アメジストの章 その18
「なんだ、いったいなにが起こったのだ?」
ルドルフのしわがれ声が聞こえてきます。それとともに、一気に光が戻ってきました。目がくらみそうになるのをこらえて、アルベールはあたりを見わたします。胸にちくりと痛みが走りました。
「矢が……」
矢の先端が、アルベールの胸にわずかに当たっています。しかし矢はそのままぽきりと折れて、ちりとなって消えていきました。
「そうだ、ソフィアは、ソフィアはどうなったんだ?」
天使のすがたをしたソフィアは見えず、がれきの上に、見慣れた人形のすがたをしたソフィアが横たわっていました。
「ソフィア!」
がれきだらけの足元につんのめりながらも、アルベールはソフィアにかけより、急いで抱きかかえました。アルベールにゆり起こされて、ソフィアが機嫌悪そうに顔をあげます。
「なあに、もう朝なの? せっかくいい夢が見れたのに。アルがわたしを……って、アル! どうしてここに?」
緊張感のかけらもないソフィアの反応に、アルベールは頭をがしがしかいて、わざとらしいため息をつきました。
「お前なあ……。まあ、いいか。とりあえずそうだな、夢だったということにしておこう」
アルベールはぎろりとルドルフをにらみつけました。
「どうなっているのだ、まったくわからんぞ、貴様は戦争兵器の矢に打たれたはずだ、なのに、なぜ生きているのだ! それにどうして戦争兵器が、元のすがたに戻っているんだ」
「そいつに答える前に、ひとつだけ訂正しておくぞ。ソフィアは戦争兵器なんかじゃない! もし次ソフィアをそんな風に呼んでみやがれ、お前のあごを砕いて、二度としゃべれなくしてやるぞ」
アルベールにすごまれ、ルドルフの表情が、苦虫をかみつぶしたようにゆがみました。じりじりとあとずさりしますが、すぐに顔をあげてアルベールにどなりかえしました。
「ふん、それで勝ったつもりか? まさか忘れたわけではあるまい、お前の仲間はこのわしが捕らえているのだ。一歩でも動いてみろ、お前がわしのあごを砕く前に、こいつらの首の骨をしめて砕いてやるぞ」
ルドルフがこれ見よがしに、赤い光のなわを見せつけました。いつの間にか光のなわは、エプロンたちのからだだけでなく、首にまで巻きついています。アルベールは足を止め、クッと顔をしかめました。
「そうだ、わかったようだな。戦争兵器が元に戻ろうが、そんなことは関係がないのだ。最後はわしが――」
最後はいったいどうなるのか、ルドルフは語り終える前に地面にたたきつけられました。うぐっと鈍い悲鳴をあげて、ルドルフはうしろをふりむきます。
「バカな、お前たちは!」
ルドルフのうしろには、異形と変えられた町のイズンたちが何体も集まっていたのです。コックぼうをかぶり、手が無数に生えたイズンが、怒りに満ちた声をあげました。
「お前のせいで、ぼくたちはこんなすがたに変えられた! ぼくたちはみんな、町の人たちと平和に暮らしていただけなのに、お前がそれを奪ったんだ! よくも、ぼくたちの町を、よくもぼくたちの暮らしを!」
他のイズンたちも、みんないっせいにおたけびをあげました。さすがのルドルフも恐怖に顔をゆがめて、激しく首をふりました。
「待て、落ち着くんだ! そもそもお前たちをそんなすがたにしたのは、戦争兵器だぞ! そしてその戦争兵器は、ほら、見えるだろう、あの男がかかえている人形のイズンだ。やつを倒せば、きっとお前たちのすがたも元に戻るだろう。わしと戦う前に、まずはやつらを倒すほうが先じゃないか?」
「ふん、おれたちが知らないとでも思ってるのか? その戦争兵器の女の子をあやつっていたのは、お前だろ! みんな知ってるんだ、あの子はずっと泣いてたじゃないか、ぼくたちを矢で打つとき、ずっと泣いてた。お前に無理やりさせられて、ずっと苦しんでいたんだよ!」
