ソフィアは怖くてタロットを捨てようかとも思っていました。ですが、トリエステからもらった大事な贈り物なので、なんとか思いとどまっていたのでした。ソフィアはアルベールにたずねました。
「アルは、わたしのタロットのこと信じてくれてるの?」
アルベールは不思議そうにソフィアを見ました。ソフィアは少しだけ考えてから、やがて小さくつぶやきました。
「わたし、怖いの」
「怖い? 怖いって、なにが怖いんだ?」
「だって、前にタロットを引いたら、悪魔のカードが出てきたの。だから、それ以来怖くて。もし、未来にそんな怖い結末が待っていたら、アルだって恐ろしいでしょう?」
顔をそむけるソフィアに、アルベールは豪快に笑って答えました。
「なんだ、ギュスターヴだけじゃなくて、ソフィアも心配性だったんだな。別におれは怖くないよ。だってソフィアといっしょなんだから」
固まってしまうソフィアの頭を、アルベールがぽんぽんっとたたきました。ソフィアはもじもじしていましたが、やがて小さくうなずきました。
――それはわたしのセリフだよ、アル――
新しい大陸で、なにが待っていたとしても、ソフィアにはきっと乗り越えられる気がしました。となりにアルベールさえいれば。
――でも、ひとつだけわがままいえるんだったら、となりにいるのに、このすがたじゃいやなの。だって、このすがたじゃキスしてくれないみたいだし――
くちびるを差し出したときの、アルベールの反応を思い出して、ソフィアはぎゅっとこぶしをにぎって気合を入れました。
――人間になって、アルベールとキスをする。不純な動機かもしれないけど、わたしだってアルのとなりにふさわしい人になりたいんだから――
船のゆれが大きくなりました。デッキのほうから、出港するぞというたけり声が聞こえてきます。フィーネ大陸の地図を見ながら、目を輝かせるアルベールに、ソフィアはそっと身をよりそわせました。
最後までお読みいただきありがとうございます。
いったんソフィアとアルベールの物語はここで終了となります。明日からは世界観が共通する、別の主人公の物語を投稿していく予定です。
『スパイのカイと賢者の砂』というタイトルで投稿予定なので、よろしければそちらもお楽しみいただければ幸いです。
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