真っ青だった顔を、今度は真っ赤にして、ルドルフはわめきちらしました。
「バカが、イズンが涙を流すはずがないだろう! あの戦争兵器が自分で望んでやったことだ。わしは知らん。わしはただ、あの戦争兵器の封印を解いただけだ。本当だ」
イズンたちは何本も生えた手に、めいめい武器をにぎりしめ、じりじりとルドルフに近づいていきました。ルドルフはへたりこんだままうしろへ下がりますが、アルベールたちのすがたを見て、小さくひぃっと悲鳴をあげました。
「よくもぼくたちを、よくもっ!」
異形の姿へ変えられたイズンたちが、いっせいにルドルフへとおそいかかりました。ルドルフはすんでのところで、青い光に包まれすがたを消しました。得意の瞬間移動でした。
「……逃げられたか」
アルベールは苦々しくつぶやきました。
魔法に満ちた月が沈み、ようやく朝日が顔を出すまで、アルベールたちはつかの間の休息を取っていました。がれきの上で泥のように眠ったあと、アルベールたちは生存者を探しはじめました。地下に逃げこんだ人たちも、それにすがたを変えられたイズンたちもいっしょです。みんなが協力して、がれきをどけ、埋もれた人やイズンを救出していきました。あらかた町を探し終えたあと、アルベールたちは二度目の休憩を取っていました。
「……みんな、すがたは戻らないみたいね」
アルベールのひざの上にちょこんとすわり、ソフィアがぽつりとつぶやきました。
「そうだな。けれど心は元に戻ったんだ。町の人たちだって受け入れてくれている。すがたは戻らなくても、ちゃんとやっていけると思うよ」
サンドイッチをほおばりながら、アルベールが答えます。エプロンたちは、簡易的に作られた食堂で、みんなの食事を作るのにいそがしそうにしています。町の人たちも、くずれた建物の中から使えそうなものを探しています。
「ふぅ、腹もふくれたし、それじゃあおれたちもそろそろ戻るか。ん、どうしたソフィア?」
ひざの上にすわったソフィアが、じっとアルベールを見あげています。アルベールは首をかしげました。
「なんだ、おれの顔になにかついてるのか?」
「ううん、そうじゃないけど、あの……助けてくれて、ありがとう」
アルベールは不思議そうにソフィアを見ていましたが、やがてアハハとおかしそうに笑いました。
「なんだ、そんなことか。なにをいいだすかと思ったら。助けるのは当たり前じゃないか。おれたちは仲間だろ」
アルベールにいわれて、ソフィアはうつむいてしまいました。ぽかんとしているアルベールに、ソフィアは顔をあげずに続けました。
「そうじゃないの。わたし、本当にうれしかったんだよ。アルが、いっしょに生きようっていってくれたこと。あの言葉があったから、わたしは心まで完全な戦争兵器にならずにすんだの。……本当にありがとう」
まだもじもじしていましたが、意を決したように、ソフィアは顔をあげました。静かにアルベールに顔を突き出します。ですが、アルベールは目をぱちくりさせるだけで、なにもしませんでした。
「なにしてんだ、そんな口を突き出して? もしかしてお前もサンドイッチ食べたかったのか? 悪いけどこれはエプロンの作った魔法のお菓子じゃないんだから、ソフィアは食べられないだろ」
ソフィアはしばらくぼうぜんとアルベールを見あげていましたが、やがてぷいっと顔をそむけて、ありったけの力でアルベールの足をつねりあげたのです。アルベールの悲鳴が町中にひびきわたりました。
いつもお読みくださいましてありがとうございます。
ついに次話が最終話となります。明日は19時台に投稿予定となります。
どうか最後までお付き合いいただけると幸いです。
また、7/28からは、同じシリーズの新作を投稿予定ですので、よろしければそちらもどうぞ♪




